時代背景リピート
ゴールデンウィーク初日の麗らかな昼下がり。俺はジーパンにパーカというラフな格好で、刷毛山駅前のコンコースに一人、立っていた。なんたって引っ越してきた初めての世界、その新天地を挨拶がてら、探検しに来たんですよ、てところだ。へへん。
まだ積極的にダチと呼べる間柄の人は作れていない。でも、じっくりと時間かけて見たいものがそこにあったし、一人で丁度よかったともいえる。強がりではない。ふふん。
俺は、あらためて、その正面に立ったのだった。
それは、あるマンガキャラクター一家の、銅像群だった。バス停から駅舎までの中間点にあり、気にはなっていながらも、昨日までは通りすがりの一瞬に、目の端に写す程度に留めておいたものだった。
それがこの――
『おナベさん』
なのである。
ご存知、『なべこでございまぁす』がキャッチフレーズの、国民的人気マンガである。作者は昭和時代の大漫画家、長谷村子先生だ。
銅像の背の高さは小学生くらいで、メインキャラが勢ぞろいしている。一体ずつ紹介しよう。
陽本菜辺子
主人公。主婦。旧姓……というのかな、前期『おナベさん』では、ワレ田と称していた。幼いころ、戦争で生き別れになった陽本夫妻の実子である。もちまえの明るさと機転で、戦後をたくましく生き抜いた。
陽本風太
婿殿である。旧姓、トジ山。戦災孤児。なべこの身元さがしに尽力する。なべこが陽本家の人間だと判明したとき、一度は身を引くが、ドラマチックな展開後、なべこと結婚するにいたった。
陽本勝男
ふうた、なべこ夫妻の長男。後期『おナベさん』の主人公。
陽本志保
勝男の妹。からい女の子だぞ。
陽本しいたけ
陽本家当主。一家の大黒柱。勝男の祖父。『陽本家は日本の由緒正しき家柄』という設定だ。
陽本こんぶ
しいたけの連れ合い。勝男の婆ちゃん。
ミソ
ペットのにゃんこ。
このマンガ、連載開始が昭和の時代、それも太平洋戦争終戦の翌年というから驚く。来年、誕生120周年を迎えることになる。
いやホント。
連載は計6477回に及んだというから、気が遠くなるよな。人気が劣ったことはなく、けっきょく作者の健康上の理由で描けなくなるまで連載は続き、ついに昭和49年。惜しまれつつも幕となった作品だった。
「……」
日本はその後、昭和から平成、そして安辺と元号が変わり。
安辺8年の第三次世界大戦。
安辺28年の第一次極東戦争。
そして9年前、英布11年の第二次極東戦争というたび重なる戦禍を経て――
今日に至る。
作者、村子が、戦災の痕色濃い今の状況を予見したわけでは、もちろんないだろう。が、その作品世界が、偶然にせよ現状にあまりにも重なってしまった感は否めない。とくに前期なべこの境遇と活躍は、人々の心に優しく励ますようにフィットしてしまった。陽本一家は理想の家庭像として愛されて、ちまたは空前のリバイバルにわいている。
昭和時代のその昔から日本国いたるところに『おナベさん』家族像が建てられていたのだが、近年、それがさらに増えた模様だった。首都圏だけでも、新規制作の個体数は、百のオーダーになるんじゃないかという風評なのだ。
思い返すに、誕生100周年、110周年記念年は、二度の極東戦争で流されてしまった。すなわち、大還暦を迎える来年こそは――という意気込みが人々の心の中にあり、それが明日への活力となっていた点は、特筆しといておくべきだろう。
「……ふふん」
俺はその一言で総括をすますと、数歩移動し、ある一体の像と向かい立ったのだった。
それは、一族の長。
陽本しいたけ――だった。
ステッキ片手に穏やかに笑ってる、なにかと話題を提供してくれる爺さんだ。