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ブレーメン!  作者: アラレ・ナスカ
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ようこそ夜の舞台へ

地平を貫く程の広大な平原。

かの大地で戦いの火蓋は落とされた。


ワアアアアア!!


何千の歩兵の群が一方へと攻め入る。

それを足止めするかのように漆黒の火球が数多降り注ぐ。

ドゴーン!ドガーン!

歩兵の隊列は散り散りになり、多数の命が散った。

二極の戦は激動を失わない。

そんな中、歩兵の最前線よりもずっと吐出した場所。荘厳な遺跡群の一画。1人の少女は背丈より長物の剣を振り上げる。

その少女と相対するのは妖艶な雰囲気を放つ女。手中に漆黒の光で出来た剣を生成し、少女の振るった剣を受け止めた。

剣と剣が交わった刹那、双方の剣撃の重さから衝撃波が巻き起こる。


「なかなかやるな、勇者の小娘」

「魔王・・・。絶対にお前を倒す・・」


身に纏いし黒衣と美しい金の髪が衝撃波で激しく宙を仰ぐ中、そう言い余裕の表情でほくそ笑む女。

対して純白の鎧の少女は、乱れる黒髪を気にする事もなく、女を睨みつける。そして、再び長剣を構えた。

再び2つがぶつかり合おうとした、その時だった。


2人を阻むように突如大地から鋭い碧光が湧き上がり、天を割るように一瞬にして突き上げていく。


「なんだ!?」

「なんなのだこれは!」


鎧の少女と黒の女は驚愕するが、状況を把握する間もなく2人は突如現れた碧光に奪われるように包まれた。

碧光は2人を収めると、収縮して消えていった。

ーーー鎧の少女と黒の女。双方をこの大地から跡形もなく奪い去りーーー。



ーーー


平暦2000年。

戦争や大規模な争いのない平和な世の中は、退屈なのか。

人々は銃という芸術品を競うように仕立て、飾り立て、その機能美と外観の美しさを評価し合った。

この平和な世界では、貴族やその取り巻き達の小さな小競り合いなどで己の権力の象徴として銃で武を競い合う事も盛んであった。

そんな平和な世界に、荒ぶる風がたまに吹くことも、それも一興。



「紳士淑女の諸君の皆様が安寧にたゆたう聖夜。

人智の栄光・俗物を我が手の欲するままに・・・。〝怪盗ブレーメン〟」


世界の7つの大州の1つ「エウロパ」

貴族と淑女・紳士が昼夜を賑わし、音楽家や芸術家が花を咲かせる絢爛豪華なエウロパの中で、とりわけ大きな都市があった。


貴族街、深夜1時。


ガシャーン!

街で二番めに大きな屋敷の三階窓は破られた。

破ったのは、黒を基調としたフロックコートを身にまとった男。一見洒落た紳士のいでたちだが、それとそぐわず男は大胆な行動で夜を乱していた。

男は二丁のオートマチックピストルのトリガーを引く。銃口から放たれた弾丸は流星群のようで、窓ガラスはいよいよ枠もろとも木っ端微塵に吹き飛んだ。


「ちょろいな」


男ーーユーゴーは、フンッと鼻を鳴らす。橙色の瞳がギラリと闇夜に光る。まるで、朝ではなく夜を告げる怪奇な雄鶏のように。

ユーゴーは、躊躇うことなく軽い身のこなしで屋敷の中へと侵入するのであった。


その半刻後。


ゴーンゴーン!


警鐘の報せがけたたましく鳴り響く。

貴族の屋敷の庭園では、警察隊が隊列を崩し狼狽えていた。


「落ち着くんだ諸君!」


戦闘に陣取る男の横で、まだ若い青年が声をあげた。狼狽える者どもをひとまとめにしようと奮闘するも、みな若者の言うことは聞かない。


「レンブラント君、君のような生半可な偽善団体の言うことは誰も聞きはせんよ」

「警部!どうして予告状が来ていたのにも関わらず、屋敷付近あらかじめ陣を構えていなかったのですか!?

屋敷に侵入されてしまってからでは奴らが盗品するのは時間の問題です!」

「これは罠だよレンブラント君。

怪盗ブレーメンを油断させた所に突入し、四方の入り口を閉鎖して逃げ場を奪うというな」


警部と呼ばれた男がそう指摘すると、青年は悔しそうに唇を噛み締める。


「甘すぎます・・・。

怪盗ブレーメンにそのような子供騙しが通用するものか・・・。

分かりました。警察にやる気がないのなら、僕が絶対にあの大泥棒を捕まえてみせます!〝夜警のレンブラント〟の名にかけて!」


そう言い放つと、青年ーーレンブラントは、胸に誓いを立てた。


「我々夜警団は奴らを生け捕りにします!ラザフォード警部、許可を!」

「市民の警察ごっこに何が出来るかね・・・。

せいぜい、命を大事にする事だな」


ラザフォードの嫌味を背に、レンブラントは部下に指示を出す。

ーー夜警団は夜の街を駆け抜ける。


屋敷に堂々と忍び込んだ男・ユーゴーこそ、夜警団や警察が追っていた怪盗ブレーメンの1人にしてリーダー。

怪盗ブレーメンとは、この世を騒がし、掻き乱す大怪盗で、その姿や全貌は謎に包まれた4人組。

彼らに関する事で分かっている事と言えば、怪盗のイメージからかけ離れた派手の行動。例えば、鮮やかな手で品物を盗むのが怪盗のイメージだが、怪盗ブレーメンはそんな事に意識を置いていないようで、建物侵入のために迷う事なく銃を放ち銃声で身の所在をすぐに知らせてしまう。

それでも彼らが今までお縄についていないのは、怪盗ブレーメンが皆凄腕のガンナーだからだ。生半可な者ではまったく太刀打ち出来ない。

例に漏れず、今宵の泥棒仕事も彼らは派手に暴れまわる。


半鐘がけたたましく鳴る頃、屋敷内では、潜入していた警察隊が侵入者ユーゴーに束になって躍りかかる。

警察の手に握られていた拳銃の銃口は射程距離にいるユーゴーを捉える。そして、刹那、一斉に発射。

蜂の群れのような弾丸がユーゴーを討ち取るのは確実に見えた。が、ユーゴーは突如、宙に飛び上がった。


「なっ!?」「飛んだだと!?」


警察隊はみな驚き思考が停止してしまう。

それでも闇雲に放たれる弾を彼は確実に避けていく。動体視力がずば抜けているのだ。

弾をすべて避けられ動揺した警察隊。その隙を突くようにユーゴーは2丁拳銃を彼らに向け発射した。

みごと弾は彼らに着弾し、ドミノのように順序よく崩れ去っていった。


「情報収集は大事だぜ?よく予習しておきな、犬ども」


そう言い残すと、ユーゴーは足早にその場を後にした。

彼の背中には、ロードアイランド種の鶏をの翼を人間サイズに大きくしたようなものが生えていた。


「な、なんだあの翼は・・!?」「ば、化け物だぁぁ!」


床に転がる警察隊は、手や足を撃たれみな急所を外してある。しかし、今すぐ動けるというわけではなく、ユーゴーの特異な背に怯える事しか出来なかった。


怪盗ブレーメンのリーダー・ユーゴーは、噂通りの確かな腕。

彼が扱うのは2丁の拳銃。

フルカスタムの赤塗装の姉妹オートマチックピストルで右手用「エオジルエット」と左手用「エオミストラル」。

普通、2丁拳銃というのは、一つ目の銃がメインで相手を狙う役目で、もう一つは介入者が現れた時の牽制用のようなもので、2丁で違うターゲットを狙い撃つ事には向いていないのだが、ユーゴーはずば抜けた動体視力と反射神経でそれも可能にしている。

そして、彼のもう一つのガンスタイルの特徴はフルオート射撃。

途切れる事なく弾を放つ機能の事なのだが、それも本来なら開戦初期の弾幕をはる時などの牽制目的が主流。外れる弾もあっていいという前提で撃つ意味合いだが、彼の場合はすべての弾を無駄なく命中させる腕を持つのだ。


屋敷に侵入する時と先ほどの分と合わせ、弾を消費したので、拳銃の弾倉を取り替えておく。

ユーゴーは屋敷を突き進む。

先ほどのように警察と銃撃戦になりながらひた突き進む。向かうは目当ての品物があるであろう部屋。

長年の怪盗としての感が、そこにありつこうとしていた。



大広間に辿り着いた時だった。


「あ!ユーゴーいたいた!

こっから先は作戦通り片付けといたよ!」

「ユーゴー様、お怪我はないですか!?マリは心配で心配で・・・」


元気な声と、心配する声の二つが同時に聞こえてきた。

元気な声の主の方は、ふかふかソファーの上でピョンピョンと跳ねて楽しそうだ。

彼女の名前はアヴリル。怪盗ブレーメンの一員で、立場はユーゴーの手下である。

まだ幼さも残る少女で、毛先が元気に跳ねる癖っ毛気味の黒髪はベルベットのように艶がよい。くりくりの猫目もキラキラ光るブラックオニキスの宝石のよう。

黒を基調としたミリタリーロリータ風のドレスを着ていて、髪の色や目の色と総合すると全体的に黒いのが印象的だ。


一方、無邪気なアヴリルとは対照的に、ユーゴーに従順な態度を見せる方の名はマリリン。彼女も怪盗ブレーメンの4人組のうちの1人でユーゴーの手下。

先に挙げたアヴリルとは対照的で、サラサラなストレートな金髪が美しく、くりくりな瞳は澄んでいてイエローダイヤの大玉のよう。

黄色を基調とした甘めのロリータドレスがとても似合っている。


「よくやったなアヴリル。ほらほらご褒美のゴロゴロだ」

「ふぇー、気持ちいー!これ好き!」


ユーゴーはさも当たり前のように、アヴリルの喉をマッサージする。その手つきは、猫の喉を撫でるのと同じ動作とも言える。


「ユーゴー様、マリには?マリには?」


マリリンは、まるで犬が尻尾を振って主人に甘えるように瞳を輝かせて彼に詰め寄るが、ユーゴーは無視して先へ進む。

マリリンは1人項垂れた。


「目指すは青の間だ。リロード忘れるな。急ぐぞ」


ユーゴーが指示を出す。

アヴリルは357口径の漆黒のリボルバー「リザデル」を改めて構え、マリリンはフルカスムの黄金のライアットガンと呼ばれるショットガン「ワイズドッグ・M」を構え直す。

そして3人は周りを警戒しながら目的地へと突き進む。


青の間へ行くにあたり、通らなければいけない場所がある。それは、2階の庭園だ。

ユーゴーは睨んでいた。吹き抜けになっていると言うことは、あちらこちらにスナイパーを配置してあり、夜の闇に紛れこちらを狙ってくるであろうと。

それこそ、警察達の最大の決戦ポイントにして、隠し球だろうとユーゴーは踏んだのである。


(やる気ねぇからな今の警察は。こんな作戦でデカイつらしてるだろ)


「庭園を突っ切るぞ。意味は分かるな?」


ユーゴーは後ろのマリリンに声をかける。


「はい!お任せください!マリを頼ってくださいませ!」


マリリンの表情はわぁっと明るくなる。先ほどユーゴーにあしらわれた時の沈んだ時の顔と今の顔との差はまるで、キアロスクルーロ(明暗法)のようだ。


「私は?」

「お前は吹っ飛ばされないように踏ん張っとけ」

「はーい!」


アヴリルの無邪気な声が廊下に響き渡る。


扉が見えてきた。そこから先は吹き抜け庭園だ。

ユーゴーを筆頭に3人は一斉に踏み込む。


思った通り、たくさんのスナイパーが身を潜んでいるようで、早速、弾が次々とこちらを狙って着弾してくる。

白鳥の彫刻を施した大きな噴水をバリケードに身を隠した3人。その後も3人の動きをけん制する意味で弾は容赦なく降り注いでくる。

このままでは埒があかない、そう思ったその時であった。


「行け、マリ」


ユーゴーのアイコンタクトがマリリンに次の行動を促した。


マリリンは懐から手榴弾を取り出す。

手慣れた手つきで、安全レバーを握り、そして安全ピンを抜く。

彼女の得意な戦い方は2つあり、1つ目はメイン武器であるショットガン。それで四方に弾を散りばめ撃つ。そして2つ目が、手榴弾で敵を拡散する事。

マリリンは広範囲の攻撃に優れているのだ。

燃料が半分まで燃えたところで、


「2人とも伏せて!」


マリリンは手榴弾を前方へ投げ放った。

すると、一気に衝撃波が走り、直後爆風が巻き起こる。

ユーゴーはアヴリルを庇うように被さり、アヴリルは1番大切な頭を腕で覆う。マリリンはガラス片などが刺さらないようバリケードで身を守る。


マリリンが投げ放ったものは、防御用に主に用いられる破片手榴弾。

効果範囲は15メートルと広く、この庭園には十分な範囲だろう。

このけん制が決定打になったようで、以降弾の雨が降る事はなくなった。スナイパーもろとも吹き飛ばしたのだ。


一帯は美しい風景から一気に無残な風景に変わってしまったが、大怪盗にはそんな事関係のない事である。

パラパラと物質が崩れゆく音を背に、3人は先を急いだ。


「アヴリル、怪我はないか」


ユーゴーの何気無い問いにアヴリルは元気よく首を縦に振る。


「大丈夫だよ!相変わらず爆発凄かったね!

私も手榴弾使いたいなぁ。ねぇ、マリリン、今度貸してよ」


キラキラとブラックオニキスの瞳を輝かせるアヴリルを横目に、マリリンは呆れ顔をした。


「リロードするのに手間取るあなたじゃ無理よ無理。

安全レバーと安全ピンの順番間違えて自爆するのがオチね」

「マリリンの意地悪!」

「なんだいじめか?内部割れは許さんぜ、マリ」


どこから会話を聞いたのか、ユーゴーは意地悪な事を言った。

対してマリリンは、誤解です!と慌てふためいて弁解する。

そうこうしているうちに、一行は青の間へと辿り着く。

先程の庭園でのスナイパー待ち伏せが警察の最初で最期の出玉だったようで、ここから先に何か仕掛けや待ち伏せがあるようには感じられなかったので、ユーゴーは何も疑わずに扉に手をかけた。

あまり使われていないのか、ドアノブの金属は濁り、埃も被っていた。

ドアノブを回せば、ギィィと鈍い音が耳に残る。


ユーゴーは部屋の中を見た瞬間、チッと舌打ちをした。


青の間とは、この屋敷で宝物を管理貯蔵している部屋の事で、ここに怪盗ブレーメンの求めるとあるお宝があるはずだったのだ。だが、もうこの部屋の宝物はもぬけの殻と化していたのだ。

ーー何者かの仕業か。

警察ではないだろうと彼は考えた。

何故なら、今警察は内部が腐っていて、世間を賑わす怪盗ごときに職を割いていられないからだ。それよりも、人心を捉える事、そう、貴族の懐の金の動きにばかり気を取られている次第。

下調べによれば、この屋敷の主人は、怪盗ブレーメンの予告状が届いた時、警察に警護を頼んだ。だが警察は動かなかった。理由は1つ、その貴族から金が積まれなかったからだ。

ケチで知られるこの屋敷の主人と、金に溺れる警察で、私情に塗れる最中、それすら利用し怪盗ブレーメンは侵入したのだから。

だから、今晩、警察は表向きでは活動しているが、内心、多くの戦力を投じてまで捕獲作戦に踏み込んでいないのだ。


だとしたら、一体誰が?


ユーゴーは疑問に思う。

そんな時だった。


「ユーゴー様、上を!」


マリリンに促され上を見ると、なるほど。とユーゴーは鼻を鳴らした。


青の間の天井に隠し扉があるようで、そこへ誘うかのように梯子がかけられている。

誰がどう見ても罠だと分かるが、おそらくそこに求めていた宝の手がかりもあるだろう。


「行く・・・?」


アヴリルが首を大きく傾げる。

ユーゴーは問答無用と言った具合に、軽やかな身のこなしで梯子を駆け上る。

アヴリルとマリリンも後ろに続いた。


ヒュオオオオ。


重い鉄の天井扉を開ければ、屋敷の屋根の上に出た。

夜風がユーゴーのフロックコートを、アヴリルとマリリンのドレスを大きく揺らす。

遠くにはキャバレー街の眠らぬ夜景が一望出来た。

3人は、罠の真ん中に繰り出してきたわけなので、警戒を解いていない。いつでも銃撃出来るように各々銃を構えていた。


すると、向こうの方から1人の青年がこちらへ歩いて来たのが確認出来た。

3人が一斉に銃口をそちらに向ける。

銃口を向けられたその者は、同じくユーゴー達の方向に銃口を向けつつ、爽やかな声でこう告げた。


「僕は夜警団のリーダー〝夜警のレンブラント〟

怪盗ブレーメンの悪事は、無力な警察に代わって成敗する!」


月の光により、声の主の姿を捉える事が出来た。

月光のような金髪が印象的な好青年であった。

ベージュのトレンチコートは質素なもので、彼は普通の市民で一介の紳士なのだろう。

「称号」を名乗った彼は、それなりに世間で認知された存在なのだろう。

この時代、ある程度名を馳せた者達は、己の素性などを学術的、または比喩を込めて名乗る風習があり、その名乗りこそが「称号」と呼ばれる。

勿論、ユーゴー達怪盗ブレーメンの4人にも一人一人称号はある。称号は1人に1つと決まっているわけではないので、ユーゴー達は昼間の顔と夜の怪盗の顔とで称号を使い分けている。


「どこの誰だか知らないが、こんな悪趣味な所に呼び出しといて、なんのプレゼントもないのかな」


ユーゴーが皮肉交じりに言う。

ユーゴーには夜警団という言葉には聞き覚えがあったが、ここはあえて冗談を交えて話した。

すると金髪の彼は、マナーの出来た素敵なレディであれば用意したんだけどな、と答えた。

それを聞いたマリリンは顔を赤くしていたが、アヴリルは理解できなかったようで首を傾げていた。


「君たちと団欒しに来たわけじゃないんだ。さぁ、大人しくお縄についてもらうよ!」


痺れをきらした青年ーーレンブラントはそう叫んだ。

すると、地上方向の四方八方から鉤縄が屋根上に向かって投げられ、装飾品の凹凸に鉤が引っかかる。

それをつたって、他の夜警団が現れたのである。数はザッと20人前後。


(逃げ場のない屋根上で取り囲む作戦だったのか)


銃を持った夜景団の面々に四方を囲まれているにもかかわらず、ユーゴーは慌てる事はなく至って冷静だ。

後ろでマリリンは少し焦りを見せていて、対照的にアヴリルはワクワクした様子であった。


じり・・・と双方が睨みあう。

先に動いたのは夜警団の方であった。

パァン!とピストルから弾が放たれる。ユーゴーに向けられた弾だったが、それを彼はひらりと交わす。

すべての弾道が見えているかのように、的確に弾丸を避けていく。

そして、避けたついでに2丁拳銃のフルオート射撃で瞬く間に10人を戦闘不能にしてしまった。

震えたつ夜警団だったが、レンブラントはさすがリーダーと言うべきか、しっかりと現実を見据えていた。


(彼らは本当に人間なのか・・・)


レンブラントは密かにそう思っていた。

反撃をうつべく、レンブラントはいよいよ動き出した。

彼の握るオートマチックピストルが火を噴く。

ユーゴーは瞬時に背中に翼を生やし、それをかわす。

その間、マリリンはメイン武器であるショットガンで広範囲に散弾を散りばめ、夜警団の数はあっという間に2人にまで減った。

負けてられない!とアヴリルはダブルグリップ(両手で握る)でリボルバーで狙いをつけ「1発で決める!」と決めセリフのようなもので宣言した後に地に足をつけ踏ん張ったが、放った弾は当たらなかった。

リボルバーの性質上、アヴリルに残された弾丸の残数は後5つ。そして、そんな限りある貴重な6発は全てマグナム弾。当たればかなりの致命傷を与える。いや、この距離なら確実に死に至る。

この場合、一般市民団体である夜警団相手には、弾を外した方が正解だったのかもしれない。

死傷者なんか出したものなら、それこそ重要犯罪者になってしまうからだ。ユーゴーはそれでも上等!と思っているが、出来るなら避けていきたい。


貴重な1発を無駄にしてしまったアヴリルに怒りを覚えたマリリンは、アヴリルを睨みつける。


「何やってんのよバカ猫!ちゃんと狙って撃ってんのっ!?そのちんちくりんの目ん玉はなんの為についてんだ?オラァ!?」


ユーゴーに対する態度とは180度違う剣幕のマリリン。彼女の行動はまるで、主人にだけへり下る忠犬のようなものだ。

ガラの悪いゴロツキのような口調は凄みがきいている。


「マリリンはいいよね!ショットガンだから狙わなくても当たる確率高いんだからさ!」


マリリンの罵倒にムッと来たアヴリルは堪らず言い返した。

すると、更にマリリンは逆上したようで、戦闘中にも関わらずアヴリルの方へとツカツカと歩きだし、彼女の襟首を掴みあげた。


「もう一回言ってみなさい、小娘ぇ・・・」


目を見開き恐ろしい顔のマリリンの問いに、アヴリルは先ほどの言葉をそっくりそのまま繰り返した。

すると、いよいよ双方火がついてしまったようで、あーだこーだ!と激しい言い合いを始めてしまった。


背中で2人が喧嘩をしているのを感じ取り、ユーゴーは深いため息をつく。

どうやら、2人の喧嘩は今日に始まった事ではないようだ。


「レディの風上におけないな」


とレンブラントが呟くと、


「調教仕直しだなぁ、あいつらぁ・・・」


と憎悪に似た感情を繰り出した。


仲間割れは夜警団には願ってない攻撃のチャンス。

手を止むことなく、夜警団の残りの2人とレンブラントはユーゴーに向けて発砲する。

レンブラントの至近距離と、残り2人の遠くからの援護射撃がいい具合にユーゴーを追い詰める。


(ここは、こいつとたいまんで行く)


ユーゴーは後方にバク宙しながら後方の2人の夜警団を見事仕留めた。

悲鳴があがり、弾に撃たれた衝撃で2人は屋根下へと落下した。


この場で動ける夜警団のメンバーは、レンブラントのみとなった。


「どっからでも撃ってきなぁ!」


ユーゴーは彼を挑発した。

彼は挑発に乗ることなく、冷静に拳銃を構え狙いをつける。


(今あの言い争ってる2人なら撃てる・・・。でも、そんな卑怯なこと・・・。)


レンブラントは迷っていた。

喧嘩中で周りの状況が見えていないマリリンとアヴリルを狙えば事はつくだろう。けれど、それ正義やプライドに反するのではないかと。

彼の迷いを悟ったユーゴーは彼を鼻で笑った。


「甘いな。だまし討ちも立派な戦術だ。観念しな、生臭青年」


そう言ってユーゴーは引き金を引いた。


パァン!レンブラントの右足にヒットし、レンブラントはその場に崩れ落ちる。


「ぅ・・・」


呻き声を漏らし、彼は悔しげな表情を浮かべた。

拳銃が握られたレンブラントの右手を、ユーゴーは捉え、身動きを封じた。


「さぁ、出してもらおうか。

世界5大俗物の1つ〝グリムライト〟を」


ユーゴーが片方の手を差し出す。


すると、次の瞬間だった。


チッ、チッ、チッ。


「この音は!」


ユーゴーは驚いた。

時限爆弾の音だ。


「そうだね、君達みたいな世紀の犯罪者を相手にするんだ、だまし討ちも用意周到にしなきゃね」


レンブラントはニコリと爽やかに微笑む。


してやられた、とユーゴーは笑う。

爆弾が仕掛けられたとなれば、ここは捨て置くしかない。と判断したユーゴーは、急いでアヴリルとマリリンの元へ引き返し、彼女らをさらう。


「ひゃっ!」「にゃっ!」

「口閉じてろ!噛むぞ!」


マリリンとアヴリルを両脇に抱え、ユーゴーは走り出した勢いのまま屋根から飛び降りた。


バサァッ!


背中から鶏の羽根が生え広がり、まるでパラグライダーのように夜空を滑空する。

目前にはキャバレー街の夜景が海のように広がっている。


「逃がさない!」


夜景を舞うユーゴーの背を狙い、夜警団の1人が、大怪我を負いつつも執念で握った拳銃のトリガーを引こうとした、その時であった。


パァン!


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


どこからともなく1発の銃声が轟いた刹那、トリガーを引こうとした男の腕は吹っ飛んでいた。


「狙撃!?」


その一部始終を目撃したレンブラントは驚愕する。

しかし、すぐに前をしっかりと見据え、


「そうだね。怪盗ブレーメンは4人組だ。僕達の方も油断していた」


と呟き、時限爆弾の装置を操作し解除した。

これ以上の深追いは分が悪い。とレンブラント達夜警団は正規な夜の街に消えていった。


一方、キャバレー街に着地したブレーメンの3人。

怪盗の装いのままでは世間に正体がばれてしまうので、早着替えをしていた。


「ねぇ、ドロボー初めての失敗・・・?」


今まで必ず成功させてきた怪盗行為が初めて失敗したとあって、アヴリルが不安そうに尋ねる。


「元を返せばアヴリルがいけないんですよユーゴー様!」

「なんでよ!マリリンが悪いんだよ!」

「いいえ!あなたが1発決めなかったのがいけなかったのよ!」

「マリリンがヒステリック起こしたからでしょ!キンキン煩いし!」

「こんのぉ、生意気なぁ~~~!」


ガルルルと2人は獣のように睨み合う。

そこをユーゴーが2人をダブルゲンコツで取り仕切った。


「よくある台詞あるだろ?

〝楽しくなってきた〟ってアレ。

やっとまともな相手が現れたって事で、な?」


ユーゴーがそう言って嬉しそうに笑う。


「うん!私楽しい方が好きだよ!」

「あ!抜け駆け!勿論わたくしもです、ユーゴー様!」


アヴリルはヘニャと猫の顔で笑い、マリリンは主人へご機嫌取りをするように愛想を放つ。


(夜警のレンブラントか。警察なんかの腑抜け相手じゃかた暇だったけど、これからは〝いい夜〟になりそうだ)


「んで、失敗したと思ったか?」

「「え?」」


2人の声が重なる。


「確かに夜警団自体も、あいつらの連携も完璧だった。

けどな、たった1つ抜け目があったんだよなぁ」

「「抜け目?」」


再び2人の声が重なった。


「あいつ、トレンチコートのポケットに穴空いてたんだよ。

あいつと揉みあった時にポロっと落ちてきたのがこれ。タイガーアイの宝石だ」


「タイガーアイ・・・。グリムライトとは違うのですか?」


「この屋敷のお宝はどうやら世界5大俗物ではかったようだ。名声を欲した屋敷の主人がデマ流したんだろ。ったく、何度目だ!」


そう言ってタイガーアイの宝石を地べたに投げつけるユーゴー。

それをアヴリルはすかさず拾いあげた。


「でも凄く綺麗!」

「ふん、子供ね・・・」


目を輝かせて喜ぶアヴリルの横で、マリリンは懲りずに悪態をつく。


「アヴリルが喜んでくれたなら、いいじゃないの」


木陰から声が聞こえ、ユーゴーは振り向いた。


「ああ、ハサウェイか。さっきはありがとな」


ニコリと目を細める女性がそこに立っていた。

ハサウェイと呼ばれた彼女こそ、怪盗ブレーメンの最後の1人で、ブレーメンの参謀である。

ブロンドの髪をハーフアップにしていて、夜風にたなびくそれは、名馬のたてがみのよう。

ケープコートを身に纏った彼女には、品のような物が溢れ出ている。

クスッと微笑む目元は、とろけるように優しい。

先ほど、ユーゴーを撃墜しようとした男を腕ごと吹き飛ばしたスナイパーとは、まさにハサウェイの事である。


「今日も泥棒は成功ね」

「夜警団の頭がドジで良かったな」

「それを見逃さなかったあなたも凄いのよ」


ハサウェイに丸め込まれ、はいはいとユーゴーは返事をした。


「ハサウェイ、私、これピカピカにしたい!」


アヴリルがそう言ってタイガーアイをハサウェイに見せつけると、


「宝石細工職人に頼んでおきましょうね」


と頭を撫でられて、小さな少女は満足そうに笑った。


「ったく、ハサウェイは甘やかしすぎなんだよ。

さ、今宵の怪盗ブレーメンは終わった。行くぞ、夜が明ける前にな」


ーー今宵の怪盗活劇はこれにて閉幕。

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