表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレーメン!  作者: アラレ・ナスカ
2/2

朝顔と街


ユーゴー達の住む大州エウロパを含め、この地球には2000年前以前の歴史がない。正確には、誰も何も知らない。

だが、そんな事誰も不思議に思わなかった。平和であれば、人の心などその程度のものなのであろう。

学者と呼ばれるものは世界の事よりも、銃の性能を上げる事を優先して研究する傾向にある。それも対人の殺傷を左右するためではなく、性能を高める事で機能美を追求するためだけのものだ。


そして、そんな未曾有の歴史を知る唯一の手掛かりと言えるものがこの世には存在する。

それこそが、怪盗ブレーメンが求めているもの「世界5大俗物」である。

彼らが狙う世界5大俗物、通称〝5大〟とは、5つの歴史的な美術品の事である。

この地球の歴史を象徴、あるいは歴史の忘形見といったような存在で非常に貴重な存在である。しかし同時に5つのどれをとっても深い謎を秘めていて、一部の学者達はこの美術品の歴史的意味を研究中である。

何故彼らがそれを求めるのか・・・。

参謀ハサウェイが5大俗物の収集を強く欲しているからである。

もちろん、そんな名誉な美術品であればユーゴーも怪盗として放っておけない。

それぞれとある理由でハサウェイに大きな借りがあるユーゴー・アヴリル・マリリンの4人は、彼女が求める世界5大俗物を探してやりたかったのだ。

そんな彼ら怪盗ブレーメンは、夜は怪盗として街を暴れまわり、昼は各々暮らしている。顔は変えないが、皆、装いと職業を変えて街に溶け込むように過ごしているので、怪盗ブレーメンだとばれた事は一度もない。彼らはそういうところもカリスマなのだ。


昨晩の怪盗劇から夜が明け。

街にオレンジの朝がやってきた。


朝が明け、人々が朝食を済ませ、食後のティータイムを満喫して一息ついたであろう頃、街の西では行列が出来ていた。毎日見られる光景で、この街の名物でもある、その名もティータイムアフター行列。この行列の終着点にあるもの、それはサーカスだ。

キルクスと呼ばれる円形競技場にそれを覆うほどの大きな天蓋を張ったもので、中は円形の劇場仕立てになっている。

このキルクスを拠点に活動しているのはサーカス「ハーナウの月」。

ハーナウの月はエウロパで大人気のサーカス団で、エウロパ全土からこの街に足繁く貴族や紳士淑女が通いつめるほどだ。

そんな名の知れたサーカス団の団員達は、開演されるまでの残り短い時間の中でも予習を怠っていなかった。

そんなサーカス団のトップスターこそ、あのアヴリルである。

アヴリルの昼間の顔はサーカス団員。そして、サーカス団員の時に名乗る称号が「無邪気な子猫」である。

この称号の意味は、後ほどわかる事になるだろう。


開演時刻。

拍手喝采の元に、舞台の幕が上がった。

幕開けと共に更に会場は盛り上がり熱を帯びた。

団長兼司会進行の男が話術で人心を捉える。巧みな会話構成と進行で人は芸が始まる前からすでにこのサーカス団に飲み込まれている。

熊やライオンなどの猛獣のショーに、道化師のパフォーマンス。

観客のボルテージは上がり続け、そしてトリは現れた。


「それでは良い子のみんな、大きなお友達のみんながお待ちかねの、うちのトップスター〝無邪気な子猫〟アヴリルの登場だー!」


司会の男が口上を言うと、少女が天井から空中回転で下降してくる、そして、見事着地。

今までにない程の歓声が沸き起こった。

ニコニコとはちきれんばかりの笑顔で手を振るアクロバットな少女こそ、アヴリルである。

夜の怪盗の時とは違い、サーカスならではの派手で露出の多い衣装を着ていて、髪をサイドアップに縛っている。元気な印象を与えるようだ。


称号〝無邪気な子猫〟

この時のアヴリルはさながら猫のようにしなやかに、そしてアクロバティックな軽快な動きで観客を魅了する。まさに、陽だまりの中をじゃれ回る子猫のようだ。


アヴリルが観客に向かって可愛らしく一礼する。

華麗な体操ショーの始まりであった。

舞台の上には鎖に繋がれていないライオンと虎が現れた。

調教されて人間に慣れているので、アヴリルを襲う演技をする。

それをアヴリルが軽やかな身のこなしと空中回転でかわしていく。誰がどう見ても、人間離れした身のこなしは、老若男女を惹きつける。

そんな演舞が、派手な演出を織り交ぜながら続き、すべての演目が終了する頃には観客はアヴリルに骨抜きにされていた。


サーカス・ハーナウの月の本日の公演は終了。

カーテンコールに現れた団員達に大きな拍手が送られた。

最後に、子供限定でファンとの交流会が行われるのだが、それにも長蛇の列が出来た。

アヴリルは子供達一人一人とお喋りをしたり、サインを書いたり、ハグをして多大のサービスを提供した。彼女はそれは苦ではなく、楽しくてやっている事なのだ。

行列の最後の子供の帽子にサインをし、笑顔で見送った。

終わった!と思いたい所だったが、大きなお友達が1人残っていた。


「サインを頼む」


大きなお友達ーーー180㎝は軽く超える長身の若い黒髪の男が、至って真面目な顔でそう申してきた。


係員は「交流会は14歳以下のお子様に限りますので、大人の方はご遠慮ください・・・」と説明したのだが、男はジッとアヴリルを見つめたままである。

困惑する係員をよそに、男は断固としてそこを動かない。

すると、アヴリルはニコッと男に対してシャイニングスマイル。


「常連さんだよね?いつも最前列で応援してくれてる!だから、特別ね!」


人の子とあれば例に漏れず卒倒すると言われる(団員談)アヴリルのシャイニングスマイルを浴びても、男は僅かに微笑えむに留まった。

男は応援団扇を手渡す。

手作りなのであろうか、レースをカッティングしたもので「アヴリルラブ」、裏には「こっち指差して!」などとデコレーションしてあった。

この男、かなりのキモヲタである。

アヴリルは気にせず団扇にサインをしていたが、周りの係員や他の団員、檻の中の猛獣達までもがドン引きしていた。


「次の公演も来てね!」

「ああ、必ず来る」


アヴリルが手を握ると、男は満足そうな顔で答えた。


「背は高いし、顔もいいんだけどねぇ」

「あの人、いつもいつも来てるけど仕事はしてるのかしら・・・」


噂話の的になっているとは梅雨知れず、少女とキモヲタ、2人の握手は接着剤で装着したのかと思うくらい、しっかりと握られていた。主にキモヲタの方の圧力によって・・・。



ユーゴー達の住む大州エウロパを含め、この地球には2000年前以前の歴史がない。正確には、誰も何も知らない。

だが、そんな事誰も不思議に思わなかった。平和であれば、人の心などその程度のものなのであろう。

学者と呼ばれるものは世界の事よりも、銃の性能を上げる事を優先して研究する傾向にある。それも対人の殺傷を左右するためではなく、性能を高める事で機能美を追求するためだけのものだ。


そして、そんな未曾有の歴史を知る唯一の手掛かりと言えるものがこの世には存在する。

それこそが、怪盗ブレーメンが求めているもの「世界5大俗物」である。

彼らが狙う世界5大俗物、通称〝5大〟とは、5つの歴史的な美術品の事である。

この地球の歴史を象徴、あるいは歴史の忘形見といったような存在で非常に貴重な存在である。しかし同時に5つのどれをとっても深い謎を秘めていて、一部の学者達はこの美術品の歴史的意味を研究中である。

何故彼らがそれを求めるのか・・・。

参謀ハサウェイが5大俗物の収集を強く欲しているからである。

もちろん、そんな名誉な美術品であればユーゴーも怪盗として放っておけない。

それぞれとある理由でハサウェイに大きな借りがあるユーゴー・アヴリル・マリリンの4人は、彼女が求める世界5大俗物を探してやりたかったのだ。

そんな彼ら怪盗ブレーメンは、夜は怪盗として街を暴れまわり、昼は各々暮らしている。顔は変えないが、皆、装いと職業を変えて街に溶け込むように過ごしているので、怪盗ブレーメンだとばれた事は一度もない。彼らはそういうところもカリスマなのだ。


昨晩の怪盗劇から夜が明け。

街にオレンジの朝がやってきた。


朝が明け、人々が朝食を済ませ、食後のティータイムを満喫して一息ついたであろう頃、街の西では行列が出来ていた。毎日見られる光景で、この街の名物でもある、その名もティータイムアフター行列。この行列の終着点にあるもの、それはサーカスだ。

キルクスと呼ばれる円形競技場にそれを覆うほどの大きな天蓋を張ったもので、中は円形の劇場仕立てになっている。

このキルクスを拠点に活動しているのはサーカス「ハーナウの月」。

ハーナウの月はエウロパで大人気のサーカス団で、エウロパ全土からこの街に足繁く貴族や紳士淑女が通いつめるほどだ。

そんな名の知れたサーカス団の団員達は、開演されるまでの残り短い時間の中でも予習を怠っていなかった。

そんなサーカス団のトップスターこそ、あのアヴリルである。

アヴリルの昼間の顔はサーカス団員。そして、サーカス団員の時に名乗る称号が「無邪気な子猫」である。

この称号の意味は、後ほどわかる事になるだろう。


開演時刻。

拍手喝采の元に、舞台の幕が上がった。

幕開けと共に更に会場は盛り上がり熱を帯びた。

団長兼司会進行の男が話術で人心を捉える。巧みな会話構成と進行で人は芸が始まる前からすでにこのサーカス団に飲み込まれている。

熊やライオンなどの猛獣のショーに、道化師のパフォーマンス。

観客のボルテージは上がり続け、そしてトリは現れた。


「それでは良い子のみんな、大きなお友達のみんながお待ちかねの、うちのトップスター〝無邪気な子猫〟アヴリルの登場だー!」


司会の男が口上を言うと、少女が天井から空中回転で下降してくる、そして、見事着地。

今までにない程の歓声が沸き起こった。

ニコニコとはちきれんばかりの笑顔で手を振るアクロバットな少女こそ、アヴリルである。

夜の怪盗の時とは違い、サーカスならではの派手で露出の多い衣装を着ていて、髪をサイドアップに縛っている。元気な印象を与えるようだ。


称号〝無邪気な子猫〟

この時のアヴリルはさながら猫のようにしなやかに、そしてアクロバティックな軽快な動きで観客を魅了する。まさに、陽だまりの中をじゃれ回る子猫のようだ。


アヴリルが観客に向かって可愛らしく一礼する。

華麗な体操ショーの始まりであった。

舞台の上には鎖に繋がれていないライオンと虎が現れた。

調教されて人間に慣れているので、アヴリルを襲う演技をする。

それをアヴリルが軽やかな身のこなしと空中回転でかわしていく。誰がどう見ても、人間離れした身のこなしは、老若男女を惹きつける。

そんな演舞が、派手な演出を織り交ぜながら続き、すべての演目が終了する頃には観客はアヴリルに骨抜きにされていた。


サーカス・ハーナウの月の本日の公演は終了。

カーテンコールに現れた団員達に大きな拍手が送られた。

最後に、子供限定でファンとの交流会が行われるのだが、それにも長蛇の列が出来た。

アヴリルは子供達一人一人とお喋りをしたり、サインを書いたり、ハグをして多大のサービスを提供した。彼女はそれは苦ではなく、楽しくてやっている事なのだ。

行列の最後の子供の帽子にサインをし、笑顔で見送った。

終わった!と思いたい所だったが、大きなお友達が1人残っていた。


「サインを頼む」


大きなお友達ーーー180㎝は軽く超える長身の若い黒髪の男が、至って真面目な顔でそう申してきた。


係員は「交流会は14歳以下のお子様に限りますので、大人の方はご遠慮ください・・・」と説明したのだが、男はジッとアヴリルを見つめたままである。

困惑する係員をよそに、男は断固としてそこを動かない。

すると、アヴリルはニコッと男に対してシャイニングスマイル。


「常連さんだよね?いつも最前列で応援してくれてる!だから、特別ね!」


人の子とあれば例に漏れず卒倒すると言われる(団員談)アヴリルのシャイニングスマイルを浴びても、男は僅かに微笑えむに留まった。

男は応援団扇を手渡す。

手作りなのであろうか、レースをカッティングしたもので「アヴリルラブ」、裏には「こっち指差して!」などとデコレーションしてあった。

この男、かなりのキモヲタである。

アヴリルは気にせず団扇にサインをしていたが、周りの係員や他の団員、檻の中の猛獣達までもがドン引きしていた。


「次の公演も来てね!」

「ああ、必ず来る」


アヴリルが手を握ると、男は満足そうな顔で答えた。


「背は高いし、顔もいいんだけどねぇ」

「あの人、いつもいつも来てるけど仕事はしてるのかしら・・・」


噂話の的になっているとは梅雨知れず、少女とキモヲタ、2人の握手は接着剤で装着したのかと思うくらい、しっかりと握られていた。主にキモヲタの方の圧力によって・・・。



サーカスの衣装から自前の衣装に着替えたアヴリルは猛獣の檻の前にいた。


「ピエーロ、ヴィンチ」


アヴリルが名前を呼ぶと、檻の中の雄ライオンと虎は、まるで彼女にひれ伏すかのように頭を下げた。


『ガォォッ』


ライオン・ピエーロがひと鳴きする。


すると、アヴリルはうんうんと頷く。まるで、彼の言葉を理解しているかのように。


「え?〝今日は本当に申し訳ありませんでした〟って?どうして?」

『グルルル・・・』

「〝演武の時、爪が少し触れてしまいました・・・〟?

いいのいいの!こんなの舐めとけば治るよ!

それより、今日も私達のコンビネーションばっちりだったね!」


グッと親指を立てるアヴリル。

すると、今度は虎のヴィンチがひと鳴きする。


「〝アヴリル様の動きが良いから、我々も上手くやれるのですよ〟?

ううん!みんなが私を支えてくれてるからだよ!」


エヘヘと猫の目で笑うアヴリルは、檻の2匹を撫でる。

そうして彼女が猛獣達と戯れている時だった。


「アヴリル、また猛獣達とお話ししてるのかい?言葉が分かるのかな」


アヴリルの背に話し掛けたのは、ハーナウの月の団長・ヘミングウェイだった。

クスクスと笑う顔は優しく、アヴリルは団長の優しい顔が大好きだった。


「うん、分かるよ!」


アヴリルが猫の目で笑うと、ヘミングウェイはこう続けた。


「アヴリルは夢見るお年頃なのかな?」


冗談混じりで言うヘミングウェイ。

すると、アヴリルはスクッと立ち上がり、


「嘘じゃないよ!

だって、私は〝王様〟だから!」


そうムキになって答えた。

アヴリルの言う〝王様〟の意味が分からないヘミングウェイは、額に手を当て考える素振りをし、


「ふむ・・・。それは大変ですね、小さな王様」


と茶化すように話した。


「あー!団長まだ信じてないでしょー!」


アヴリルが駄々っ子のように指摘する。


「信じてるよ、王様。

さて、私はそろそろ行かなくては。ピエーロとヴィンチにもよろしく」


アヴリルの頭を撫でると、ヘミングウェイはその場を去っていった。


アヴリルは頭を撫でられるのが大好きで、特にユーゴーとヘミングウェイから撫でられると、なんだか胸がムズムズして変な感じになる。けど、それが癖になっていて、彼らに撫でられる時が大好きなのだった。


ニコニコと猫の目で笑っているところ、突然地響きが聞こえてきた。


「ア〜ヴ〜リ〜ル〜ぅぅぅ」


ドスンッ。ドスンッ。


地獄の底に住まう悪魔の声と、地鳴りがアヴリルを戦慄させる。


「マ、マリリン!」


そう、悪魔の声と地響きの主はマリリン。

アヴリルが恐る恐る振り向けば、地獄の門番・ケルベロスの如き形相でマリリンが仁王立ちしていた。


「もう!アヴリル!待ち合わせの時間忘れたの!?」

「4時でしょ?まだ3時半だよ!」

「30分前行動を徹底!!」

「それなら待ち合わせの時間3時半にしてよ!」

「そしたら待ち合わせは3時になるわよ!」

「わけがわからないよ!」


2人には身寄がない。

なので、貴族であるハサウェイに使われてない屋敷を提供してもらってアヴリルとマリリンとで2人暮らしをしている。

そして今日は、昨夜の反省会を兼ねて、ハサウェイの屋敷に招待されていたのだ。

その為の集合時間の事で、今2人は揉めている。


マリリンはアヴリルの髪の毛を鷲掴みにした。

痛っ!と悲鳴をあげたアヴリルに反応するかのように突如、檻の中のピエーロとヴィンチは暴れ始めた。


『ガォッ!』『ガルルッ!』


太い猛獣の腕は鉄の檻を破壊すると、一目散に2匹はマリリンへと躍りかかる。

そして、バクー!とピエーロがマリリンの頭頂部へ、ヴィンチが臀部へと噛み付いた。


「ギャァァァァァ!!」


マリリンの断末魔が響く。


「あっ!ダメダメ!マリリンは食べちゃだめぇ!たぶん美味しくないし!」


小さな少女の制止に、ピエーロとヴィンチは直ぐに言うことを聞いた。

その場で犬のようにお座りをして、めっ!と2匹を叱るアヴリルに深く反省しているようだ。


「一件落着!檻どうしよう。このままじゃ2匹が悪者になっちゃうなぁ。

もう!マリリンが悪いんだから一緒に団長のところに謝りに来て!」

「わらひは・・・、わらひはそれどころでは・・・」


全身血塗れな「猟犬」はその場に崩れ去った。



ヒステリックを起こしたマリリンが檻を破壊した事で無事解決。

アヴリルと血塗れマリリンはハサウェイの屋敷へと向かった。


屋敷は街の中央。この街のどの屋敷より古いが、1番大きい。

ハサウェイこそ、この街の上流階級を取り仕切る貴族で、「貴婦人な驢馬」という称号で呼ばれている。

高位の貴族でありながら、社交界に現れず、それどころか屋敷から外を出たところを見たものがいないという逸話から、怠け者の象徴である「驢馬」をあてがったのだ。しかし、それは軽蔑の意ではなく、「貴婦人な」という言葉があるように、ハサウェイが姿を見せなくとも崇高でミステリアスな存在だという意味が込められている。


アヴリルとマリリンは唯一ハサウェイの屋敷に出入りする人間で、彼女達はなんの断りもなく屋敷の敷居を跨いでいく。

正門をくぐると、そこは立派な風景式庭園。

池が広がり、緩急のついた丘、箱庭のようなコンパクトな森、野花が流行りの品種改良された花と負けないくらい綺麗に咲いている。


屋敷へは勝手に入れる事になっていて、玄関ホールを抜け、2人は大体ハサウェイがいるだろう書斎のドアの前に立った。

ノックをしようとしたその時、部屋の中からハサウェイが誰かと会話する声が聞こえてきて、マリリンは手を止めた。


「そう・・・。あの子達も動き出しているのね。情報ありがとう。

大丈夫よ。この星は必ず守るわ。

その為には、あの子達より早く5つを集めなくては・・・ね・・・」


ドアの外でアヴリルとマリリンは顔を見合わせる。


「あの子達・・・?」

「それより、中に誰かいるのかしら」


小声で話す2人の声が聞こえたようで、早いわね、とハサウェイが話す。


「あ、開けても大丈夫・・・?」

「ええ、どうぞお客様」


ガチャリ。

そっとドアを開けて恐る恐る部屋を見た2人は驚いた。

確かに先ほどハサウェイは誰かと会話していたが、部屋にはハサウェイただ1人。この部屋は窓もないので、2人は怪訝に思った。


「ごきげんよう、2人とも」


ハサウェイは何事も無かったかのように挨拶をする。

かっちり決めていた昨夜のケープコート姿とは違い、今日はエメラルドを基調としたレース仕立てのドレスを着て、髪もアップにまとめていて上品そのものだ。


「ご、ごきげんよう・・・。

あ、あのさハサウェイ。さっき誰かと話してなかった・・・?

ハサウェイ以外の匂いもしないし、ここに誰かいた形跡がまるでないわ」


気になって仕方のなかったマリリンは尋ねた。

この部屋には誰かがいた形跡すらない。あるのは古びた本棚と、年代を感じるアンティークな机と椅子、薔薇が植木鉢に植えられているだけ。この薔薇だけは

今日初めて見たものだった。きっと最近植え替えしたばかりなのだろう。


「うふふ。地獄耳なのよ、私」


彼女は優雅に答えた。

ハサウェイに上手くはぐらかされた気もするが、2人は取り敢えずそれで納得する事にした。


「それで、あなた達を呼び出したのはね」

「ドロボー失敗の反省会でしょ?よく話合おう、ハサウェイ」


アヴリルは珍しく真剣な眼差し。


「いいえ、そっちじゃなくてね。ほら、もうすぐ不定期演奏会じゃない?

それの衣装合わせをしようと思って」

「ああ、そっち」


作戦会議ではないと知り、マリリンは呆れ顔。


彼女の言う演奏会とは、その名の通り演奏会である。

実は、怪盗ブレーメンの4人には、昼間の顔がもう1つある。

それは「ブレーメンの音楽隊」としての顔だ。

街に残る遺跡遺産「パンゲア宮殿」に貴族や市民を招き、演奏会を開く不定期イベントの事で、ブレーメンの4人は怪盗行為と同じくらいこちらにも余念がない。

演奏会を開催する意図としては、怪盗する上で必要な、この街の市民がらどのような身の上なのか知る下調べの意味もあるが、1番の意図は、怪盗行為の時に街を騒がせている事への詫びである。勿論、招かれた者達はブレーメンの音楽隊の正体が、あの怪盗ブレーメンだとは思ってはいない。不思議な事にバレないのだ。


「私、今回のドレスはセクシーに決めたいな。色も紫とか妖艶なやつ!」

「じゃあ、アヴリルのドレスはローブ・デコルテにして胸元を大胆に露出しましょう」

「わ、私は、そういうのは恥ずかしいので、ローブ・モンタントで立襟にしてほしいわ・・・」

(ほんとは私だって大胆に露出したーい!

けど、そんな破廉恥な姿、ユーゴー様に見られたらと思うと・・・ああ、恥ずかしい!)


マリリンは心の中で暴れまわる。


「マリリン、鼻血出てるよ」


アヴリルに指摘され、マリリンは熟れたフルーツトマトのように顔を赤くする。


「ハサウェイはどんなの着る?」

「マント・ド・クールのドレスにしようかしら」

「すごーい!お姫様みたい!」

「まぁ、ハサウェイはお姫様みたいなもんだからねぇ、いいんじゃない?」


7つの大州のどの国にも〝王〟や〝皇帝〟といった君主はいない。2000年前にはそんな存在がいたとかいないとか曖昧に伝えられているが、元来平和なこの世界で、誰か1人が頂点に君臨するという制度が生まれなかったのも頷ける。

人は上に立ちたがる生き物で、それを巡って権力争いや戦争が起こったというが、それは2000年前以降の人間には無縁の事だった。

例に漏れず君主がいないこの世界では、君主のような存在に近いものがあるとすれば、それは上流階級の貴族達である。

しかし、彼女らは決してそれ以外の階級の者を見下すような事はせず、一般市民や職人、旅人までも気さくに話し、接する。この世界はこういうものなのだ。

その上流階級層の中で1番の権力を持つハサウェイこそ、2000年前の言い方をすればある意味〝王〟なのかもしれない。

ちなみに、貴族は女性しか存在しない。

昨日盗みに入った屋敷のケチな貴族の主人も、勿論女性である。


「そういば、タイガーアイの石、ピカピカになった?」


昨夜の戦利品の事を、ふと思い出したアヴリル。

ハサウェイは、ええと頷くが、どこか浮かない表情。


「ピカピカになったのだけれど、それが・・・」

「見せてー!」


アヴリルはワァァとブラックオニキスの瞳を輝かせハサウェイに飛びつく。

ハサウェイはついには困った表情を浮かべ、


「実は、宝石加工した後、ユーゴーに持って行かれてしまったの・・・」


そう答えた。


「ええええ!酷いユーゴー!」

「きっと今頃、彼の古物店の品物として並んでる頃ね」


サラッと言うハサウェイを尻目に、アヴリルは急いで駆け出した。


「取り返してくる!」

「あっ、待ちなさいよアヴリル!

それじゃあ、ハサウェイ今日はこの辺で!お邪魔しました!」

「ええ、とても楽しかったわ、また遊びに来てね」


厳かに手を振るハサウェイを背で見送り、マリリンはアヴリルを追って駆け出した。


街の東・高級商店街。

その一角に「ファンティーヌ」という古物店がある。

ディレクターズスーツを着て、女性客を接客する男ーーユーゴーこそ、このファンティーヌの主人なのだ。


「おなたのような気品溢れる方には、こちらのシルクストールが似合うぜ。俺もこのシルクストールを身に纏った可憐な蝶とデートをしたい・・・。おっと、口が滑った、これは失礼」

「まぁ、ご冗談を。確かに素敵だわ」


ユーゴーの口説き文句に、グレイカラー

のセミボブヘアの女性は、白い手袋をはめた手を口に添え微笑む。


何を隠そう、ユーゴーは女性博愛主義者。平たく言えば、女好きである。

女性とあればすぐに口説き、エスコートし、お持ち帰りする事もしばしばで、アヴリルもマリリンも日々非難している。

ハサウェイの屋敷からノンストップでファンティーヌへとやって来た2人は、ユーゴーの接客を傍目で監視。2人とも牙を剥き出しヤキモチを露わにしていた。


「また口説いてるユーゴー!」

「ユーゴー様・・・マリというものがありながら、なんて軽率な行動・・・」



実はこれでもユーゴーは名家の主人。

貴族ではないが、一般市民より遥かに格式高き人間。

それが何故こんな古物店を開いているのかというと、これは趣味の延長の産物。

骨董品や歴史ある美術品が好きなユーゴーは、自分でコレクションしたものを並べている。売る目的ではなく、コレクションハウスの代わりのような感じだ。

たまに、世界5大俗物と間違って泥棒したものを並べていたりしていて、今回のタイガーアイがそのいい例だ。

そして、そんな男の昼の顔の称号こそ「破天荒な雄鶏」。文字通り、何をしでかすか予想のつかないマイペースで女好きだと言うことを表している。


アヴリルとマリリンが来店している事など露知らず、ユーゴーは女性と和気あいあい。


「あら、こちらのタイガーアイの宝石。こちら、凄く素敵だわ」

「あなたはお目が高い!!こちらは盗りたて細工したての新鮮加工!信頼の宝石だぜ」

「まぁ、とりたてなのね」


今まさに貴族の女性が目に留めたものこそ、アヴリルのものになるはずだったタイガーアイの宝石だった。


「あああ!売れちゃう!」


アヴリルが急いで止めに入ろうと思ったが、時既に遅く、


「綺麗なあなたには、なんと無料でプレゼント・・・。俺たちの素敵な出逢いにデスティニーだ」


キラン。ユーゴーからキザな星が飛ぶ。


「まぁ、ありがとう、おかしな紳士さん」


白いジャージードレスと白いハットが良く似合う貴婦人は、彼から受け取ったタイガーアイの宝石をとても気に入ったようで、大事そうに握りしめる。


「可憐な紋白蝶よ。もしよろしかったら、今晩・・・」

「もうこんな時間だわ、ご主人ありがとう。とても有意義な時間だったわ。

そうだ、親切なご主人に1つ情報をさしあげるわ」

「スリーサイズかな?住所かな?ニヤニヤ」

「私は隣街からやって来たのだけれど、最近そこでは〝怪盗サンドリヨン〟という怪盗が出没しているの。

古物店のご主人もどうか気を付けて。

それでは、ごきげんよう」


ユーゴーが貴婦人を壁際に追い詰る。いわゆる壁にドンをするが、貴婦人はそれを何気なく交わし、いいお店だったわ、とふわりと笑みを残り香のように置いて店を去って行ってしまった。


「くそ、あれで落ちない女なんて初めてだ・・・!アイアムブレイクハート!」

「ブレイクハートはこっちだよ!私のタイガーアイ!売れちゃった!!酷いよユーゴー!!」


項垂れるユーゴーの胸をポカポカと小さい手で叩きつけるアヴリル。

ユーゴーは、おお、来てたのか、と悪びれる事なく答えた。


「ばかばかばか!!」

「マリもさすがに傷付きました・・・。壁ドン・・・。マリもされた事ないのに・・・」

「なんだお前ら揃いも揃って。

タイガーアイはあれだ、またどこかで盗んでくればいいだろ」

「そういう問題じゃないいい!ユーゴーの馬鹿ぁ!」


アヴリルはムスーっと頬を膨らませる。

乙女心をまるで理解してないユーゴーの発言に、女子2人はカンカンのようだ。

マイペースなユーゴーだが、流石に負い目を感じたようで、悪かったよ、と彼女達に詫びる。

古物店の看板を「close」に裏返すと、


「では、素敵なお姫様方。今から少し早めのディナーでもいかがですか?」


と2人にかしずいた。


2人は顔を合わせ、瞳を輝かせる。


「ちゃんとエスコートしてよね!」

「はわわ、なんと恐れ多い・・・!」


と女子2人は各々口にした。


街の東にあるユーゴー御用達のレストランにエスコートされたアヴリルとマリリンは、ディナーを楽しんでいた。

ユーゴーは年代物のワインをクイっと飲み干し、マリリンはその男気に惚れ惚れした。アヴリルはマナーなど気にせずチキンステーキにかぶりついていた。


「うまいか?アヴリル」

「ふぅんおいふぃすぉ」

「まぁ!なんてはしたない!喋りながら食べないの!」


アヴリルの口の周りは肉汁だらけ。マリリンは慌ててナプキンでそれを拭き取る。

まるで母親だな、とユーゴーは笑い飛ばす。


「許してくれるか、お姫様」

「ごきゅん。うん!また盗めばいいもんね!」

「私達って、もしかして物凄い悪党・・・?」


お気楽に話す猫目のアヴリルの横で、マリリンはげんなりしていた。


「ところで、お前らに話しといた方がいいい情報が出来た。

俺も前から噂を耳にしてたんだが、どうやら真実の出来事のようでな」

「何があったというのですか?」

「隣街に〝怪盗サンドリヨン〟って怪盗が現れるようになったんだと。それも、俺たちみたいに凄腕の怪盗みたいでな」


そうユーゴーは珍しく真面目に話した。

怪盗ブレーメンが活動を初めてはや3年。

この間、他の怪盗の話など一度も耳にした事は無かった。となると、ユーゴーは少しこの世の流れの変化のようなものを漠然と感じた。


「昨日の夜警団といい、何かが〝始まった〟ようだ・・・」


そう呟く顔は、いつになく真剣であった。

そして、何かを決心した。


「3日後のダイアナ曜日の夜、タイガーアイのリベンジだ」

「〝5大〟の情報入ったの?」

「西の貴族街のゴンドワナ博物館に新しい展示物が入ったらしい。その名も〝恐竜王の化石〟」

「それって!〝5大〟の1つのやつ!」


アヴリルは思わず席から立ち上がる。


「待て待て、こんな話信じてどうする。

公の場所に展示されると公表するんだ、物は偽物かレプリカだろうな。

ブレーメンを誘き出すための罠だよ、これは」

「えー、なにそれー悪趣味!」

「そこはあえてひっかかってやるのさ。そして、混乱に乗じて博物館の資料室の本を全部写本する。マリ、お前担当な」


唐突に指名され、マリリンは白身魚のソテーを喉に詰まらせた。


「うぇっ!?そんな無茶苦茶な・・・。いえ、喜んで引き受けます!主人のためとあらば!」

(もしや、今日のVIP待遇はこの為の布石・・・?考えるのはやめよう・・・悲しくなるから・・・)


マリリンは気落ちする。


「写本してどーするの?」

「そりゃ、5大の手掛かりのヒントになるだろ?それと・・・古物店の発展のために・・・」


ユーゴーの口元が緩む。


「狙いのメインはそっちなんでしょ・・・」


漏れ出た真意を知り、アヴリルとマリリンは呆れ顔になった。


「怪盗は縛られない。これ、鉄則な」


パチンとウィンクで星を飛ばすユーゴー。この男はとことんマイペースである。


かくして3日後のダイアナ曜日。

一体どんな暴風が吹き荒れる夜になるのだろうかーー。


ーおわりー





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ