086.春の語らい
最近、俺達への視線を感じる。基本的に好意的な物だとは思う。
俺のそういう方面が反応しないからな……。
気になるのは、ミィ達への視線だ。
冒険団として少年少女とわいわいとしているのは問題ないし、どんどん経験を積んでいってほしいと思う。
街で歩いているときに、そうじゃない視線を感じる時がある。
理由はなんとなくわかる。ミィたちが魅力的な女の子、ということなのだろう。
特にミィは獣人にとっては適齢期に入ってきたようだからな。とはいえ……なあ。
「遠くから見ているつもりでもばれているとは考えないのだろうか?」
「にーに、恋は盲目だってご本に描いてあった」
ある日の朝食の席でそんなことを言ってみると、妙に冷静なルリアの返事が返って来た。
どこからかそういう本も仕入れているらしい。興味を持つ事が増えるのはいいことだな。
「何か見られてる気はしたけど、声をかけられないから何かなーって思ってた」
『まあ、これはお兄様が悪いわよ』
思い出すように語るミィの頭の上になぜか持たれつつ、浮いたままのイアがそんなことを言ってくる。
「俺が? 誰かを叩いたとかそういうことは無いはずだが……」
訓練で多少厳しくした中にいたのだろうか?
だがイアは首を横に振る。
『そうじゃないわよ。お兄様がミィ達の何なのか、ってはっきりさせないからよ。
ミィが気になるなら俺を倒してからにしろって言ってあげればいいのよ、逆にね』
「そういう……ものなのか?」
そうなると、手加減はできないから勇者の力を持つ俺をどうにかしないといけないわけだが……。
簡単に言って、なかなか難しいなんてものを越えた話だと思う。
「ミィちゃん、行き遅れ。にーに倒すの……大変。結婚できない」
「えー、それはミィ困るなぁ。そうだ! そうなったらお兄ちゃんが責任とってよ!」
わかった、とは咄嗟に言えず、口ごもる。
それをどうミィは受け取ったのか、何故だか妙に笑顔になって隣にくっついてくる。
「えへへー……」
「ミィ、食べにくいぞ」
まだ食事は終わっていない。
行儀よく、とは言わないが食べ終わってからにしてもらいたいものだ。
ということにしておこう。
「にーに、今日はお勉強にいってくる、ね」
『あら、じゃあ私も付きあおうかしら。気になることがあるのよねー』
街のご老人たちから話を聞いて色々と覚えるのが気に入ったらしいルリア。
今日もまた、そうする予定だということでイアと一緒に食べ終わるなり外に出ていった。
置いて行かれた形のミィだが、落ち込んだ様子はない。
「カーラは良いのか?」
「カーラちゃんは散歩したいって吠えて飛んでっちゃったよ」
竜だもんな、そういう時もあるか。街中じゃ当然気をつけなきゃいけないし、自由に動ける場所というのは必要だろうな……。
「じゃあお兄ちゃん、今日は森で食べ物を探そうよ! 何か実ってるかも」
「そうだな」
春も本番。花も開く時期だが、冬の間に咲いてこの時期に実を付ける種も結構ある。
狩りのついでにそれらを見つけるのもいいな。素早く準備を終え、春の森へと2人で分け入っていく。
春の森は命があふれていた。
木々の新芽は緑に輝き、木漏れ日の中に花々が彩を競っている。
森を走る風切り鳥もどこか陽気で、春が終わるころには丸々と太っていることだろう。
そんな森の中を、歩いていたかと思うと枝に飛び乗り、あちこちに飛んでいく。
こんな移動をするのは俺たちぐらいだろうか。
「ミィ、すごいじゃないか。いつの間にこんな動けるようになったんだ?」
「お兄ちゃん、女の子は笑顔のままウサギさんの首を飛ばせるんだよ」
何やら不思議な例えだが、ミィ的には隠れた場所で特訓していたと言いたいらしい。
やがて森の中で目的となる実を見つけ、適当に採取する。
さらに進んだ先に、伐採で広がった広間のような場所があったのでそこでひとまず休憩とすることにした。
まっすぐ伸びた木材採取用の道と、俺が10人ぐらい横になれそうな丸い空間。
いくつかの切り株と、既に生え始めた草花が大地の力強さを感じさせる。
切り株の1つに座り、甘酸っぱい実を2人してほおばる。
レイフィルドの村にいた時も、こうして食べていたっけ。
「お兄ちゃん、あのね?」
「どうした?」
先に食べ終わったらしいミィを見ると、何やら考え込んだ顔をしている。
先を促すけど、何やらむうーと言いながら沈黙だ。
何か言いにくいこと……ふむ?
「耳は塞いでるからその辺でしてきなさい」
「もうっ、違うよ!」
そういうことかと思ったら違ったらしい。
耳も尻尾もピーンとなった後にだらりとなり、顔と一緒にゆらゆらと揺れる。
「えっとね、お兄ちゃんは―、ミィの事、好き?」
「好きに決まってるだろ」
突然の質問ながら、即答。家族の事は好きに決まっているのだ。
ミィの顔が喜色に染まるも、それも何やらへにょんと音を立てて消えていく。
「嬉しいけど、そういうことじゃなくてー。ねえ、ミィがお兄ちゃんをまいったって言わせたら……ミィのものになってくれる?」
「ミィのもの……か。どうだろうな、俺は強敵だぞ?」
春の日差しに照らされ、ぽかぽかとしてきた陽気の中、ミィの頬は上気し、とろんとした……って。
「ミィ! 抑えないとあふれるぞ」
魔力過多による発情が、と伝えようとして急に押し倒された。
全身で感じる温かさは言うまでもなく、ミィの物だ。
「うにゃ? 何か言った? お兄ちゃん体大きいぃ」
すりすりと、俺を切り株に押し倒して抱き付いてくるミィ。
首やあごを耳がくすぐり、太もも付近を尻尾が撫でてくる。
「まあ、お兄ちゃんだからな」
以前よりは落ち着いているように見える仕草に、内心ほっとする。
問答無用で襲われたらどうしようかと考えていたのだ。
既に襲われているという考えはどこかに置いておこう。
今日のミィは幸いにも、胸元に倒れ込むようにしながら指先で俺の服をぐるぐると撫でている程度ですんでいる。
「ミィはねー、お兄ちゃんの事が大好きなんだよー?」
「俺もさ」
今は話を合わせ、隙を見て魔力を吸収にかからないといけない。
本心からそう答えつつ、ミィの様子をうかがう。最近はおしゃれを覚えたらしく、森を駆けてきたというのに街で過ごす若い子のような格好だ。
いつもの服装が地味というのもあるが、妙に可愛くなっているような気さえした。
「もう、わかってないにゃ。お兄ちゃんはダメダメです! ダメダメなのです!
ミィは他の男の子と仲良くするつもりがないんだよ?」
どうやらそういうことらしい。今日は普段恥ずかしくて言えないことを言う状態になっているようだ。
聞いている俺も恥ずかしいので、そろそろ対処にかかることにする。
返事の代わりにそっと抱きしめ、寝転がったままでぎゅっと密着する。
「はぅ……うにゃ」
それだけで、くたっと身を任せてくるミィの魔力をそっと回し、抜いていく。
腕の中でその感覚にミィが震えるが、逃がさないように両手でぎゅっと抱きしめてやると首元にミィの吐息がかかり、妙にどきっとした。
前とは少し違う魔力の感じに戸惑いつつもゆっくりとミィの魔力を抜いていくと、腕の中でミィが静かになっていくのがわかる。
「ううー、お兄ちゃんズルイ、ミィだけしゃべっちゃった」
「色々と、終わったらな」
悔しそうに言うミィにそれだけ言って、そろそろ帰ろうかと彼女を背負ってやる。
まだまだ軽く、羽根のようだ。
「しっかりくっついてろよ」
「うん……お兄ちゃん、ずっと好きでいてね?」
勿論、と言って森へと駆けだした。
そんな春の日。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




