092.竜種喧嘩は神も食わない
空に向かって伸びる一筋の赤。
炎ではなく、何かの液体のような物だ。
この距離からわかるということは相当な量なんだが……。
「噴火、でいいのか?」
「ううん。ちょっと違う。たぶん、喧嘩だと思う」
子供たちの中でも事情を一番知っていそうな先ほど声を上げた年長者。
その男の子に聞いてみると、ある程度分かったような顔をしている。
『火山で喧嘩って……溶岩竜と火竜がってことかしら? それにしては……』
呆然とミィとルリアは火山の方を見ているし、カーラは静かににらんだまま。
イアのつぶやきももっともなことだけど、俺にもようやくわかってきた。
「火口に居座ってる溶岩竜に火竜がちょっかいを出したけど相手にされていない。
それでも邪魔な虫を払うかのように動いてああなる……ってとこか」
「見たことはないけど、そう聞いてる。あの火山の溶岩には力があるんだって。
だからそれを独占しようと溶岩竜は居座ってて、火竜がそれを少しでも欲しがってるんだ」
怯えている小さい子をなだめながら、男の子が火山を睨んでいる。
俺もまた、それに習うように火山を見るが噴火は続かない。
「にーに、お鍋が噴きこぼれた感じ?」
『ちょっと違うわね。お風呂に入ってるのに暴れてお湯が出てきた感じじゃない?』
二人の言うように、火山が噴火したというよりは抑えられていた物が隙間から噴き出したというのが近いのだろう。問題はあれが続くのか、だけども。
「いつもは1回で終わりか? 何回も続くのか?」
「俺が知ってるのは大体2、3回。本当は溶岩竜がどいてくれたほうが定期的に溶岩が出てくるから父さんたちは嬉しいっていってる。じゃないとたまに出てくるときにどかんって出るから危ないんだ」
なるほどな……1ずつ出てくるのがたまに10出てくるのだと被害は言うまでもない。
準備をいくらしてもそれを乗り越えてきそうというわけだ。とはいえ、火竜と溶岩竜には大きな差がある。 どこまで火竜がやれるのか、難しいところだ。
「お兄ちゃん、帰ったほうが良いのかな?」
ミィの言うように、ひとまずの探索は終わっている現状で戻るべきか、もう少し作業をしていくべきか。そう悩んだ時だ。
『ガウ!』
カーラの警戒の声、そして火山の方で気配が膨らむ。
中腹程から伸びる見覚えのある赤い力。火竜の、ブレスだ。
『かなりの威力ね。でも溶岩竜にアレが意味あるのかしら』
「違う。あれは溶岩竜を狙ってない」
ブレスが山にぶつかるのと、ルリアの言葉が速いかどうか微妙なところ。
最初に噴き出す光、そして若干遅れて轟音。火竜のブレスが、溶岩竜の居座っている部分に近い場所を吹き飛ばしたのだ。
並々と水の入った器のフチがかけたらどうなるか?
当然、そこから水があふれ出す。
「うっわ……」
幸いにも、割れた部分は街とは少し向きが違う。
動けないままに俺達が見守る中、溶岩が山肌を撫でるように動いていくのがわかる。
「戻るか。街でも対策が話し合われそうだ」
俺の言葉に子供達も頷いたとき、ブレスによる揺れであろう物が坑道に届いた。
大地ごと揺れるような大きな揺れ。俺ですら姿勢を維持するのが辛いほどだ。
「みんな、つかまれ!」
最悪の場合、全力で飛び上がることも考えつつミィ達と一緒に固まった時だ。
天井ではなく、足元がガクンと下がった。
「イア!」
『わかってるわ!』
「カーラちゃん、お願い!」
俺は叫びと共に祈りを始め、イアもそれに習う。
無言で合わせてくるルリアに、カーラへと指示を出すミィ。
本当は隠しておきたいが命には代えられない。
ぎりぎりで間に合い、風が俺達を大きく包み込む。
その足元が一気に崩落するように崩れていき、俺2,3人分ぐらい沈んだのがわかる。
俺達が使った魔法では浮くという能力はない。
ではどうしたかと言えば、少し大きさの戻ったカーラが必死に羽ばたいている。
恐らくは火山の竜種に感知されないぎりぎりの大きさだろう。
この大きさでももしかしたら、感じ取られてるかもしれないが。
「いいよ、ゆっくり降りよ」
『ガウ』
幸いにも大穴が開くということは無く、そのまま崩れた岩の一部へと俺達は降り立つことができた。
「すっげー!」
「ねえねえ、手乗りじゃなくなっちゃったよ」
元気にこんな状況でもカーラにベタベタと触ってくるドワーフの子供達。
あの火山での火竜の事があるのに、怖くないんだろうか?
『別すぎて実感がないんじゃないかしら? ああ、みんな、内緒よ内緒』
ばれた時はばれた時ではあるので、言うだけいってみたというイア。
でも子供たちにとって、秘密の約束というのは非常に魅力的だと聞いたことがある。
今回もその例にもれず、子供たちは目を輝かせて頷いている。
その間にカーラは手乗りの大きさに戻り、ほっと一息。
やっぱりこの状況で力を発揮するのは緊張するようだ。
俺も出来れば両方相手にするのは勘弁願いたい。
相手が出来るかどうかじゃなく、熱いんだよね、あいつら。
「さてっと、戻るのが一番なんだが、足元に良い物転がってないか?」
「え? あ、結構あるよ、あんちゃん!」
どうせ今戻るのも、少し後に戻るのも一緒。
ひとまず足元にある分だけでも回収しておこうとみんなの視線が足元に向いた時だ。
「にーに、あれ」
「何かの……お人形?」
鋭い目つきでルリアが指さす先、そこには足元が崩れたことで見えてきた空洞があった。
その奥に見える、俺の背丈ほどの縦に長い物。人影というには少々異形だ。
目の良いミィが言うように、人形のようにも見える。
『街のお偉いさんなら何か知ってるんじゃないかしら。適当に回収して戻りましょ』
簡単なはずの冒険は思ったよりも大きな発見と子供のおこずかいにしてはやや大きい額の報酬となる。
街に戻り、集まりを解散した後に俺達が語った内容を聞いたドワーフの大人たちは互いに顔を見合わせ、信じられないという表情となった。
「? 見つけたらいけなかった?」
「お兄ちゃん……」
きょとんとしながらつぶやくルリアと、少し怯えた様子のミィが対照的だった。
「む、スマン。そういう訳じゃないんじゃ。まさかそんな場所にあるとは、という感じの出来事でな。その人形は、恐らくだが土地神様の物じゃ。
どこかにあると言われ続けて、初代たち以外は見つけられてない祈りの像じゃよ」
そういって年寄りらしいドワーフが指さす先には、何かを真似て作ったと思われる壁掛け。
その模様は、確かに崩落した先で見た人形にどこか似ている気がした。
土地神、というからには神様なのだろう。俺やイアの使う魔法、つまりは祈りを捧げる先の神様はみんなもうこの世界にはまともに降臨できない。
だからこそ、祈りを通じてこの世界にようやく力の一部を降ろせるのだが……。
「まずはあふれてきた溶岩の対処からじゃな。土地神様の話はその後でいいかの?」
俺達としてはそれに異論はなく、ひとまずはお預けとなる。
その後、溶岩の噴出やブレスは収まり、竜種の喧嘩はひとまずの終わりを見せたように感じられた。
一部ではあるがこちらにやってくる溶岩の対処に街中が騒がしくなる中、俺達は一緒にやってきた魔族、獣人と一緒に手伝いに回るのだった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




