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高校生活の楽しさ

 四月の上旬、桜が舞って景色は春だが、少し冬の寒さが残っている。

 サイズが少し大きく感じる着慣れぬ制服を窮屈に思っている中で、外の気温よりも寒く感じる体育館で校長が、晴れやかな表情で話をしていた。


「えー、今日から新学期でみなさん楽しみに登校してきたでしょう。新しく高校生活する人も、進級する人もこの一年頑張りましょう」


 そんな中、俺は話も聞かず脳内で独り言を呟いていた。


(全く……校長ってなんでこうくだらない話しか出来ないんだか、少しは面白い話はできないのかな、最近発売されたゲームとか……まぁ無いわな)


 そんな事を校長がわざわざ話さないことはもはや常識だと思う。

 いやそもそもゲームの話なんかする校長とかいるわけないし。いるんなら会ってみたいわ。


 少なくとも俺の方が話題は面白いと思うが人前で話せるほどのコミュ力は持ち合わせていないわけで。


 だからこそコミュ力を鍛えるために友達を作っていかなければならない……!


 これから始まる高校生活に強い決意をした俺は「失敗した」としか言いようのない中学校生活を思い出した。


 中学ではいわゆる陰キャで友達は本とゲームみたいな生活を送っていた。

 三年間もある友達を作れるチャンスを俺は完全に捨てていた。”捨てていた”、というより”捨てるしかなかった”と言うべきか。


 夏休みの様な長期の休みは、家に引きこもってたぐらいで友達に誘われるなんてことはあるはずが無かった。


 まぁ一人だけ誘ってくれる人はいたんだけどね、そこまで寂しくはないぞ!


 友達がいれば同じ趣味の友達も出来ると思う安易な考えだがそれに賭けるしかない。そうとしか考えることが出来ない。


(だから! 俺は高校デビューしてやるんだぁぁぁあああああああ!)


 心の中で自分の決意を叫び大きくガッツポーズをした。

 その瞬間周りに人がいることを気にせずガッツポーズをしたため、それに気づいた周りの人から冷たい視線が送られた。

 それと同時に自分の顔が熱くなる。


(入学早々なんで俺はこう偏見持たせるの? もはやこれって俺の得意能力なんじゃないの?)


 自分へのツッコミをしつつ、一人恥ずかしさを紛らわしていた。


 *   *   *   *   *


 入学早々、部活を選ぶことになった。

帰宅部になってもいいのだが、友達を作ろうと心に決めた以上部活に入ることは避けられなくなった。


 俺は廊下の掲示板に張り出された各部活ごとに作られたポスターを眺めていた。


(運動神経は自信ないからなぁ……文化部だな……お、文芸部よさそうじゃん)


 中学からよく本は読むので自分には合っていると思った。説明を見る限り結構緩そうな部活だ。

 二階の図書室を部室としてるらしく、そこへと足早に向かった。



 図書室のドアには木製の看板がぶら下がっていてそこには文芸部と彫られていた。


(異様に渋いのはなに……意外とすごい気難しい部活だったりするのかな……)


看板からの異質な雰囲気に不安を募らせながらも、ゆっくりとドアを開けた。

 どこの学校にでもあるような一般的なドアをそっと開けるとすぐに高めのの声が聞こえてきた。


「ようこそ〜文芸部へ! 私は有村りみだよ、気軽にりみ先輩って呼んでね!」

「…………」


 部室に入った途端声をかけられ、かなり圧の強い挨拶をされた俺は気圧され、言葉を失っていた。

 どうやら出待ちされていたようだ。――と、考えることが妥当だろう。


 そこには茶髪のポニーテールで制服もしっかりと着こなしている、まさによくある委員長のイメージに近い姿の女子がいた。


(最初からここにいるってことは出待ちでもしてたの……? なんすか、俺って今、敵扱いでもされてるんですか)


 りみ先輩という女子の圧倒的なコミュ力に驚いて固まってしまった。


「ありゃりゃ、入部希望の人だよね? お名前は何ですか! 大丈夫、心配しないで! ここの部活みんないい人だから!」


 りみ先輩は目をキラキラ輝かせながら前のめりになって俺に話しかける。


(うわぁ……めっちゃ明るいやつだ……こりゃ俺が無理なタイプだな、とりあえず挨拶はしなきゃだ)


「入部希望の一年、尾崎悠希です……よろしくお願いします……」


声に出す言葉よりも心で呟く言葉の数が多くなっている俺は、無愛想な顔で部員に軽く挨拶をした。


(あんまりこういう時に愛想のいい対応取れないんだよなぁ……)


 そしてりみ先輩の後ろから出てきた肩ほどまで伸びているふわっとしたこげ茶色の髪の子が話しかけてきた。

 彼女はりみ先輩との制服の着こなしが対照的で、全体的に服のサイズが緩く見えるしブレザーのボタンも一つしか止まっていなかった。


「悠希……くんだっけ? よろしく〜、私は水川恵、同じ一年生だから気軽にどうぞ〜」


 出待ちと思われる行動を取られた俺は、戸惑っていた。

 そんな俺に気づくはずもなく、ドアの横からひょいっと飛び出てきた女子から、少し腑抜けた声で挨拶をされた。


「は、はい……よろしく、水川……さん……」


 初対面で更に女子という超高難易度のコミュニケーションを持ち込まれて、キョドってしまう。


 しかもそれは単数ではなく複数、女子との関わりが家族とその知り合いぐらいしか無かった俺にとって、こんなことさえ「モテ期なのでは」と勘違いしてしまうのだ。


「もぉ〜、そんな固く無くていいよ、恵って呼んでいいよ〜」


(結構ラフに話しかけてくれるから話せそうかな……)


 同級生らしい会話の仕方に少し安心感を覚えた。

 我ながら警戒心の薄い人間だと自分自身を心の中で嘲笑した。


「は、はい……恵……よろしく……」


 かなり途切れ途切れな言葉で俯きながら言葉を返した。やっぱり初対面の人と話すことはまだ慣れていないのだ。


「こちらこそよろしく〜」


 恵は俺に優しく笑った。その笑顔は今の俺にとっては少し眩しく見えた。

 恵が挨拶を終えたその瞬間、奥の方の図書室の椅子からガバッと立ち上がって、低めの声の男子が自己紹介を始めた。


「俺は二年の小野田政宗だ! よろしくな! 悠希! 先輩だが気軽に仲良くしてくれよな!」


 熱風が来てもおかしくないんじゃないかと思うほど熱い挨拶をされた。というより俺だけかもだが熱を少し感じた――という錯覚が起こるほどだった。


(ものすごく松〇修造感強い人だな……)


「よろしくお願いします、小野田先輩」


 無意識に心の中で呟いたツッコミを言葉にしてしまいそうだったが、その言葉を喉で抑えてぎこちなくだが挨拶を返した。


 その後、まだ部員は残っていたものの俺がモタモタしたせいで時間が無くなり、部活終了時間となってしまって文芸部は解散することになった。

 まだ部員はいたが、時間になると俺に構わずすぐに帰ってしまった。


 *   *   *   *   *


 一直線に続く、塀に隔てられた住宅街の道を二人の男子が歩いている。

 俺の横から誠人が顔の向きを変えずに話しかけてくる。


「へー、お前文芸部入ったんだー、まぁろくに運動も出来ねぇしな」

「うっせぇな、こっちの勝手だろ――てか一言余計だっつの」


 誠人はいつも一言余計だ。


 中学の時、自分で何かを起こした訳では無いのに発生した自分に向けられたいじめ――それを間接的に穏やかにしてくれたのが誠人だった。


 クラスにおいて権限の高い地位にいて、俺みたいないじめられっ子には接点なんてあるはずもなく、助ける義理なんか無かったのに――それでも助けてくれた救世主でもある親友だ。


 その親友に俺は高校に進学する前に何度かしたことのある質問をした。


「誠人は何部に入るんだ?」

「俺は帰宅部だぜ! わざわざ外に出てまで動く必要ないだろ。その内バイトとかもするし」


 誇らしげに誠人は言った。その選択に大しての悔いは一切感じられない。

 しかし、そんな誠人の言動には、毎度毎度呆れさせられる。


「誠人……お前運動神経いいくせに何言ってんだよ。宝の持ち腐れってやつだろ」


 自分よりも余裕のある選択を持っていることが恨めしく、俺は呆れた顔で誠人の頭を軽く叩いた。


「んな、叩くことはねぇだろ……こっちはクラスで女子にチヤホヤされててればそれでいいわけだ」


 確かに誠人の顔面偏差値が高くて中学の頃からモテていた。いくら女子とは接点がなく、興味もない俺でも何をしなくても女子が集まるという事を少し羨んでいた。


 誠人とは逆で、顔面偏差値の低い俺には到底そんなことがあるわけなく、机に突っ伏しながら眺めていた。

 常に色んな人からチヤホヤされているからこそ、誠人はすぐ調子に乗る。


(まぁそれを落ち着かせるのも俺の役目でもあるわけなのだけど……)


 誠人は気持ち悪くニヤついていた。その表情を見て、俺は素直に気持ち悪いと思い、顔を引き攣らせた。


「誠人の顔が整っているのは認めるが、あんまり調子乗りすぎんなよなすぎんなよな」


 誠人は俺の言葉を聞き、更に表情が緩くなった。この発言はあくまでも皮肉であって決して賞賛などという誠人に向けるべき言葉ではない。断言しておく、悪いフラグを踏まないように。


「お、たまにはいい事言うじゃねぇか……照れるぜ」


 誠人は嬉しそうに鼻の下を指で撫でた。やはりこの発言が皮肉ということには気付かずに「褒められた」と捉えたらしい。


(全然褒めてもないし、もはや注意をしたつもりなんだが……?)


 内心声を荒らげて言ってやりたいツッコミを我慢し、俺は誠人に再び呆れたため、小さくため息をついた。


「全く、お前の性格はどうにもなんないな……」


 ツッコミをする代わりに、皮肉混じりな言葉を再び呟いて誠人を見て微笑した。

 突然この日常的な他愛もないような会話が少しおかしく思えて、俺らは顔を見合わせてクスクスと笑っていた。


 *   *   *   *   *


 次の日、クラスでは色々な係や委員会を決めるぐらいで、そこまで授業らしいことはしなかった。

 とはいえ授業が無かった――という訳ではなく、あった授業でも軽い遊びのような説明だらけだった。


 まだ始まったとは言えない高校生活に少し不安を感じるも、帰りのホームルームは過ぎ去っていくように終わった。

 手際よく自分の荷物を片付け、文芸部の部室へと向かった。



 今日は部室に、五人の人が集まった。一応これが今のところの部員全員らしい。

 部長の提案で「同じ部活でもまだ互いの事を分からないと思うので」と言って部長が自己紹介をし合うと言い、自己紹介をすることになった。


「じゃあまずは部長の私から……」


 そう言い、立ち上がったのは整えられた長い黒髪の華奢な見た目の女子――文芸部の部長だ。 

 一応、彼女が部長というのは今日部室に来た時にりみ先輩から聞いていた。


(というかなんで昨日の時点で部長が自己紹介しなかったんですかね……?)


 誰もがしてもおかしくないようなツッコミを脳内でしていた。

 だって普通自己紹介って部長からってものじゃないの?


 そして部長が華奢な体を少し震わせながらも、微かに震えた声で挨拶をした。

 どちらの震えも個別に震えているように見える。


「文芸部部長の野田ひまりよ……よろしく……」


 右手で左の二の腕を抑えながら話しているがその手は両方とも震えていた。

 まるで脅迫されているかのようなその姿に心配をしてしまうのは仕方ないのか。


(結構落ち着いてるように見えるけど、絶対人前得意じゃなさそうだよな。この部長)


 震えなどの仕草を見ていたため、つい部長のことを凝視してしまった。

 その視線に気づかれ、鋭い目付きで睨まれてしまった。


(うげ、すっげぇ軽蔑の目を向けられたんだけど……)


 睨まれたことで少し冷や汗をかいてしまった。獲物を狩る肉食獣の眼差しを思わせるほどの鋭い目付きだったので、流石に冷や汗をかかずにはいられなかった。


(まぁでも今のは確かに俺が悪かったな)


 俺は素直に心の中で自分の過ちを省みた。たまには俺も素直に自分自身の非を認めるということもしないといけない。

 高校生なんだから――というよく聞く言葉が頭によぎった。


 「じゃあ、次は俺だな!」


 そう大きな声で立ち上がったのはいかにも熱血系の小野田政宗だ。

 昨日と変わらず熱を感じ、少し目を逸らしてしまう。


「俺は昨日も自己紹介したが、二年の小野田政宗だ! みんな元気か! 俺は元気だ! 気合いがあれば何でもできる! 一緒に頑張ろうぜ!」


(どうしてそこまで熱いのか……運動部入ればよかったのに……)


 俺が無愛想な顔で脳内でツッコミをしているとまるで小学生のように元気な声が聞こえてきた。


「はいはい、次は私ねー!」


 りみ先輩は手を挙げながらゆっくり立ち上がり、自己紹介を始めた。その姿にはどことなくリーダーらしさを感じ、部長を変えた方がいいんじゃないかという意見が自然と出てきた。


「私も昨日自己紹介したけど有村りみです! 二年で学年委員長をやってます! りみ先輩って呼んでね!」


 嬉しそうにりみ先輩は自己紹介を終えた。スラスラと自己紹介をするりみ先輩はきっと人前で話すということに慣れているんだろう。


(やっぱり委員長か、俺の目に狂いは無かったな……!)


 自分の勘の鋭さに惚れ惚れしていた所で、強制終了でもされたかのように腑抜けた声が割り込んできた。


「私は水川恵です〜みんなよろしくね〜」


 恵はただ名前を言ったのみで、他に自己紹介と言えるものは何も無かった。マイペースな恵に俺は苦笑してしまった。


(もうちょいなんか言ってくれた方が覚えやすいけど、あんな腑抜けた声ならすぐ覚えそうだな)


 そこでりみ先輩から俺へと視線が向けられたので自己紹介を始めた。人前で話すことが苦手な俺は立ち上がり自己紹介をすることを拒む体を無理矢理動かした。


「俺は一年の尾崎悠希です……これからよろしく……です」


『よろしくー』


 部員全員から返事が返ってきて少し嬉しかった。

 自分の存在を認識してもらえた、当たり前かもしれないそんなことが、結構久しぶりなのかもしれない。


 *   *   *   *   *


 自己紹介が終わった後は積極的にりみ先輩が話しかけてきたくれた。


「へぇ、悠希くんアニメ好きなんだー。あ! いわゆるオタクってやつー?」


 りみ先輩は明るく質問をふってきた。その明るさとは裏腹に質問は実に暗いものであった。


「え……まぁそんな所ですかね……ははは」


 しかし、りみ先輩の質問はあまり自分に合っているものではなく、どれも悪い意味で自分の心に刺さるものばかりだった。

 瞳がキラキラしていて楽しそうだが質問の内容が内容だ。


(流石にここまで図星つかれると辛いわ! ここでただのキモオタなの晒したら、もう高校デビューとか夢の彼方に消えるぞ!)


 俺が脳内で必死にりみ先輩への軽い不満を発散していると、机を挟んで向かいに座っている恵が話しかけてきた。


「悠希くんは彼女とかいるの〜?」


 眠そうな目で見つめられたが、特に意味は無さそうだと思った。

 なぜ唐突にそんな質問をしたのか不思議に思いつつも、素直に応えた。


「彼女は……いないよ」


(いると思うんですか!? この明らか顔面偏差値マイナス値のこの俺にぃ!?)


 小さな声応えてしゅんとしている中、明らか口にしている言葉よりも多く、大きい音のツッコミしか脳内では出てこなかった。

 更に「彼女は」と「いないよ」に間を開けるのは明らか怪しかったことに今更気づいて、後悔した。


「うーん、少し間があったのが気になるなぁー?」


 りみ先輩は緩んだ表情で俺の脇腹を肘で突っついてきた。俺の発言の僅かな間をりみ先輩は見逃していなかったらしい……


「んぐっ!?」


(おいおい……なんでこうりみ先輩は察しがいいんだ……もはや怖いぞ……)


 りみ先輩の察しの良さに冷や汗が出てきた。この部活には俺に威圧を与える人間しかいないのか、とも思ってしまう。


「りみ先輩はなんでそんなゲスい顔で聞いてくるんですか……」


 今日のりみ先輩の言動に怯えてしまっているのか、震え声になってしまった。

 もしかしたら声だけではなく、体も震えているかもしれない。


(また変に怪しまれるような言い方だったかな……)


 少し震え声になるのも無理がないと思い、自分の発言を諦める。諦めた俺は少し体の力を抜いた。


「いやぁー! だって後輩の恋愛状況って色々気になるじゃん! さぁ、いるならちゃっちゃと吐いちゃいなよー」


 満面の笑みを浮かべながらバンバンと僕の背中を叩いてきて、恐ろしい人だと思った。


「弱み握れると楽しいじゃんか!」


 更に追い討ちをかけるようにりみ先輩は言った。ダメだ。この人絶対危ない人だ。


(完全にドSだよな!? この人明らかドSだよな!?)


 俺が焦りと同時に自分との相性の悪さを感じた。流石に俺にはこれほどのドSに対応できるほどのドM性癖を持ち合わせていない。


「ほんとにいませんって! ……それよりも、そんなに人をいじるの好きなんですか……?」


 俺がりみ先輩に質問をした時に、割り込むように部長が話し出した。


「りみ、それぐらいにしときなさい? 悠希って子も困ってそうよ」


 部長はこっちには目を向けず本を読みながらそう言った。その姿は少し本を読むおばあちゃんのようだった。


(案外頼りになるのかも、でも『悠希って子』の言い方がちょっとな……いい人であると思うがな)


「まぁ、嫌われない程度にはやってもいいわよ」


 少し笑いをこらえながら、付け足すように部長は言った。しかし堪えていた笑いは爆発してしまい、クスクスと笑い続けていた。


(いや、前言撤回! 全然いい人じゃない!)


「あなたもSですね!? 部長さん!」


 俺はつい、机を両手で叩いてツッコんでしまった。無意識に普段の自分の姿をまだ馴染みのない人達に晒してしまった。


「ふーん、ツッコミのキレだけは認めてあげましょう」


 笑いを堪えてた表情が変わった部長は俺を横目で見ながらそう応えた。その表情は少し緩んでいて、言ってしまえば憎たらしく感じるものだった。


「全然褒められてる気がしないんですけど……」


 俺は無愛想な顔で椅子に戻りつつ、部長に言った。軽く睨む俺に気付き、同じく睨みが返ってきた。


「ふん、この程度の皮肉で嫌気がさすのならこの部活ではやっていけないと思うわよ?」


 少し鼻で笑い、見下すように部長は応えた。そしてすぐ本に視線を戻す。

 どうも苦手な人だ。個人的に、関係を築くのはかなり難しそうと感じた。


「…………」


 俺は部長から目を逸らし、黙り込んだ。黙り込んだ俺は文芸部の過酷さを目の当たりにしていた。


(そんなに過酷なんすか、この部活、精神攻撃辛すぎるわ)


 少し沈黙が続いた所で、恵がその沈黙を打ち破るように喋り出した。


「それぐらいにしときなよ〜、部長も少し言い過ぎですよ〜」


「失礼、少し私も言い過ぎたわ」


 部長は素直に認めて、即答で謝罪をした。その表情は「真剣」そのものだった。


(俺と恵との温度差が激しいんですけど!?)


 脳内のツッコミジェネレーターがフル稼働している所でチャイムが鳴り、部活終了時間となった。


 *   *   *   *   *


 部活が終わり、いつも通りぼっちで帰ろうとしていた。

 さっさと帰ろうと校門を足早に出た。その時、ひょっこりと横から恵が現れた。


「悠希くん〜、一緒に帰ろ〜」


 どこからともなく現れた恵は相変わらず寝ぼけてるような言い方で誘ってきた。その言葉に状況反射であまり後先を考えずに返事をした。


「あ、うん、いいよ」


 少し戸惑いながらも一緒に帰ることにした。文芸部の中でも信頼出来る恵からの誘いを断る理由もなかった。


(まぁ誠人も今日帰ったし、別にいっか)


 恵が横で歩幅を合わせて歩く中、一分ほどの沈黙が続いた。

 その沈黙を俺は打ち消すように話題をふった。


「なんで俺と帰ろうと思ったの?」


 ふと気になって俺は軽く恵に聞いてみた。しかし、ちょっとだけ脳内で考えていた質問とは話の趣旨が違っていた。


「えっとね〜、あんまり部活で話せなかったから?」


 口に人差し指を当てて首をかしげながら恵は言った。本当にこんな仕草をする人がいるということが分かり、少し驚くと共に嬉しさもこみ上げてきた。


(仕草にキュンとした俺はなんなんだか……)


 少し恵の仕草に心を奪われかけた所で自分への問いかけをして冷静になり、話を続けた。


「お、おう。俺あの時少し部長に打ちのめさちゃったから話す気力無くなっててさ」


 俺は苦笑しながらそう言った。あんなに言われたんだから苦笑するしか今はできない。


「あ〜そうなんだ〜。部長さんも本気では言ってないと思うよ〜」

「そうか? ならいいんだが」


 恵の言うことには自然と納得してしまう魔力のようなものを感じた。

 俺の言葉を最後にすぐに二人とも黙ってしまった。


 なんだか今まで女子とは上手く喋れてなかったが恵とは気楽に喋れる感じがした。そんなことを考えていて、沈黙が続いていることに気づくのが遅れた。


(結構気まずいな……とりあえずなんか話ふってみよう……)


「あ、あの恵……?」

「ん〜? どうしたの?」


 俺は少し緊張しながらも、手に汗を握りつつ恵に質問した。


「俺なんかと話してなんかある……のか?」


(何聞いてんのぉ!? バカなの!? 明らか自分への慰めを求めるような発言ですよね!?)


 自分の選択を誤ったと後悔する中、それを気にせず平然と恵は応えた。


「そんなの同じ部活の同じ学年の子だもん〜、これで会ったってことはなんかの運命じゃん〜!」


 腑抜けた声で、開ききってない目を輝かせながら言う。この発言は色んな意味で解釈することが出来るため、俺の脳内はかなり動揺していた。


(それって恋愛的な意味ですか? 本気にしますよ?)


 恵の発言が天然混じりな風に思えて、俺は少し目を泳がせた。人をそんな風に第一印象で捉えるのはあまりよくないかもな。


「お、おお、そうか……」

「えへへ〜」


(やめて! その『えへへ〜』は俺が求めるかわいい笑い方第一位だから!)


 色んな意味で項垂れる俺に対し、恵は少し嬉しそうに笑っていた。

 そこで恵が分かれ道で俺と逆方向を指さした。


「恵、家そっちなのか」

「うん、そうだよ〜悠希くんは逆なんだね〜」


 いつも通りの喋り方で恵は言った。その喋り方に慣れてきていたのかやはり、安心感が確かにあった。


「じゃあここでばいばいだね〜」


(ばいばいって高校生が言うような言葉か……?)


「ばいばい」という単語に疑問符を浮かべつつ、恵に軽く言った。


「おう、じゃあな」

「また明日〜」


 そう言って恵は右手を大きく振っていた。まるで遊び終わって分かれ際の小学生のようだった。

 俺はそれを少し無愛想に見ながら右手を上に上げて返した。


 *   *   *   *   *


 それから一ヶ月が経過した。

 だんだん新しい高校生活にも慣れてきて、部活も楽しくなってきた。

 今日は誠人が俺がちゃんと話せてるかを確かめるとかで文芸部を見に来ることになった。

 そのため、今は誠人と文芸部に向かってるところだ。


「なんで誠人が文芸部に来るんだよ……お前帰宅部なんだから帰れよ……」


 俺はめんどくさそうな顔で言った。その表情の中には呆れている自分もいた。


「いやぁ、お前みたいなやつがやっていけてるか見に行くだけだよ!」


 誠人は鼻の下を指で撫でた。その仕草から誠人は自分が今いいことをしていると思い込んでいると見られる。


「はぁ、勝手にしろ……それと一言余計だ」


 そして文芸部に着き、俺ではなく誠人が勢いよくドアを開けた。ドアを開ける大きな音がして、必然的に部員全員が誠人を見た。


「こんにちはー! 悠希の親友の誠人で……え……あ」


 誠人は挨拶をしていたのに急に俺に近寄って耳元で話し出した。その速さはまさに高速、目にも止まらぬ速さだった。言い過ぎかもだが。


(おいおいおいおい、なんだあのかわいい人は!)


 少し焦り気味で誠人は聞いてきた。目を見開いていて、かなり緊張している様子で久しぶりにそんな姿が見れて自分の中に眠るSの心がくすぐられた。


(いや、誰よ、どんな人よ)


 俺が目を細めながら言うと誠人は必死に特徴を小声で話し出した。


(ほら! あのポニテのいかにも委員長やってます感強い人!)


 誠人は息を荒くしながら言う。しかも少し唾も飛んでいる。距離が近いため避けることのできない細かい唾が俺の顔に付いた。それらを無視しつつ、その人物の名前を教えた。


(あぁ、りみ先輩だよ、有村りみって人)


 表情を変えずに平然と答える俺に「ほほぉ」と誠人は気味の悪い笑みを浮かべていた。


「んー? 悠希くんの友達? あっ、もしかして入部希望?」


 りみ先輩は誠人の方をジーッと見つめながら言った。正直これは危ないのではないか――と思っていた矢先に誠人の落ち着きがどこかへ消え去った。


「ええ、えい、いや悠希がどうしてるかきき気になってきま、ました!」


 誠人は緊張でガチガチに固まった体で、そう返した。そんな姿にS心をくすぐられる以前に呆れることしかできなかった。


(いくら何でも焦りすぎだ……)


「そうなんだ! 名前は?」


 りみ先輩は少しばかり大きい胸の前で手を合わせた。手を合わせたと同時にその僅かな衝撃で胸も少しだけ揺れていた。


「えぇ、えっと、荒川誠人です!」


 足をガタガタ震わせながら誠人は言う。それだけではなく、軽く汗もかいていた。


「大丈夫? そんな緊張しなくてもいいよ? 一応先輩だけど気を使わないでおくれよ」


 りみ先輩はそう言い肩をポンと叩いた。りみ先輩はりみ先輩なりにこれで緊張を解そうとの行動だったのかもしれないが、今の誠人には逆効果だったらしい。


「は、はい!? す、すみません……あ、あの……悠希がどうなのかな……と、思って……」


 誠人の声は徐々に小さくなっている。やはりそんな姿に呆れてしまう俺はどこかおかしいのだろうか。


(全然落ち着いてないな……)


 俺は脳内で誠人の情けなさを感じて更に呆れた。


「悠希くんはいい子だよ、今のとこ根は優しいしね」


(根は!? 普通に優しいって言って!? 微妙に傷付きますよ!?)


「うまく出来てるならそれでいいな」


 誠人は俺の方に向いてニヤっと笑った。


(さっきの緊張しまくってたあいつは何処へ……)


 誠人はそれから他の部員とも楽しそうに少し話をして、帰りは誠人と帰った。


 *   *   *   *   *


 いつもの帰路を二人で渡る。

 今日は曇っていて、日が雲に隠れているため少し薄暗かった。


「あぁ! めっちゃりみ先輩かわいいじゃん!」


 誠人は目をキラキラさせて鼻息を荒くしている。


(あぁ、こいつ俺がアニメについて語る時と同じ目をしてるし……)


「やめとけ、誠人の今の状況は俺のキモオタ状態と一緒だぞ……」


 呆れ顔で俺は誠人に直球で言った。軽くキャラ崩壊しつつある誠人を戻すためにも仕方ない言い方なのだ。


「いやぁ、あれは一目惚れだわ……」


 直球にツッコミをしたのにも関わらず、誠人は俺の呆れ果てた感想にさえ目も向けず話を続ける。


「ガン無視で語り続けるな!?」


 俺はついツッコんでしまった。


「あ、そうだよ、悠希って恵って子のこと好きなの?」


 急に冷静になり誠人は話しかける。


「な、なななんでそうなる!?」


 俺は完全に図星だったのでかなり焦ってしまった。いやでも図星というよりかは気になっている程度だし、完全に図星という訳では無いはずだ。


「いやぁ、お前恵さんと話てる時やけにニヤ付いてたじゃん」


(軽く図星だ……んて言えばいい……とりあえず誤魔化すか……)


 俺は冷や汗をかくほど焦っていた。まるで誠人の焦りが移ったかのように。


「いい、いやそんな事ないって!俺の恋愛感情は二次元にしかないから!」


 手を顔の前でブンブン振りながら否定した。


(俺にしてはそれっぽい誤魔化し方だから大丈夫なはず……)


「ほぉ、ならいいんだけどな」


 ニヤけも収まり誠人は落ち着いた。多分納得したんだろう。

 そこで俺は仕返しの意味も含めて、いたずらに質問してみた。


「……りみ先輩に告ってみたら?」


「ばばば、ばっかだろ! お前!」


(いやいや、いくらなんでも焦りすぎだろ、俺より焦ってんぞ)


「ここ、告り方も分かんないし! 関係薄いし!」

「おいおい、それが普段チヤホヤされて告白されまくってるイケメンの台詞か?」


 俺は追い打ちをかけるように誠人に言った。次々と攻撃を加えた俺に対し誠人は為す術なし、と言ったところか。


「そ、そんなことはまだいいんだよ!」


 声を荒らげながら俺に誠人は叫んできた。


「はいはい、そうですねー」


 俺は聞き流しつつも表情が緩んだ。


「絶対お前話聞いてないだろ!」


 顔を真っ赤にして誠人は言った。俺はそれを笑いながら「ごめんごめん」と謝った。

 その後の誠人の声は俺の耳からはフェードアウトしていきこんなことをふと思った。


――高校生活……意外と楽しめそ。


俺は脳内でそんなことを考えて清々しい気持ちでいた。


「おい悠希! 話聞いてないで、なに黄昏てんだ!」


 誠人から少し怒られた所で俺は走り出した。


「ごめんー! 何も聞いてなかったわ!」


 そう言い少し笑いながら逃げる俺を誠人は追いかけてきた。

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