男子三日
一週間かけて溜めた疲れの量を、この数分間で凌駕してしまったかのような、この、怒濤の疲労感だった。
外にまろび出てヘナヘナとうずくまる。そんな俺に、癪に障ることに、ヤツはほっそりとした右手を余裕綽々と差し出したんである。
「どうした? 立ちくらみか? だらしないな。ほら、手を貸してやる」
お前にそういわれなきゃならんのか? 泣き笑いしちゃうぞ。
どこまでもマイペース。ハァと息をつく。もう俺は、諦めたように左手を差し出したんであった。
引っ張り上げられたが、瑛はその手を掴んで離さなかった。そのまま歩き出す。
駅前ストリート。俺らは、つまり手をつないで並んで歩く形になってしまう。なにかいおうとしたんだが、けっきょく、笑いしか出てこなかった。やれやれ、だ。好きにしてくれよ。
新鮮な空気を呼吸する。
いい風だった。
「――で、なんだって?」
バスはとうに逃した。俺はもう、開き直りの悟りの心境だ。ゴールデンウィーク、こんなラストも、アリだと思う。
「せっかくだ。じっくり相手してやるぞ?」
瑛は、なぜか、目を見ひらき、パチクリともした。そして。
「ふうん……」と軽くうなったのだった。
「なかよし、驚かされたぞ」笑かすな。それは先ほどのこっちだ。
「まさに、“男子三日会わざれば”何とやら、だな。今の君は、一週間前とは人違いだ」
「それ、褒めてくれてんだろうな」まあ、いろいろ、あったからな。
「君は、少し自信過剰ぎみなくらいがちょうどいい。前までは遠慮がすぎて、折角の君の魅力が開花しきれていなかった。今のそのままで今後も通したら、沢山の支持を得られるんじゃないかな」
うおう。コイツからこんな意見を賜るとはかなり意外だ。これはかなり嬉しかった。
「過分なお言葉、ありがとうといっておく」
お返しに自分も何かいってあげたくなって瑛の顔を見たのだが、
「逆にそっちは――少しやつれたか?」
ろくな事いえず、自分にがっかりして終わったのだった。
幸いにも瑛は気にせず、逆に淡く笑んでみせてくれたのだが。これが胸を突かれる。王子様の、珍しい表情だった。
「ご慧眼。実は少し疲労を感じている。高校生活は、思ってたよりも手強そうだ……」
「……」
……少し、説明が必要だろう。
瑛は、入学した瞬間から、生徒会会長に就任している。
なんとなれば、私立MZ学園高等学校はその名の通り、三島一族のための、当主が当主足るべく、その帝王学を学び、実践するための学校だったからだ。
どんな人間性の持ち主でも、とにかく継承者候補ならば、そこでは自動的に絶対的君主になれた。どんな横暴も許されたのだった。
てか、三島代々の伝統として、それくらいやって見せよ、てな意向なんだろう。
そんな環境で、瑛のような資質の才人には、ときに荷が重いケースもあったのだろう。
なんたって、まだ入学したての一年生なんだから。俺は――
「使いっ走り程度なら、手伝ってやれると思うよ」
ついそう声を掛けていたのだった。とたん――
「それそれ。その気弱な言い回し。そこは、『俺様が助けてやろうか』じゃないと」
すかさずダメ出しだ。苦笑。
「ふふん。『じゃあいってみろよ。聞いてやる』」言い直す。
「聞くだけか?」
「聞くだけさ」
ハハハとホンキで笑い、その笑顔で俺も笑顔になった。
「――真面目な話、君にやってもらいたいことがあるんだ」
「いいぜ、任せろ」もうその場のノリだな。
「新規に部を立ち上げてもらう。君にはその部の代表になってもらいたい」
なんだそのくらいのことか。ちょっとほっとする、正直。
「念のため。部、というのは、部活動の部のことでいいんだよな?」
「そう。そして君は、その部長だ」
俺はもう、遠慮しない。
「もったいぶらないで、いえよ?」
瑛は――一回、緩やかに目をつむり、そして、綺麗な瞳を見ひらいて見せた。
「“鍼灸部”。部活動で、君、本来の職業に従事してもらいたいんだ」
「……」
これは、意外というか、そんな驚きを伴う申し出だった。
学校で、部活動で、“鍼灸術”が行える?
当然、患者は、同じ生徒、ということに――?
そんなことが許されるのか?
だが、だが――
正直にいうと、サッカー部に食指が動いていた。連休明けにでも入部届を申請しようと心に決めていたくらいに。だが――
今後3年間の人生の大部分を占める学園生活で、針がふるえる。存分に!?!
諦めの心境になりかけていた、修行不足が解消される。
これは率直にいって、願ったりな申し出、大チャンスだった。
だから、逆にこっちから――
「――!」
危なかった。
ここでキチンとキめて見せなくては、二重に瑛をがっかりさせてしまう。俺は、むりやり皮肉な笑顔を作り上げたのだった。
「――生徒会活動とは、ずいぶんと肩が凝るものであるようだな」
正解だった。みるみる顔をほころばせたからだ。
「ばれたか。真っ先に揉んでもらうぞ!」
いってしまってから意味を理解し、瑛は顔を赤らめる。俺は心から笑い声をあげたのだった。




