お父さんがライバル
とはいうものの、残念でした、お泊まりするわけではない。
俺は成田邸を辞し、一人、バス停に立っていた。
正直、フラチな思いが頭にあったんだけど、抑えましたよ。仮初かもしれないけど、いちおうの解決をみたんだ。今はそれでよしとして、するりと引くのが一番さ。
まぁ、そのうち、ホントウに“主人事”をヤッてやるさ、なんちゃって──
俺いま顔まっ赤だな、照れ隠し笑い。
「ふう……」
思い出す。雑談してて、何の拍子か“ウリ”の話になった。駅前での一件のことだ。
蒸し返してまずかったかなと思ったが、もうそのころには、陽菜はだいぶ心丈夫になっていて、顔を赤らめながらもしっかりと答えてくれたのだ。
「お父さんに似てたから」
それで、第一号、初めてのお客にあの男の人を選んだ。そしたらそれは錯覚で、口をきいてみると似ても似付かぬ人だったから、急にイヤになった。
それで、やめようと思った……という顛末。
俺はなんだか、そのとき初めて彼女を愛らしいと思ったのだ。
お父さんが、ライバル。
「……ふふん」
いいじゃん。本当に、今はこれでよし、だな。
ポストの時間表を見る。まだ当分待たなければならない。
そのバスで北刷毛山駅まで行って、列車乗って、刷毛山駅からまたバスに乗って、家に帰る。
家に着くころには、どんな時間になってるやら、だ。
覚悟を決めてスマホを操作すると、案の定、お袋の怒気こもった声がガーッとばかりに耳に襲いかかる。俺はこちらも宥めるのに一苦労だった。男の器量とは、こうして育まれるんだな。
「ハァ……」
でもこれでようやく、今日という日が無事に終わる。苦労した分、成果は大きかった。
こぶしをグッ、とした。
もう一回繰り返した。これで、よし、と――
──ところが。
残念ながら、もう一ひねり、モノゴトが起こったんだなぁ。