文芸部の関係
春の寒さは少しずつ引いていき、夏の暑さが顔を出していた。
制服を着る時は長袖にするか半袖にするか迷うような季節だ。
そして俺が文芸部に入ってから、丁度二ヶ月程した時だった。
図書室、それが文芸部の部室。まだ一桁の人数しかいないほぼ同好会とも呼べるこの部活は、特にこれといった活動はしていないものの、個人的には気に入っていて落ち着く空間となっていた。
今日も今日とて、俺はいつものように恵と話していた。
俺は、そんな落ち着ける空間に安らぎを感じていた時に突然、大きな音をたてて勢い良くドアが開いた。
「こ、ここに尾崎悠希はいますか!?」
そう高い声で言ったのは背は小さく、ツインテールの茶髪、華奢な体付きに制服もしっかり整っている。そんないかにもツンデレと一目で思ってしまうような女子――。
中学からの友達、高田美香だった。
* * * * *
「な、お前俺の部活には入らないって言ってたんじゃ……!」
俺は曇っていてあまりいい天気とはいえない中学の卒業式の日に背の低い美香から見上げられながら、指をさされこう言われていた。
「絶対あんたと部活は一緒にならないんだから!」
美香は頬を膨らませてそう言っていた。今思い出せば少し涙目だったかもしれない。
そして今、美香はその言葉を裏切るようにこの部活――文芸部にやって来たのであった。
「べ、別にあんたと同じ部活になりたかった訳じゃないんだからね!」
唐突に顔を赤くしながらツンデレっぽいセリフを言う美香。
(あぁ、全く……どう考えたってさっき俺のこと探してただろ……)
「ってことはお前入部希望か?」
俺は情けない顔で内心呆れながら言った。それ以前に、俺がここにいることを知ってることが怖すぎるんだよな。
「そうよ! なんか文句ある? それで部長さんは誰なの?」
相変わらず上から目線の口調だ、変わっていない。こういう場では敬語を使うべきではないのか、とも思うがかなり漁っている様子だからと思われる。
そして部長という言葉に反応して、部長は長く黒く美しい髪を揺らしながら、獲物を狩る肉食動物の様な鋭い目つきで美香のいるドアの方へ振り向いた。
「どど、どなた……ですか……にゅ、入部希望です……か?」
だがしかし、もちろん人見知りは発動しているのである。
(あぁ、めっちゃテンパってんじゃん)
さっきのかっこいい振り向きは何処へ、とも思うがそれが部長だと、この二ヶ月で分かっていた。でも俺の時より明らか緊張しているのが気になるとこだな……
「部長さん落ち着いて〜、深呼吸ですよ〜」
能天気に恵は部長の肩に手を置いた。
少し恵の方を向き、微笑んでから深呼吸して落ち着いた部長が改めて質問を投げかけた。
「入部希望ですか……?」
「そうよ。私は高田美香よろしく……えっと……」
「野田ひまり。ひまりでいいわ」
さっきとは大幅に違う低めの声で言った。いつも俺達と話してる時と喋り方が似ていて、僅かに緊張がほぐれたんじゃないかと思った。
「よろしくお願いします……ひまり先輩……」
美香は急変したかのように改まって挨拶をした。きっと部長の切り替えに驚いているのだろう。
(それか多重人格かと思って怖がってるかなんだけど……)
部長は美香が困惑していることに気づいたのか、こほんと咳払いをした。
「それで、この部活に来た動機は何かしら」
いつも通りの口調で部長は言う。少し上から目線になったせいか面接官のような硬い雰囲気を漂わせていた。
「私……運動もあまり出来ないし、手先とかも器用じゃないから」
少し申し訳なさそうな顔で美香は言った。そのまま自分の発言が自虐だったが故に俯いてしまう。
「そう。大丈夫よ、この部はダメな人間共が多いのよ」
表情も変えず真顔で淡々と言う部長は自分を含め、文芸部全員を卑下していた。
(さらっと部員全員を貶すようなセリフ言うね……部長さんやい……)
「そ、そうなんですね、はは」
俺が少し脳内でツッコむ中、美香は引き気味で苦笑していた。
部長は、美香を手で野良猫を呼ぶかのように誘導して話をし始めた。
そこで俺は話を聞くのを止め、恵と話し出そうと思ったが、すぐ美香はこちらに来た。
そこに新しく入部した美香がツインテールの髪を揺らしながら近づいてくる。
「こんにちは〜、私は水川恵。よろしくね〜」
「え、あ、よよろしく……水川さん……」
誰とでも大体フレンドリーに関われる恵と、まだ慣れていない美香はどちらとも挨拶をし合った。そして挨拶をした美香は俯いてしまった。
「何俯いてんだよ、お前らしくない」
俺が少しいじってやろうと思い、呆れた顔でそう言った。
「べ、別にいいじゃない!」
美香は腕を組んで頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。
「所で、水川さんはこいつとどんな関係なの……?」
美香は少し顔を赤くしていた。
(いや、唐突に俺のことこいつ呼ばわりしないでもらえる?)
俺の脳内では曖昧な「恵との関係」について恵本人が問われたため、自分がどう思われているか分かるかもしれないこの状況に僅かに胸を高鳴らせてた。
「えっとね〜友達、かな? 大切な友達だよ〜」
「へ、へぇ〜。そ、そのこいつの事あんたは好き……なの……?」
(うんうん、って!? なんでこいつこんな直で聞いてるんだ!?)
「好きだよ〜」
恵はいつもの腑抜けた声でそう言った。
「――っ!?」
俺も驚いて椅子から勢いよく立ちが上がったよ。しかも顔真っ赤にしてな。
我ながら取り乱してしまい、羞恥心の全開の俺は何事も無かったように真っ赤な顔で椅子に座り直した。
「ば、ばっかじゃないの!?」
美香は耳まで顔を赤くして焦っていた。
(何でこいつがこんな怒るんだよ)
俺がそう思うのも無理はない。そこまでこいつにこれといって何かした覚えも無いし、ましては彼女でもない。
「あんたなんかに絶対悠希のことは――」
美香は、何かを言っていて、その声は段々と小さくなり、そのまま俯いてしまった。
その後に何を言っているのか小声で聞き取ることが出来なかった。
* * * * *
「って事があったんだけどどう思う?」
俺はいつもの帰路で誠人に今日の部活で恵に「好きだよ〜」と言われた件について話していた。
「んー、恵さんは脈ありなんじゃねぇの?」
誠人は頭の後ろで手を組みそう言った。
「まじで!?」
俺は思わず大声で反応してしまった。いくら何でも今日は取り乱すことが多いと自分の行いを省みていると、誠人から追撃が飛んできた。
「お前やっぱり恵さんのこと好きだろ……」
「そそんな事ない!」
俺が頭に血を登らせて否定する中、誠人は話を続ける。
「まぁ、恵さんはともかく美香はツンデレだし。お前のこと好きなのは否定出来ないけどな」
誠人も美香のことは俺繋がりで知っていた。
「俺、美香好きじゃないんだけど」
俺が真顔でそう言うと、誠人はため息をついた。
「お前の好き嫌いの話じゃないっての。それにそんなバサッと切り捨てないで少しは美香の身にもなってやれよ……」
呆れた様な顔で誠人は言った。正直なんでそんな呆れられているのかがさっぱり分からない。
「いやぁ、俺昔っから乙女心って奴は分かんねぇんだわ」
反応に困り果てた俺は、適当に苦笑だけを浮かべた。
「なんだよ、お前いっつもラブコメとか見てて『この子の乙女心ってのがまたいいんだよ!』みたいなこと言うくせに」
「うっ……」
確かに言っている。ラブコメを誠人の横で見ると誠人を叩きながら言っている。しかも今の俺の真似、意外と似てたな。
「まぁ、お前も頑張れよな。恵さんのことでな」
右手の親指を立てて、会心の笑みでそう言われたが、正直なんとも言えない状況だった。
「お前もりみ先輩頑張れよな」
「な、お前……! それは……それ言うなよ!」
やり返しとも言える追撃を与えると、誠人は微かに頬の色を濃くした。
(顔真っ赤にする誠人も面白いよな……)
俺の中にあるサディスティックな血が騒いだところでいつもの分かれ道となった。
* * * * *
次の日の夕方、今日は部活が無くて誠人も友達と帰ると言うから、一人で帰ろうとした所を恵に話しかけられた。
そして俺はまた恵と一緒に帰っていた。
「ね〜、悠希くん〜」
「ん? どうした?」
「悠希くんってりみ先輩とかも同じ呼び方だし、他の呼び方してみたいな」
少し恥ずかしそうに恵は俯きながら言った。
「ん? それってあだ名とかそう言うの?」
多分、少しは仲良くなりたいなりの努力ってやつなんだよな。そう思い、俺は一人脳内で納得した。
「そうそう! 悠希くんのことあだ名で呼んでみたいなぁ〜って思ってね」
恵は、まるで嬉しくて尻尾振る犬のような表情で俺を見てきた。
「べ、別に構わないよ……」
あまりにも近くにこられたため、顔が熱くなって目をそらしてしまった。
「やったぁ〜、じゃあどうしよっかな〜」
そう言いふっくらした唇に人さし指を当て、悩む仕草を見せる恵。
(恵のこの感じすごく微笑ましい。というかここまで女子の仕草を間近で見てると、ラブコメ主人公になった気分だ……)
「そうだ! 悠くんはどう?」
頭上で電球が光って閃いたように恵は言った。
「あんまり変わってなくね……?」
「え、嫌だった……?」
俺が苦笑しながら言うと、少し心配そうな顔で恵は返してくる。
「いやいや、全然否定はしてない! 別にいいよ! 悠くん! いいね!」
「そっかぁ〜、じゃあこれからは悠くんって呼ぶね」
そんな恵は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「悠くん」
いつもの伸びている様な声ではなく真面目に言われたからか少し新鮮で、顔が熱くなった。
「な、なんだ……?」
「何でもなーい!」
あだ名で呼ばれ、それに応えた俺だったが恵はいたずらっぽい笑顔で少し足を早めた。
俺は顔が赤いのを隠すために頬を人さし指でかきながら、目線をそらした。
(あれは反則級にかわいいわ……もし付き合ってたら、完全に抱きしめてたよ……)
そんなキザな事を思ったのもつかの間、あることに俺は気づいた。
(ん……? てことは俺って……)
無意識的に眉に力が入りながら考え込む俺にはある事に確信づいていた。
(もしかして――)
「好きなのか!?」
俺はつい気持ちが高ぶりすぎて声に出てしまった。
「んえ? 悠くんいきなりどうしたの? 『好き』……って」
「い、いや何でもない……」
「そうなの〜? ならいいんだけど〜」
(あっぶねぇ……下手したら完全に告白じゃねぇか……とりあえずこの気持ちは、気のせいってことにしとこう)
そして恵は、分かれる道でいつもよりも大きく嬉しそうな顔で手を振っていた。
「ばいばい! 悠くん〜!」
そう大きな声で言った恵に釣られて俺も小さく笑って――。
「おう! じゃあな!」
そうやって、ちゃんと別れの挨拶をすることが出来た。
それと同時にこんなことも思った。
「やっぱりかわいいな……」
俺は誰にも聞こえないような小さな声で言うのと同時にニヤけてもいた。やはり、我ながら気持ち悪いと言える表情であった。
* * * * *
恵に悠くんというあだ名を付けられてから四日ほど経っていた。あだ名が付けられてから何日経ったのかを数えてしまっている俺は相当舞い上がっているのだろう。
俺はいつも通り図書室に入ろうとしたら中から口論の様なものが聞こえた。
「……ん?」
耳を澄ましてみるとその声は知らない男子の声と部長の声だった。
(とりあえず入ってみるか……)
そう思い、右手で乱雑な手つきで部室のドアを開けた。
「こんにちはー」
相変わらず無愛想な顔で部室に入った。どうやら声の発生源は入ってすぐの図書室のカウンターの前だったようだ。
ドアの目の前で、口論になっているのを通り抜けて恵のいる所に行き、恵の隣のイスに座った。
「あぁ〜、悠くん来てたんだね〜。こんにちは〜」
「おう、こんにちは。それよりあの口論はなんだ?」
「なんか新しく来た子が部長さんにイタズラしちゃって、口論になったんだよね〜」
「新しい子? 新入部員か?」
「うん、そう見たい。確か小野田先輩の友達だった……かな?」
「おう、そうかありがとな」
「どういたしまして〜」
俺は恵の隣から離れ、口論が起きている所に向かった。大して口論を止めれるような能力を持ち合わせていない俺は少しだけ現場から距離を取った。
ちょっとのイタズラでは部長は怒んないはずだから相当なことなんだろうな。
「部長どうしたんですか……?」
俺が恐る恐る聞くと部長は少しニヤけた。
「あぁ悠希、いい所に来たわね。」
「え……?」
いつもとは違う呼び方をされ、俺は思わず首を傾げた。
「こいつがくだらないイタズラをするものだからどうにかして欲しいのよ」
「どうにかとはなんだ! 僕のイタズラはくだらなくなんかない! 立派なイタズラだ!」
(イタズラはイタズラ。うん、立派ってなんだろ)
そう脳内でツッコむ中、場を落ち着かせようと二人の仲立ちをしようとした。
「とりあえず落ちついてくださいよ……それで君は……?」
「僕は井口海斗、二年です」
「うぇあ!? 高二!?」
あまりにも背が低いから同い年かと思ったわ……。
なんにせよ、パッと見だと身長150センチぐらいだったからだ。
「それで……えっと、井口先輩はなんで文芸部に来たんですか?」
目の前の少年を「海斗くん」と言いそうになった口を一度閉じ、「井口先輩」と先輩という言葉を付けて名前を呼ぶ。
俺が井口先輩の背を少し目で確認しながら言うと、冷たい視線を向けられた。
「身長を確認しながらはやめようね……? 僕は小野田に勧められて来たんだ」
「小野田先輩ってあの熱血の……」
俺はいかにも嫌そうな顔をしてしまった。
「小野田の事が好きすぎて来たに違いないわ」
部長は真顔で言った。その表情にはどうやら他のニュアンスを含んでいるようだった。
(さらっと火に油のようなセリフを……)
「んなもんあるか!」
男子にしては高い声で、大きく海斗は叫んだ。どういうわけか、少しだけ頬を赤らめている。
その声は背が小さいだけあって高めだ。
その時、りみ先輩が口論になった2人に割り込んできた。
「まぁまぁ、井口先輩も落ち着いて。それと部長は余計なこと言わないでくださいよ」
「「…………」」
りみ先輩の台詞に二人は黙り込んだ。委員長をやっているだけあり、このような場面には慣れているようにも見える。やたらと肝が座っている。
そんなりみ先輩に憧れに近い感情を覚えていると、明るい表情でりみ先輩が話を進める。
「ともかく! かわいい新入部員じゃん! 快く迎えてあげよう!」
明るくそう言うりみ先輩に俺は「頼りになるなぁ」と、素直に思った。
(りみ先輩流石すっわ……)
りみ先輩の仲立ちスキルは高そうだと思った瞬間だった。
りみ先輩の仲立ちスキルの高さのお陰で部長と井口先輩の口論は収まった。
* * * * *
「ねぇねぇ、悠希くんー」
口論が収まって落ち着いた所でりみ先輩が何気なく話しかけてきた。
「はい? なんです? りみ先輩」
「いやぁさ、最近やたらと誠人くんが積極的に話しかけてくるんだよね」
考え込む様子でりみ先輩は話し始めた。
それもそうだ。だって誠人はりみ先輩のことが好きだからだ。明言するべきではないのかもしれないが、そうとしか思えない。俺の中では、だが。
「うーんなんでしょうね。初対面の時あれだけ緊張してましたしね」
「私に気があるとか……なんちゃって」
頭上に疑問符を浮かべつつ、少し困ったような顔をしている。
(そこまで感がいいとなると、告白される直前で気づいたりしそうだよな……)
「悠希くん、誠人くんと仲良さそうだしなにか知らない?」
考え込んでいたりみ先輩はこちらに視線を向ける。
(これは言ったほうがいいのかな……)
俺は確証のない誠人の好意を伝えるべきなのか、否か。どうしたらいいか分からず、黙ってしまう。
(でも言ったら言ったで……)
俺が迷って答えれず、黙ってるとドアの開く音がした。
「すみませーん、りみ先輩いますかー?」
誰が来たのかと見てみれば誠人だった。
「うわ、噂をすれば……」
思わず醜いものを見るような顔で、誠人の事を睨んでしまった。
「入っていきなり睨むのはやめろよ、悠希」
呆れた様な顔で苦笑しつつ、誠人は言った。
「気にすんな。それよりも、りみ先輩を探しに来たんだろ?」
俺が話を無理やり終わらすと誠人は「そうそう」と言って、りみ先輩の方を見た。
「はーい、どうしたの? 誠人くん」
それに反応してりみ先輩も誠人の方を見た。先程までの誠人について考え込んでいたと思われる表情は無かった。
「少し話しがあるんです。ちょっと付き合ってもらっていいですか?」
ぎこちない言い方で誠人はりみ先輩を呼び出してりみ先輩は椅子から立ち上がると誠人と部室を出た。
* * * * *
「あ、あのりみ先輩……」
「え、ど、どうしたの?」
二人とも少しぎこちなく、緊張した空気の中、屋上にいた。いつもよりも風が強く感じた。
(何緊張してんだ、俺! りみ先輩を誘って距離縮めんだろ!)
俺は歯を食いしばって覚悟を決めた。
「一緒に映画……とか行きません?」
そしてりみ先輩へ、いわゆるデートの誘いをした。
「え、映画……う、うん! いいよ!」
少しぎこちなくりみ先輩は頷いた。僅かにに考え込んだような仕草が気になっってしまった。
「よし!」
俺は無邪気に笑いガッツポーズをした。その様子をりみ先輩は微笑んで見ていた。
* * * * *
「全く……あいつも呼び出すぐらいで緊張しすぎだよ……」
誠人がりみ先輩を呼び出し、俺が一人になった所に飛びつくように、恵が俺の隣に座った。
「まぁ、好きな人を呼び出すのは少し恥ずかしいのは分かるな〜」
そのため、俺の独り言が恵の耳に筒抜けになってしまい、その独り言に返事が返ってきたため少し驚いた。
そして恵は何かを思い出したかのような顔でいた。
「ん? てことは恵は経験者なのか?」
なんとなく体験談なのかとは思えた。あくまで推測ではあるが。
「んー、まぁそんなとこかな〜」
二分ほど恵と俺に沈黙が続いた。しかし、その沈黙は恵によって消え去った。
「あ、あの悠くん……一緒に映画とか……どう?」
それはいつものゆっくりとした喋り方では無く、緊張している様子だった。
「……え? 映画?」
唐突すぎて俺は「映画」という単語を、オウム返しをしてしまった。
「そう、で、デート……しない?」
恵は顔を赤くして俯いていた。あまりにも直球で「デート」という単語口にされたので、動揺してしまった。
「大丈夫……だよ」
俺は肯定の意味で答えた。
「ほんと! 嬉しい!」
恵はその時心の底から喜んでいるのが見るだけで分かった。
「――っ!?」
俺は普通に誘いに応えたがデートという単語に今更気づいた。
「で、で、ででデートぉ……?」
小声でそう呟き、目を泳がせてしまう。「デート」だなんて今までの人生で一度も経験したことがなく、それ以前に女子から面と向かって「デート」という単語を聞くことが初めてだ。
(や、やばい……な、なぜだ……何故こんなラブコメ展開がああああああ!?)
自分の反応の遅さに驚いているのと同時に人生初のラブコメ展開の予定が出来てしまったことにも驚いて、唖然としていた。
そしてこの時まだ気づかなかった。というか気づくはずもなかった。
俺と恵、そして誠人とりみ先輩、この二人のデートの予定が完全に被ってしまっていたことに――。