097.赤い戦場へ
街の外へと駆けだした俺達を待っていたのは、どんよりと曇り始めた空、そして大地に吹く生暖かい風であった。
風上には、今日も噴火するかしないかが気になる火山。よく嗅いでみれば、特有の何とも言えないにおいも混じっている。
「嫌な天気だ……降り出す前に見つけたいな」
「そのウィンスが行きそうな場所に心当たりは……あったら苦労してないか」
言いかけ、途中でドワーフたちの困った表情を見て言葉を止める。
勝手にいなくなって、どこにいるかわからないから困ってるんだもんな。
気配を探ろうにも、周囲には様々な生き物がいるようではっきりしない。小さい物から、そこそこ大きい物まで。
出歩くには危険な……そう、危険な環境だ。この生き物の数は火山のある場所にしてはすごいことだと思う。
事ある度に、溶岩や噴石に被害を受けてるであろうことは容易に想像できる。
ウィンスを呼ぶドワーフたちの声が届く距離で、ミィ達と一緒に草原や岩肌を駆けていく。
「お兄ちゃん、こっちにはいないよ」
『穴の奥の方も……いないわねえ』
潜れそうな穴や、割れ目なども覗き込んでいるが目的のドワーフは見つからない。
この中では運動が得意ではないルリアは俺の背中に乗りながら周囲を確認してもらっている。
カーラは……ん?
「カーラ、どうした……動きがあるのか?」
『ガウ……』
ミィの頭からいつの間にか降り、カーラが小さい姿のままで飛びながら俺の横に浮いている。その顔は俺でもわかるほど真剣な物で、ずっと火山の方を向いている。
魔法により伝わってくるのは、困惑の感情。よくわからないけど、嫌な感じというところか。
気のせいか……吹いてくる風も妙な気がしてきた。
「にーに、あっちに何かいる」
「ん? 魔物が狩りをしている……? いや、この感じは!」
ルリアが指し示す先に複数の気配。しかも何かを囲むようにしている。
慌ててそちらに駆け出すと、思った通りの光景が広がっていた。岩場を背にしたドワーフが、複数の魔物に追い詰められている図だ。
近くを走っていたドワーフたちもこちらに気が付いたようで、駆け寄ってくるのがわかるが、待っている暇はない。
「伏せろ!」
「ひぃっ!」
魔物、トカゲを立ち上がらせたような、ミィほどの姿。ぬめりのある体表が、トカゲの類ではないかと思わせる。
それが4匹、ドワーフの周囲にいる。念のためにドワーフには当たらない角度で魔力の剣閃。草を切り裂きながら、魔物達に迫る刃の結果を待たずに彼の元へと駆け寄った。
「ウィンスか!?」
「は、はいいい」
確かに、ドワーフにしては体が細いというか、まさに研究肌と言った感じを受ける。
片目のメガネが特徴的だ。足元には何かを積めたであろう袋や、採取の道具が転がっているのでこの場所で何かを確保していたのだろうか?
幸いにも魔物は最初の分だけだったようで、すぐさまドワーフたちと合流し、一息つく。
(子供だとあの相手はつらいな……思ったより早い)
倒した相手を見ると、横たわった姿からも走るのが早そうであり、集団で獲物を狩ることを前提とした体の造りを感じた。
その間にも、ウィンスへとお説教が始まっていた。
「ばっかおめえ! しばらくはやめとけって言われてたろ!」
「それはそうだけど、ここ一か所だけならいいかなって」
一番熱くなっているドワーフ以外はややあきれ顔。恐らくは何度も繰り返された光景何だろう。
『お兄様、あれ、白蛇様かしら』
「ん? 確かに、そうだな」
ウィンスの足元にある袋から出てきている岩、その表面には見覚えのある姿が描かれていた。
となると、この辺に埋まっていたのか?
「白蛇様の遺跡がこのあたりにあったのは間違いないんだ!
その証拠に、これらもこの岩場に埋まっていた。白蛇様の守りは街だけじゃなく、ドワーフの領土丸ごとを包むことの出来る証明だよ!」
「誰がそんな魔力を持ってくるんだって話だ!」
「あー、その辺にして一度戻らないか?」
段々と会話の論点がずれていくのを感じ、俺は余分かと思いながらも口を出した。
結果として、2人ともこちらを見て状況に気が付き、顔を真っ赤にして黙ってしまったので予想より効き過ぎた感じだ。
早いところ帰ろうとさらに言おうとした時、空からポツポツと雨が降って来た。
「お兄ちゃん、早く!」
「ああ。みんな戻ろう!」
この大陸、正確にはこのあたりは雨が降る時は勢いよく振るらしい。外で雨に打たれていると痛いほどだというから相当だ。
降っている時間そのものは短いようで、この雨もすぐにやんでしまうはずだ。
軽く風の魔法でみんなの上に傘のように展開し、駆け出す。この時ばかりはウィンスの荷物を他のドワーフも持っているあたり、やっぱり仲が悪いということではないんだろうな。
『ガウ!』
「ちっ!」
しかし、世の中はそううまくはいかない。背後と周囲から、気配が感じられた。
先ほど倒した、走る二本足のトカゲだ。両手に当たる部分は短く、つかみかかるのを目的にしているように見える。
「ひい! ラプトがこんなに!」
「厄介じゃな」
ウィンスたちが怯えつつ一塊になっていくが、それすら相手、ラプトの都合のいい姿に思えてくる。
動きを見る限り……こいつらは、頭がいい。どう迎撃しようかと、悩んだ時だ。
─暗くなってきた空を、赤が染め上げた。
『なんてこと、あいつらが始めたわ!』
「今度は本気……にーに、危ない」
俺達も、ドワーフたちも、そしてラプトすらその光景に固まる。
火山の山頂付近、そのやや下から赤い光が立ち上り、山肌を覆っていた。
(噴火? いや、そうじゃないのか)
イアが言うように、火竜たちが始めたのだ。しかも、この前のは練習だったと言わんばかりに完全に山頂付近からその下までが削れるように吹き飛んでいる。
「どかないならそこの場所の価値をなくそうっていうのか……大雑把すぎる!」
そう、火竜はどかない溶岩竜に痺れを切らし、居座る価値をなくそうと火口を自ら広げたのだ。
そこから、次々と溶岩が流れ出し、地上を赤く染めていく。向こうにも雨が降っているのか、山全体が上記というか靄に覆われていくのがわかる。
「ウィンスたちは街へ! 俺達が時間を稼ぐ!」
「わ、わかった!」
叫び、近くの1匹へと切りかかり、首を落とす。続けて衝撃から戻って来たらしいラプトの1匹を切り裂き、ウィンスたちとラプトの間に入り込むようにして剣を突き出した。
それだけで、頭のいいこいつらは理解しただろう。
俺達を倒さないと後ろの獲物を襲えないことを。
「どうするの、お兄ちゃん」
「あのままだと……あっちはぼろぼろ」
駆け出すウィンスたちをラプトが追いかけていないことに安心しつつ、
ラプトへの圧迫を強め、牽制を続ける。
(どうする……か。放っておくとまずいな)
視界の中で、溶岩竜らしい姿が火口から飛び出し、低空を飛ぶ火竜へと何かを吐き出しているのも見える。
そのまま遠く、そう……サリディアの方向へと動いているようだ。
当竜同士にとっては大したことの無い戦いかもしれないが、こちらにしてみれば天災が意志をもって暴れているような物だ。
このままいけば、ガリオンはともかくサリディアまで2匹の戦いは到達しそうなほど、激しく暴れている。
「3人とも、カーラを連れて街に戻ってくれ。みんなを、頼む」
「! お兄ちゃん、大丈夫なの?」
それだけで、ミィは俺のすることを察してくれたらしい。まったく、俺のことに関しては誰よりも出来た妹である。
『……火竜ぐらいなら、任せておきなさい。その代りあっちはお願いね、お兄様』
戻ったらいくらでも魔力を吸うといいさとイアに言ってその髪をそっと撫でる。
「にーに、竜の牙は折ってきてね」
「任せておけ、大丈夫さ」
異常な状況に飲まれたのか、ついには立ち去って行ったラプトを見送りつつ、俺はミィ達と別れ、草原を駆けだした。
雨が勢いを増していた。ただ、向かう先の山の方は既に光が差し込み始めている。
俺一人だけの空間。そんな俺の足元にほのかに青い光が産まれる。
「これ以上はやらせないさ……」
一歩踏み出すたびに、人が生み出したとは思えない音と衝撃が地面を走り、俺の体は前へ、前へと加速していく。
レイフィルドを出て、初めてこの力を振るおうとしていた。
勇者の、力を。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




