社会背景(男女比のこと)
だが――
いい経験になったね、将来ウケる茶飲み話になるよ……で終わらない、終わらせないところが、俺の真骨頂ってなわけさ。ふふふふん!
この一件は、俺にとってヒントになったんだ。そうだね、啓示、といってもいい。それほどのもの。
漠然とだけど、一つの“策”が、生まれ出ようとしていたんだ。
俺はあらためて、目の前に広がるコンコースを眺めた。
祝日の昼下がり。たくさんの人出があった。そのほとんどが、女性だ。日本の人口を比率でいうと、男1に対して、女10以上。男児の出生率、生存率が異常に低いのが理由だが、詳しくは省略する。一言、戦争のせいとだけ、いっておく。ふふん……。
――
さて、男女比、1:10以上。
ハーレムだ、なんてチャラけずに、まじめにこの現実を受け止め、その恐ろしさを理解してみよう。
男ではない。女の立場で考えるとわかる。
それは、10人の女子のうち、9人までもが、“あぶれて”しまう世界だということ。
ならば、さっきの逆ナンも、実は日常的な出来事なのだと理解できよう。聞こえは悪いが、男ひでりに陥った一人の女の、生物学的、本能的な、ごく自然な振る舞いなのだ。もとは貞淑な女子だったのかもしれない。それが年齢を重ねて、焦りだし、ついには男を得るため大金を散じる人間になってしまったのだとして、どうしてそれを責められようか。
こんな社会に誰がした?
「……」
俺は額に手をやる。ううむ、考察が暴走してしまった。
話を少し戻す。
さて、男女比、1:10以上。
男の立場から見れば、これはハーレム状態だ。だがウハウハせず、冷静に分析しよう。
ここで、さっきの体験が物をいうのだ。
女とは──女子は、大きく2種類に分けられるんじゃなかろうか、と。
すなわち――
職業女性と。
無職女性、つまりガールら、とである。
両者の違いは単純に年齢ではない。あけすけに言って、ふところ具合、ようは財産のありなしの違いだ。つまり。
アダルトがボーイを買う。
これがさっきの俺のケースだった。ならば逆もあり――
マンが、ガールを買う──と、想定できるのではないか?
ようは、山猿がてっとりばやくハーレムを形成したいのなら、金さえ出せば、可能だということだこの国では。
「……」
俺は額に手をやる。なんか、考えがスルスル行きすぎる。
ここは慎重に検証して然るべきだろう。
具体的にお金を計算してみる。
俺は実は、8代目煙丸として、三島の御当主その人から、個人的に支度金を頂戴している。その金額は──
ここに超一流のフットボーラーがいたとしよう。その彼が世界トップクラスのチームに入団したとして、実は。そのときの契約金と、ほぼ同額なんである。
……ウソです。すまんつい話を盛ってしまった。
さすがにそれはない。実際はその額の、約百分の一ほどだ。今の俺に、まだ煙丸を背負えるほどの貫目はない。ゆえにその金額なんだが、それでも。一般人から見たら、とんでもない高額には違いないと思う。御当主はそれを、まるで親戚の子供にアメ玉をくれてやるかの調子で、俺に賜ってくれたわけだ。
それほどの大金。でも。
ここからが計算だ。
仮に、一人の女と、“遊び”だけの条件で、仮に、仮にだ。一月10万エンの一年契約を交わしたとしよう……。
自分の顔が赤い。
俺は相場を知らんから、間違ってても聞き流してほしい。
で、この契約の場合、今の俺の財力では、一年間限定でも、10人もハーレムを形成できないという計算結果になるのである。おお、なんてこったい──
なんてみすぼらしいハーレム!
思わず絶望の叫びをあげてしまったよ、心の中で。
結論。
金があればハーレムは作れるが、そのためには、金は金でも、物凄い大金が必要だということだ。
じゃあ、俺みたいな小猿に、巨大ハーレムは無理なのか?
金の力に頼らず、それこそ王道、己の男としての魅力、“人間力”を磨き、地道な努力を積み重ねて、女の子を一人一人オトしていかねばならんのか――?
「……」
俺は額に手をやる。話が脇道に逸れかかっている。
もちろん、王道とは正にそうしたものであろうと、想像上の王様に畏敬の念を払いつつ思うのだが、悪いが、いまは、カネを媒介させたハーレムについて論じたいのだ。
なぜなら、俺が求めているのは、“策”だから。
さぁ考えろ!
男女比1:10以上という恐ろしい社会構造。そして、2種類の女性の存在。
この状況が、材料になる──
ハッと、突破口がひらめく。
さっき女は2種類ある、と分析した。
では男は?
やはり、資金力の違いによる種類分けができるのだろうか――?
ここで、男女比1:10以上という魔法カードがオープンされる。答えはノーだ。
その状況下では、ボーイ、イコール、マン、という図式が許されてしまうのだ。
俺は焦るようにスマホを取り出すとタッチペンで数式モドキを書き記す。
アダルト→男→ガール (1)
いわんとしてること、わかってもらえるだろうか? 矢印は“カネ”の流れであるし、あるいは“情報”の流れである。“情報”という言葉は、いまは“魅力”と置き換えてくれてもかまわない。
この(1)式は、うまくやれれば、だ。上を見ても下を見ても肌色天国、もう好きなだけ、体力が続く限り、貴方の男としての“魅力”に陰りが生じない限り、どこまでも、どこまでもハーレムを巨大化できる――しかも実質“タダ”で――と主張しているのだ!
「……」
俺は額に手をやる。今一度、(1)式に目を落とす。たった10文字に、どこかアラがないか探す。そして、自信を抱く。
実現可能な、少なくとも試す価値はあるハーレムモデルであろうと、確信する。
「……」
そして、このことに気づけたのも俺一人だけじゃないだろうということにも。こんなんで自惚れはしない。発見した男は多数いるだろうし、実際にトライした奴も存在するに違いなかった。
逆に問う。俺だったらどうだろうか。俺に、トライできるだろうか?
(1)式において、“男”を、“俺”と交換できるだろうか?
即答する。
ムリだ。苦笑。
うん、将来はどうかわからないよ。でも少なくとも今の俺には無理。顔面まっ赤、心臓ドックンドックン。とてもそんな器じゃあない。無理矢理やっても、即、どこかが破綻して、修羅場になる。それに――
それに、もともと俺自身が望んでいない。そうだね、その立ち位置でやり遂げ続けている“男”がいたとしたら、そいつには最大限の賞賛を惜しまないところであるよ。ところではあるんだが──かといって俺もそうなりたいのかというとそうでもない。俺が将来なりたい“男”の姿ではないという、そんな意識があるんだ。
すまん。
ここまで論じてきてなんだが、俺は別にハーレム王を目指しているわけではないんだ。
「……」
俺は額に手をやる。
ではお前はけっきょく、なにをどうしたいのだ、という声が聞こえてきそうだ。
答えよう。
俺は再びスマホに式を記入した。
アダルト→俺 (2)
俺→ガール (3)
もはや俺自身のことだから、最初から“項”は“俺”である。これで話を進める。
で、見ての通り、これは(1)式を分割したものだ。
『困難は分割せよ』という格言があるが、それに従ったまで。
この二つの式のうち、(2)式は捨てる。これは俺が、お姉さまが苦手だからそうするのではない。式そのものに明示されている真っ当な理由がある。
今一度、二式を凝視し比べてほしい。女“項”の色香に惑わされてはいけない。それを排除すれば、シンプルに見えてくるものがあるだろう。
矢印の向きが、そうなっているから、(2)式を捨てたのだ。
いま一度いう。矢印の意味は、カネの流れであるし、また情報の流れである。そしてこれは、いま現在、右方向へ一方通行なんである。この、言わんとする意味を噛みしめてほしい。
では、いよいよ答をあかそう。俺はスマホに最終式を書き記す――
俺→ガール'→X (4)
(3)式の発展形だった。特殊例なので、ガールはダッシュ付とさせてもらった。
「……」
式が、輝いて見えた。俺は、とんでもない発見をしてしまったのではないか? なんていえばいいのか、このとき――
自ら導き出した式に興奮してしまって、細かく身が震えていたのだった。
俺は震える指で、希望するところの、最終式の発展形を書き記す。
俺←ガール'←X (5)
俺は顔を上げる。俺は漲っていた。力に溢れていた。
この(4)式、(5)式こそ――
これこそが、俺が求めていた“策”であったのだ!
ならば。
あとは、万難を排してでも、これを実行するだけだ。
俺は決意を秘めて席を立ったのだ。
“X”がなんであるかは今はいうまい。いいたくない――!
気分高揚したまま喫茶店を出て行こうとして、「ちょっとアンタお勘定」と、オバチャンに叱られたのは、英雄譚の、ちょっとした挿話である。