091.大山鳴動して……
「大きいな……」
『50年……100年。いえ、もっとかしらね』
大声を出せばどこまでも反響しそうな洞窟。
それが俺達のやってきた坑道だった。外から見た時も大きさは感じられたが、まさか中がこれほどとは。
相当な時間、そして量を掘ったことがわかる。
一体何人のドワーフが何年かけて掘ったのだろうか。
ちらりと入り口を振り返れば、光の向こうには街並みが遠くに見える。
俺達がたどり着いたのはアースディアの港からしばらく歩く必要のある岩山。
といっても子供の足でもちょっとそこまで、といったぐらいの距離だ。
この大陸には同じように掘った跡、あるいは現役の坑道があちこちにあるらしい。
山と共に生きてきたドワーフの歴史そのもののようだ。
「こっちだよ、こっちー」
「お兄ちゃん、行こう?」
先頭を行くドワーフの子供たちの足取りは軽い。
慣れ親しんでいるというのは本当の事らしい。
足場を怖がるルリアを抱え、興味深そうに周囲を見るイアに合図しながら俺も進む。
思ったよりも坑道の中は明るい。
入って来た入り口からの陽光以外に、あちこちに穴が開いているのがわかる。
それが崩落したためなのか、空気穴として開けた物なのか、それはわからない。
ただ、光が当たっている場所には草が生え、坑道の中には小さな花さえ咲いているのを見ると色々な感情が胸を揺らす。
今のところは、それ以外は普通の岩肌に見える。
大きな洞窟、それ以上でもそれ以下でもない感じだ。
古ぼけた道具類がたまに転がってるところに坑道だと感じるぐらいか。
しかし、ドワーフの子供たちはそんな中を楽しみで仕方がないという様子で歩いていく。
しばらくして、一際陽光が差し込む場所に出る。
「ほら、あれが狙いなんだ」
一人の少年が指さすのは、陽光で出来た光の円のフチにある岩。
変哲の無い岩に見えるが、近づくとその違いがわかる。
妙に周囲と比べて新しいように感じるのだ。
正確には、古ぼけた風化の感じがしないというべきか。
「「せーの!!」」
子供たちはそれに群がり、それぞれの手にした採掘道具をたたきつけ、砕いていく。
「これを砕けばいいの?」
言いながらミィもそれに参加し、ミィの腰ほどもあった岩が小さな破片となっていく。
その断面に俺は光を感じた。
「にーに、あれは普通の岩じゃないみたい」
『なーるほどね、鉱石が混ざってるわけか』
どうしてここにそんなものが残っているのか、ということはさっぱりわからないけれど、子供たちが砕いた岩は十分価値のある物らしい。
「面白いだろ? こうやってそれっぽい岩を砕いたり、何か違うなってところを掘ったりすると大体あるんだ。そりゃ、大人たちがみんなでやるほどの量はないけどさ」
つまりは、子供たちが採掘の経験を積んだり、おこずかいを稼ぐことが出来るぐらいには確保できるらしい。
苦笑しながらも次を探して目が輝いている子供たちを見てそう感じた。
実際、街のそばでこうやって手に入るならば十分な価値のある物だろう。
少なくとも、その日の食事を得ることには困らなそうだ。
「不思議だねー。なんでかな?」
「魔力の流れは……無い。でも何か感じる」
ルリアの瞳でもはっきりしない何かがこの土地にはあるのだろうか。
見抜けないことにルリアが顔をしかめている。
俺はそんなルリアの頭をぽんぽんと叩きながら周囲を警戒している。
一応、魔物が出るという話だから油断しすぎも良くないのだ。
その間にもミィ、イア、ルリアの3人は見よう見まねで子供達と同じように道具をあちこちにたたきつけている。
ルリアも小さい、子供用のつるはしを一生懸命に振るっている。
音を立て、何かが転がってくると、笑顔でみんなに見せて、頷いている。
どうやら岩じゃない何かだったらしいな。
俺はそんな妹達に微笑みを向けつつ、気配を探り続けていた。
と、少し大きめの気配が天井に。
見上げると、器用に天井を走る毛皮の塊。
ネズミ……か? たかがネズミ、されどネズミ。
魔物と化したネズミは意外と格上をも食い散らかす恐怖の狩人だ。
なので、俺は無言で魔鉄剣を構え、上空に向けて魔力を込めた剣閃。
不可視の刃が飛び上がり、そのままネズミもどきの首を切り裂いた。
どちゃりと、水音交じりに落ちてきたそれを子供たちが見るなり、駆け寄って来た。
「あ! やるじゃん! こいつ、チューザっていうんだ。
せっかく掘ったのを置いておくといつの間にか盗んでいくんだぜ。
安全な巣に戻って齧るんだ」
『鉱石を食べるなんて……魔物ならではね』
ダンドランでは見ない種類の魔物のようだ。
植物もそうだけど、この大陸は色々と不思議な物が多い。
「おいしい?」
魔物とはいえ、獣同然の肉の塊。だからか、ルリアはそんなことを聞いていた。
「ああ、美味いんだぜ。毛皮も火に強いから手袋なんかによく使うんだ。
兄ちゃん、後何匹か取ったら焼いて食べないか?」
「わかった。見つけてあるから少し行ってくる」
同じ食事を囲むと仲良くなるというのは勇者時代に教わった大事な事の1つだ。
残念ながら、俺自身は実践した経験はほとんどないわけだが。
言った言葉に嘘はなく、同じ気配をいくつも感じ取っていた俺はえ?と固まる子供たちに笑いながら一人、飛び上がる。
魔法も何もない、体だけの跳躍だ。
それでも岩陰にいたチューザたちを視界に収めると、逃げ出す暇を与えずに接近し、仕留める。
どちらかというとあまり力を入れると弾けるようになってしまうのが困った問題だ。
「すげー!」
「ミィちゃんのお兄さん、すごいねー!」
都合7匹、あっさりと集まったチューダの山に子供たちは大興奮だ。
手際よく毛皮を剥ぎ、どこからか取り出した鉄の棒に肉を巻き付けるようにしていく。
俺が褒められたことがうれしいのか、ミィだけでなくみんなどこか顔がほころんでいる。
頭の上のカーラまでも、ね。
「あ、動いた! これ、おもちゃじゃなかったのか!」
これまでじっとしていたカーラが急に動いたことで子供たちはカーラが生きている何かだということにようやく気が付いたらしい。
「カーラちゃんだよー、よろしくー」
『ガウ!』
ミィはまるでお気に入りのぬいぐるみを紹介するかのように腕の中にカーラを抱え、カーラもまたなんでもないように一吠え。
どこの大陸にもいないであろう姿の……なんだろう、飼ってる魔物ってことになるのだろうか。
「「おおおお!」」
案の定、子供たちは目の前の面白さが優先らしく、大人しかった女の子まで食いついてきた。
『火を吐くのが得意なあっちの大陸でも珍しい子なのよ、ねー?』
「手乗り火竜。希少種」
ルリアまで流れにのっかり、ついでとばかりにチューダを巻き付けた鉄の棒を両手で一生懸命に持ち上げてカーラの前に持ってきた。種族……それでいいのか?
「焼ける。それが特技」
『ガウ!』
ボワンと、小さなブレスがカーラから飛び出し、肉をいい感じに焼いていく。
皆のお腹の中にチューダの肉が収まる頃には、すっかりカーラも仲間の一員といった様子だった。
そのことに俺が満足して頷いた時だ。足元に、妙な気配を感じた。
(何かいるのか? いや……これは)
「! 地揺れだ。みんな、集まれ!」
一番年上らしい男の子が叫び、ドワーフの子供たちは一斉にその子の元に集まる。
俺達もわからないまま、一緒に固まると……坑道が揺れた。
「お兄ちゃん、地震?」
「いや、多分、違うぞ」
地震にしては、揺れ方がおかしい。その答えは、子供たちが持っていた。
「溶岩竜と火竜が喧嘩を始めたんだ。あの山で。速く戻ろう、下手すると噴火が……ああ!」
ぽっかりと開いた坑道の穴。そこから見える外の景色に赤が、空に向かって伸びていった。
……噴火だった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




