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副本

「ところで『失望した』とはどういうことだ?」

 瑛は穏やかな顔で俺を見上げる。

「この連休中、全然ご無沙汰だったじゃないか。いつ来てくれるかと待ってたんだぞ」

 俺はと胸を突かれる。

「いや……そうだったのか。それはすまんかった」

 瑛が綺麗な声で続けた。

「君はもう、“一吉副本(ひとよしふくほん)”に、関心をなくしたのかと思ったぞ」

 副本。

 三代目煙丸、毛抜き術の事実上の開祖、平一吉(たいらひとよし)が著した、毛抜術(もうばつじゅつ)秘伝書(ひでんのしょ)――の、副本である。戦災により平家の原本が失われた今、三島家に伝わるその書のみが、毛抜き術全一〇八()を解説する唯一の資料本だった。

 今回、俺は“三十ノ毛(ミツトウノケ)”、銘、“熾火(おこしひ)”を披露したが、実は、その銘と番号が一吉の時代のものと合致しているかは定かではないのだ。

 副本には術の“銘”と“整理番号”が完璧に記されており、俺がまさに喉から手を伸ばす芸当を会得してみせたいほどまでも、我が物としたい至宝だったのである。

 腰の重かった俺ら一家を即座に東京に引越しせしめた根本の理由。

 こと、俺が関心を失うなんて――

「ありえない。というか、まさにそれが理由で、お前に会いに行けなかった――」

「ふむ……。説明を求める」

「俺は、最終的には、お前から副本を、譲ってもらおうと思ってんだ。だからだ」

 瑛がニヤリとした。

「流石だ、それでこそなかよし。僕が見込んだとおりの男だな」

「よせやい、笑。――ところで、いくらでなら手放す?」

「絶対売らん」面白くてたまらない、という表情だ。

「だろうな……」

 仮に、億、兆のカネを用意しても、頷かないだろう。だって三島銭右衛門瑛だもの。

 その伝で行けば、地位や名誉も同様だろうね。

 だったら、もはやコンテンツとコンテンツの等価取引、簡単にいえば、物々交換できるネタを探すしかないだろ?

 瑛が気に入る“物”をだ。


 じゃあ、どんな物が、コイツのお気に召すと思う? ふふん?

 ここで、一所懸命、瑛の好物をリサーチしたってダメさ。俺だって、これくらいのことなら頭が回るぜ?

 いいかい、第一に、“俺らしい物”でなきゃだめなのさ。

 三代目一吉の副本に対抗できる物とは、八代目の俺自身の物でなきゃ、だめなのさ。

 俺でなくては用意できないもの。なおかつ、瑛が価値を認めてくれそうなもの、さ。

 そして、見つけた“解答”が――


 陽本(ひのもと)しいたけの、一本毛。


 だったというわけ。さて――

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