ヒロインその2
流れ来る、高級感あふれる光沢、と表現しようか。紅色の、今にも空を飛びそうなスポーツカーが近づくと、ポスト脇に、すっと停車したのだ。
ドアウィンドウがするると開き、女性ドライバーが奥から、つまり右座席から笑顔を見せる。そして明るい声だ。
「乗りなさい。送ってあげる!」
その瞬間、俺は次の二つの点でもって同時に感動していたのだった。
(1)なるほど、ナンパはいつでもどこでもやり仕方しだい──!
(2)なんてイケメンなカノジョであることか──!
歳の頃は大学生くらいか? 若々しく、辺りが一瞬にして真昼になったかのような快活さを、オーラのように放っていた。品のよいショートヘア、そして臙脂色のスーツをお召しになっていて、そのスーツの胸がばいんばいんとはち切れんばかりになっている。どことなく高級官僚っぽいムードがあり、そのギャップに、思わず生ツバ飲んでしまう。
いや、いままで目的があったからさ、アダルトは丁重にお断り願っていたけどさ。
陽菜で、第一の目的も叶ったし。つまり今、オフだし。
気分がよかったし。
好奇心もあったし、いや正直、何より美女ってことで、健全な男子高校生たる俺っちは、ころりと参ってしまったのさ――
――なんてな。ふふん!
いくら山猿でもなぁ……。こんなシチュエーションじゃ、罠を警戒するわな。タイミングも、車の高級感も、美人度も不自然に良すぎ。得体が知れない。いったん乗り込んだら、どこへ拉致されるかわからない不気味さも感じる。というわけで。
「ありがとうございます。でも結構です。バスもすぐ来ますし」
と、お断りしたのだった。
ところが彼女はまるで意に介さなかった。意表をつくことさえいいだしたのだ。
「バス、来ないよ」
「え?」
「さっき一通で道路封鎖したから、そこで袋詰めになっちゃうから」──はい?
目をポストの液晶パネルに向けると、ぴったりのタイミングで運行トラブルの表示が表れる。
俺は気づいて目を戻した。
「今、なんていった?」たしか、この女は“した”といった。“してた”ではなかった。
女が愛くるしく微笑んだ。「“した”!」
「……あんた、誰?」
「“謎の美女、ミネフジコ”!」
「……」
「あら、知らなかった?」
大傑作古典だ。知ってるけど、好きなようにリードされてたまるか。
ところが、そんな心構えも身構えも、次の言葉で一瞬で粉砕されてしまったのだ。
「じゃあ、“コラ勝男! さっさと乗んなさい! じゃないと──”」
“おナベさん”!? 瞬間的に心を鷲づかみされて──
「“──しいたけお爺ちゃんに、言いつけるわよ”」ニコリ。
爺ちゃんに拳骨で『ポカッ』と叩かれた思い。いきなり自分にとって格別の思いがあるマンガ──
“おナベさん”を突きつけられ、その上、ピンポイントで──
お父さん、風太さんじゃなく、お爺ちゃん──
しいたけさん!
――だったのだから。
俺のこと知っているのか!?
知ってるとしても、どこまで?
どうもならなかった。俺は目を見開きバカみたいに立ちすくむだけで──
美女が再度、言い含めるように命令した。明るい声で。
「乗りなさい。送ってあげる」




