前戯
凛の住居は駅前の高級マンションの一室で、都合よくも彼女は一人住まいだった。さあ――
期待してくれていい、凜は、とんでもなかった!
ああ! 俺の言葉を信じてほしいのだ。
宮内凛は、その二つ名、伝説の“謎の美女”の名に恥じぬほど、物凄かったんだから!
凛の後に従ってその部屋の中に入って――そこから、俺の、ああ一生モノの、めくるめく官能の記憶の刻まれる時間が、スタートしたのだ。まずドアをロックして振り返ったとたんに爆撃、爆撃、爆撃! 濃厚なキス攻撃にさらされる。意識が一気にレッドゾーン。たまらず両手でお体を弄ろうとするものの、相手は百戦錬磨、デフェンス、ガード、スリップスルーで焦らしに焦らしぬく――
もう本能だ。習うより慣れろ、百考は一行にしかず。俺は瞬間的に悟ったのだ。両手で、彼女の頭を押さえたんだ。これだ。もうこっちのもの。頭頂から後頭部、耳、顔の輪郭、首、肩、背中。つまりは俺の十八番、マッサージぢゃありませんか! だったら、そりゃあもう、俺、俺、オレ、指に魂こめます――
「――あ、あふ、ん、んんん……ッ」
ついには凛の吐息を引き出したもんである! おお、おお! 褒め称えよ俺様を!
凛が目をとろんとさせてやわやわと身を引き剥がした。そして、上質な臙脂色のスーツのボタンやらホックやらジッパーやら飾りヒモやら何やらカニやらを自ら外しにかかる、それも半分だけ。半分だけ。半分だけ。――その下の真っ白なブラウスも、その下の真っ黒なインナーも、半分だけ脱がし、ずり下げる。まるで南国フルーツの分厚い皮を剥いたらフルフルな果肉が現れたように、つまりは匂いたつ白桃の肌を、ちょっとだけ淫らに露出させるんだ。くねくねした。俺はこの時点で鼻血がたらりなのだ。凛は、少しずつ、焦らしながら、凛は寝室に誘うのだ。俺はもう花蟷螂に誘惑される哀れな蝶々てなもんで、もうどうなってもいいと、頭から囓られていいと、喰われるためにふわふわ追いかけては凛を少し剥ぎ取り、少し引き下げ、透けるような肩をはだけさせ、美しい背中が半分さらされ、瑞々しくも弾けるようなお尻を半分むき出させ――
ベッドに到着してからが凄かった。物凄かった。すげえかった。とんでもなかった。凛は、ここぞとばかりに下品に銀色に輝く、安っぽいオモチャの手錠を四つ取り出したのだ。ゴクリッ。ショーが始まる。素敵なショーが。彼女はベッドの上に腰を下ろし、まず右足首を手錠でベッドの右枠とつなぐ。そのままクルリと体を回して、うつ伏せに、恥じらうように大胆に開脚。体を曲げて左足首を左枠にカシャンと拘束する。左手を頭のほうのベッドの左枠につなぎ、あらかじめ手首に掛けていた最後の一つを、右枠に拘束した。もう自力では逃れられない。好きにして、美味しく食べちゃって頂戴じょうたい。その倒錯的変態的行為に自分で興奮してしまって、やってる途中からあふん、あふんと切なく鳴き、薄く浮き上がった四つんばいの姿で全身を、お尻を、ふるんふるんさせるんだ。凛が、あの凛が、この凜が、高級官僚のお姉さんが、気高いエリートの、あのお尻があのおっぱいが――
なんという、最初から上級者向け! 俺はもう、嗜虐心がマックス刺激されて頭が煮立って脳みそが耳から吹き零れそう。「毛を、毛を抜いて、抜いて!」凛がはしたなく、誇りも捨てて、おねだりを、恥辱のかぎりの大懇願をしてきていらっしゃる。俺、「おおっ、おおっ」鼻息で鼻がめくり返りそうだ。だがそこは俺、この場になってもごくごく一部、冷静、さめている部分があったのだ。仮にだ、今までのコレが、実は工作員のただの勧誘演技だったとしてもだ、いや、演技でも俺は至福の絶頂文句無しなんだが、いやいや話しを戻して仮に演技だったとしてもだ、“毛を抜いたそのあと”からは、これこそ絶対的信頼の、純度100%、否応ナシに――ホントウになるんだからな。そういうわけで、その最後の理性の一片が吹き飛ばされてしまったのだ。おおうおおう! 見よッ、見よ! 半分ぬげたスカートが、凛の股間が、股ぐらが、真っ白な太ももが、おっぴろげで、半分脱ぎかけなんだもんだからええいもう行けかまうな進むんだ。望みどおりの快楽の波動にその身を突き落として溺れさせてめろめろじゅくじゅく、俺なしじゃこのさき生きてらんない身体にしてやるのだ――
「まいる! 三十ノ毛ッ、銘、熾火――!!!」「アアアんんんんん――!」
一本たしかに見事に抜いたそのときだった。
楽聖、ベートーベンもかくやと思わせる、運命が訪れた。
ピンポーン……。
ドアチャイムが鳴ったのだった。だが無視! 当然だろう? 無視無視。三十ノ毛、女体への効能はまさに今からだ本番は。俺は求道者してこれから形而上学的な神聖崇高なる世界へと――
ピンポーン……。
無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視――
スピーカーから、あれ、いねぇんかなぁ、という若い男の声が聞こえた。ついで、カチャリ、というドア解錠の音さえも。
俺の体が氷のように固まった。
なんですと――!?!




