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088.船上の兄妹

 


『いい風ね』


「そのために実体化するのはイアぐらいなもんだよ」


 良い事だとは思うけどな、とつぶやいて一緒に船首から前を見る。

 大海原はどこまでも続くかのように広がり、青い海と空とが混ざり合いそうになっている。


『いいじゃない。あ、ミィ達も起きてきたみたいよ』


 振り返れば、寝ぼけ眼をこすりながら甲板に出てくるミィとルリア。

 そんなミィの頭の上には、カーラだ。


「寝てる間にもとに戻らなくて本当によかったな」


 心の底からの声に、隣でイアが頷く。何かといえば、カーラである。

 まだ潮の匂いに慣れないのか、ひくひくと鼻を動かしながら周囲を伺う姿はとても火竜とは思えない。

 俺も潮風を受けながら、状況を振り返る。

 そう、俺達は既に船の上なのだ。







 春の収穫と種まきや畑の仕事が一通り終わったころ、俺はヴィレル達と一緒に現状把握と今後のための会議に出席していた。

 相変わらずというか、変化しようがないというべきか、大陸の西は中立状態を保っているらしい。

 復興していないわけではないが、現状維持が精一杯なのだとか。どうやら本当に西にあったダイヤ家はその力を失ったらしい。


 対して北、北西部は閉じこもっている。


 そのまま西側を併合でもするかと思われたのだが、なぜか積極的には動いていないらしい。

 何か考えがあるのか、その余裕がないのか。もしかしたらその両方かもしれない。

 こちら側もそれは同じで、広がった領土の維持と人員育成に集中している。


 土地は広い、そして住む魔族や獣人も少なくはない。

 だけれども、まだまだ未開の土地の方が圧倒的であり、住んでいる場所が結ばれているに過ぎないのだ。

 住む場所を整え、生活の形を作り、組織として、国としての一員にしていく。


 俺には想像するぐらいしかできないが、ヴィレルやヴァズはそれをやっている。

 とても尊敬できる話だと思う。そうした中、時間はどっちにも味方するわけだけど、だからと言って強硬手段に出るには色々と問題がある状況なのであった。

 目下の目標、指針としてはアーケイオンへの信仰を集めつつ、魔王様の理想を体現しようとしているそうだ。


 そのためには力がいる。

 理想を叫んでいるだけでは魔物は襲うのをやめることはなく、暴風雨だって避けてくれるわけじゃないのだから。

 地力の向上のほか、手段の1つとして決まったのが、ドワーフとエルフと協力関係を構築しようという物だった。

 今の段階でも交易での関係はあるものの、もう一歩踏み込んだものを、ということらしかった。


 エルフはテイシアを中心にやる予定だそうだ。

 特にこれといって決めての無いドワーフの大陸へ、よかったら使節団についていってほしいという話が舞い込んできた。


「俺でいいのか? 特に政治の話がわかるわけじゃないんだが」


「ドワーフは小難しい話より、ガツンと一発決めたほうが話が速いようだ。その点、ラディたちなら十分だと思っている」


 そんなやり取りの後、同行を承諾した俺だったが問題は2つある。

 いや、1つの問題は不在時に戦争になったらどうしようかという物だったのだがそれはあっさりと考えなくてもよくなった。

 皆で作る国なのだから、そのぐらいは考えている、とヴァズに言われたことでだが……。


 確かに、どこかで思い上がっていたのかもしれない。

 必ずそこに俺達がいないと困るだろうという考えがどこかにあったのだから。

 そうして残った問題は、カーラの事だ。さすがにそのままドワーフの大陸まで飛んでいくわけにもいかない。

 彼の地には、火竜……カーラの親かどうかは不明だが同種の竜が目撃されており、未確認だが高位竜である溶岩竜でさえいるかもしれない。


 そんな中に大きくなったカーラが現れれば……うん、問題だ。

 そこでミィ付き添いの元、カーラは頑張った。

 かつてのイアが見たことがあるという自身の大きさを変える術。

 感覚で魔法を使うミィと育ったカーラはその影響を大きく受けているのか、ある日、唐突に小さくなることに成功した。


 うーんってやってぎゅっとかミィは言っていたけどさっぱりだ。

 ミィがいいよというまで大きさが戻らない感じらしく、しばらく過ごしてみた結果、大丈夫そうだということがわかる。大きさとしては風切り鳥ぐらいの大きさに。

 大きさが違いすぎて驚きしかないが、ミィの頭の上に乗っかるカーラを見ると何とも言えない。

 最悪の場合には火竜や溶岩竜はなんとかするとして、あまりドワーフたちを脅かすのも良くないもんな。

 そこだけはミィとカーラに言い聞かせておいた。


 そうしてあれよあれよという間にドワーフの住む大陸へと向かうための船と人員が手配され、俺達は使節団の補助人員として船に乗り込んだ。


「風をくれーい!」


「方角はどっちだ? よし、ゆっくりめにいくぞ」


 俺達は船の事はわからない。だから熟練者にほとんどはお任せの状態だ。

 たまにこうして魔法を要求され、それに従って帆に向けて風。

 俺のだと強すぎる可能性があるので主にルリアに頑張ってもらっている。

 ミィもまた、訓練のために参加だ。俺は強くしないように何度も神様にお願いしてからになるので少し遅く発動。


 一回だけ突風になってきしみかけたのは内緒である。

 幸いにも、道中はほとんど問題なく過ぎていく。心配していた海魔の襲撃も、事前にカヤック将軍に話を通しておいたおかげで皆無だった。


 近くに気配を感じることはあったけど、顔を出すことなく去って行ったから関係者かもな。

 出来れば話しながら進みたかったが仕方がない。海の中も勢力図が大きく変わっていることだろうから将軍も忙しい身の上だろうと思う。

 話が出来ただけでもいいと思わねば。


「今日こそはお兄ちゃんに大きさで勝つよ!」


『ガウガウ!』


 頭の上にカーラを乗せつつ、ミィが何をしているかと言えば釣りだ。

 船乗りには常識の1つであるという大物狙いの釣り。

 なんでもこうして航行中にやると釣れるものは大きいそうだ。

 船尾から伸ばした魔物由来の糸と竿がミィの手の中で出番を待っている。

 なお、場合によっては糸を切ることが推奨されるぐらいの物がかかることもあるらしい。


(それって海魔のあの海竜もどきじゃないのか)


 そんなことを俺が思ったのも無理はないと思う。

 運よく、かかったのは普通の大きいけれど魔物ではない魚たちだった。

 本当ならばうまく加工して生で食べるなどするらしいが、今回はイアの影袋から出した食料を使っての旅路。


「長距離を移動してるとよ、病気になるんだ。それには生野菜やそれが無理なら工夫した食べ物でっというところだ。

 今回はお嬢ちゃんたちのおかげでうまい食事が続くぜ、ありがとな」


 屈強な水夫の言う普段の食事、というのはなかなか大変な物だった。

 確かに、長い旅となれば量が大事で、種類は二の次だろうからな……。

 旅は順調で、風のない時間もわずかですんだらしい。

 このままいけば1週間もしないうちにドワーフの住む大陸が見えてくるという。

 その間、釣りしかやることが無いかと言えばそうでもない。


『豪快な練習よね、ほんとに』


「遮るものがないからなあ」


 何かといえば、魔法の練習だ。

 何もない海原、正確には水中には生き物がいるわけなので出来るだけ空に向けてだが……。

 最初は驚いていた船員だけど、そのうち普段無い刺激ということで練習の時間を楽しみにしている人すら出てきた。

 たくましいなと思いながら過ごすこと一週間。予定通りならそろそろ……。


「陸が見えたぞー!」


 誰かの声に慌てて船首の方へ向かうと、確かに陸が見えてきた。

 この調子なら明日ぐらいにはもっと近づき、上手く行けば上陸も視野に入るだろう。

 新しい土地、そこでの出会いに心を膨らませる俺。

 きっとそれはミィ達も同じだと思う。


『ねえ、何か見えない?』


「にーに、多分船……だと思う」


 そんな期待も、数隻の船が俺達と陸の間に見えることで不穏の気配を混じらせるのだった。



ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。

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