094.白い妹
おみやげみたいな食べ物ではありません(ん?
「お兄ちゃん、なんかぬるぬるする」
「そういうもんだよ。慣れるしかない」
全身を白濁まみれにして、ミィが少し嫌そうな顔をする。
後で洗い流すとは言え、髪の毛にまでついたのが気になるのだろうか。
まだ高い位置にある太陽がそんな体を照らし、少女を子供から大人に押し上げるような光沢を放っている。
『ほら、ルリアも飲んじゃ駄目よ』
「苦かった。喉に引っかかる……」
忠告も一足遅く、せき込むようにするルリアの口元からも白い物。
水を持ちこむことを推奨された理由はこれらしい。
確かに、うっかり口や目に入るってことがありそうだな。
この、温泉と泥は。
少し向こうにはもっと色の濃い、ネズミ色な温泉があるのでそこよりはいいかなと思ってこちらに来たのだが……。なおもなんだか落ち着かない様子のミィ。
耳……は汚れるのでお湯に浸かったままの尻尾に手を伸ばす。
「にゃっ! お兄ちゃん、すごいくすぐったい」
「ああ、滑るからか」
お返しとばかりに俺の体に手を伸ばしてくるミィを捌きつつ、珍しい温泉の具合を堪能する俺。
日によって出てくる色が少し違うというから、その辺が効能の違いなんだろうな。
今日は変な感じはしないので、大丈夫そうだ。
『なんだか泥から良いものが採れそうね』
「……色々混ざって、大変だと思う」
手のひらに泥をお湯ごとすくってみると、確かに何かキラキラしているし、普通の泥にしては重たい気もする。
中身はよくわからないわけだけれども。
ちなみにカーラはすぐそばの小さい穴に1匹で浸かっている。
温かいというより、何かを温泉に感じているようだ。
温泉に顔を突っ込まないのは美味しくないからだろうか。
カーラは温泉に何を感じて……んん?
ぽこりと、視界の隅で湧き水のように膨らんだ温泉。
そこに揺らめく何かを感じた気がした。この感じは……。
「イア、もしかしてこの温泉、魔力を帯びてないか?」
『あら? 体が温まるのが温度のせいかと思ってたわ。地下水が温まる時にアレの影響を受けてるのかしら』
よく気を付けてみれば、というぐらいだけどその辺の川の水とは温度以外に違いがあったようだ。
変な調子になることがあるのは、この辺の魔力に酔っぱらうというか、当てられたせいじゃないだろうか。
上手く水だけにして薬を作れば面白いかもしれないな。
「うう、お兄ちゃん。なんだかむずむずして来た」
「ミィちゃん、お腹もお胸もぬるぬるしてる。泥に問題あり?」
……どうやら、そういうことらしい。
慌てて上がるぞと宣言して、風邪を引かないようにと岩陰で生み出したお湯で体を洗い直す。
服を脱ぐ場所、というのもあるにはあるけどこの前の噴火の影響でか、中も汚れていたのでどこでも変わらない。
『帰ったら軽く洗濯かしらね』
「ああ。食事も準備しないと……お?」
着替え終わり、さあ戻るかというところで俺達以外にも温泉にきた人らしく、道を歩いてくるドワーフたちに出会う。
家族らしいけど、なんでこう……男性のドワーフはこうも髭が濃いのか。
髪の毛ももさもさだしな。
女性の方は小柄で、あんまり大きくならないらしい。
大樽小樽という言葉がぴったりだ。
まあ、女性の方はそこまで太ることもないらしいのだが。
エルフや魔族のように体に特徴がないので人間の中に混じっても個性だと言えばわからないかもしれないな。
適当に挨拶を交わしつつ、4人と1匹は街に戻る。
部屋に戻って来てからもどこか温かい感じなのは温泉の効能なのか、それ以外にも理由があるのか。
ミィはなんだか機嫌が良く、ベッドの腕で転がっている。
「ミィ、埃が立つからあまり暴れたらだめだ」
「はーい。あ、お兄ちゃん! ちょっとお出かけしようよ」
元気が余っているということらしく、いいでしょー?とお願いをしてきた。
それ自体は断る理由は無いので、せっかくなので買い出しでもしようということで連れ立って外へ。
ルリアは少し休むというので、イアはそれに付きあうとのこと。
温泉というかお風呂って長く入ってると意外と疲れるからな、そのせいかもしれない。
賑わいに満ちたドワーフの街へ。いつのころからか、どこでも同じような銀貨が通貨として使われている。
そのおかげで、俺達も苦労せずに買い物ができているわけだ。
俺自身は直接的に稼ぐことは少なかったので、あまり大きな額は持っていないが暮らす分には問題ない。
それでも長めに滞在するなら何かで稼いでおかないといけないな。
「お兄ちゃん、あっちにあったみたいな建物があるよ!」
「んん? ああ、そういうことか」
大き目の建物に、屈強な男たちが出入りしている。
中には魔法を主に使うのだろう、体格的にそうでもない人らも出入りしているが。
ミィの頭にカーラを乗せたままで……たぶんいいか。大きな木製の扉をくぐり、中に入る。
予想通り、周辺の雑務を一手に集めて仕事を仲介する場所の様だった。
あちこちで相談事か、話し合いをしている人たちや受付であろう場所で何事かを強い口調で喋っているドワーフなど様々だ。
と、壁に貼られた諸々の中に、一段と低い部分に貼られたものを見つける。
それが気になってミィと一緒にそこに向かうと、横合いから手が。
あれ? この子は。
「あ、ミィちゃんとあんちゃんじゃん!? どうしたの」
白蛇の像を見つけた時に一緒に坑道に行っていた子供たちの1人、皆に良く指示を出していた、あの年長者の子だった。
よく見ると見覚えのある子たちが部屋の隅に集まっており、見たことの無い子も結構いる。
となると……。
「ちょっと稼げたらなとな。その辺は皆用か?」
「うん。めんどくせーのもあるけどさ、何かやってないと稼げないからね。
そうだ、あんちゃんならいいかな……ちょっと付き合ってくんない?」
返事を待たず、ぐいぐいと俺を引っ張って男の子が向かった先は大人用であろう紙の貼られているうちの一角。
「これさ、これ自体は大人向けなんだけど、これと場所がかぶってるんだ」
見ると、子供たち用の物は特定の物の採取、とある。対して大人用はそこに生息する諸々の討伐。
なるほど、な。
「こっちは襲われないように気を付けながら採取しないといけない。
そっちは採取する物を駄目にしないように倒さないとだめなんだ。だから2組いると楽だと思うんだよね」
「いいじゃないか。喜んで。ミィもいいよな?」
「うん。やっちゃおうよ」
いつもこうしてみんなのために何かできることが無いか、旨みの大きい物は無いか、と考えて行動しているのだろう。
咄嗟にこんな提案が出来るというのはすごいことだと思う。場所は街から南東部、川沿いになるらしい。
「じゃあオレ、集めてくるから」
「ああ、こっちもこの場所にいるよ」
ルリアたちはどうするか……置いていくと怒りそうだな。
1人戻らせるのも、ミィにここにいてもらうのも少々不安、というわけで子供たちが来てから一度寄ることにしよう。
しばらくして、わらわらと集まって来た子供達って、多くないか?
「こんなに人手が必要な採取なのか?」
「だと思う。行けばわかるよ」
ここは地元にお任せするのがよさそう、ということで20人ぐらいになっている子供たちに若干驚きつつ、ルリアたちを迎えに行く。
ぞろぞろと街を歩くというのもどこか不思議な気分だった。
思ったよりも大所帯となって、街を出て目的地へと向かうのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




