085.終わりと始まり
あの魔族は命欲しさになんでもしゃべってくれそう。
俺のそんな予想は悲しいほどに当たり、命は助ける、帰しても構わないという条件に飛びついてきた。
獣人の扱いやどうやって生活が回っているかなど、知っている限りをどんどんと喋っていく姿には聞いているこちらが相手に同情しそうになるほどだ。
なぜかと言えば、殺されずに戻った者を誰が信用するというのか?ということだ。
大半の、獣人に至っては1人も戻らないというのに。
事実、相手に情報を漏らしているわけだが、それがわからずとも疑いの目は行く。
しかも、大敗となれば余計にだ。そして、その魔族のように戻りたい、という人員だけが生き残るための物資だけを受け取って北へと歩いていく。
問題なければたどり着けるだろうが……さて?
そうして俺達は結果的に救出する形となった獣人の治療やこちら側に降ることになった魔族達の対応に追われる。
それが一通り落ち着いてきたかなと思う頃、交渉を願う文書が届いた。
それは春真っただ中のことだった。内容はなんだか難しい言葉が多くてはっきりしないが、どうもこちらには悪くない物だったらしい。
『お兄様って難しいことを考えるのって苦手よね』
「失礼だな。考えている間に何かあってはいけないという考えだ」
隣に浮くイアのつっこみに、内心の動揺を表に出さずに言い返すが、どうやらばればれのようである。
ルリアどころかミィにまで微妙な瞳で見られてしまっている。
「しょうがないなあ、お兄ちゃんは」
「考える担当は私……だから、大丈夫」
何がどう大丈夫なのかはわからないが、妹達が知った内容は俺とほぼ同じ。
北西部を中心にした魔族の国家の樹立の宣言と、それに伴う様々な交渉の話だったのだ。
何故だかその中に、北部の名家であるスペード家や、中心にいるはずのハート家の名前が無かった。
それを問うことも難しい状況で、こちらからは獣人らの解放を要求した。
それができないなら、戦いも辞さないと添えて。
こちら側の目的は今のところは北西部を制圧することではなく、獣人らを解放させ、妙なことをさせないことにある。
犠牲を出さないならそれに越したことはないのだ。
交渉は代表者を出して中間ほどの場所で野営しつつという状態で行われた。
5日の予定が3日で終わったが、その間警戒していた襲撃などはなく、むしろこちら側の戦力を見せつけ、交渉を有利に運べたとヴィレルは笑っていた。
ヴィレルを送り届けるのにカーラにお願いしたのが効いたらしい。
既に獣人らは境界付近に集めて戦いに利用しようとしていたためか、こちらが思った以上に解放は進むことになった。
いやに簡単に獣人達の解放を了承したなと思ったら、どうもあちこちで扇動したらしい。
魔族だけで生活できず、他種族の力を借りないといけないような軟弱者。
そんな内容の噂が駆け巡ったそうだ。
魔族の統治者たちの苦悩の顔が思い浮かぶようだ。
中には以前の脱走兵のように、我慢できずにこちら側に来る魔族もいることだろうから、どっちになっても支配者としては痛手だろう。
魔族だけが残るとしてもそれでも北西部を中心に、魔族だけでも相当な人数だ。
一部の接点を除き、大陸の中央にある山脈を境に、完全にすみわけのような形になってしまった。
自称魔王候補たちはそれぞれに領内で力を振るっているそうだが……。
本来は表に出てくるはずのヴィレル達クラブ家以外の名家の名前が出てこなくなったのが気になる。そして、普段見ない魔物がこちらで見られていることを考えると、相当に暴れているように思う。
その対策も取りたいところだが、俺達だけでは当然、手が足りない。
問題を共有し、一丸となっていく必要があるだろう。
「本来は種族が割れているのは好ましくないが、これもまた、時代の流れと言えるのかもしれぬ」
ある日、部屋を訪ねてきたヴィレルはそういって仕事に戻っていった。
魔王という最恐の存在によって統治されていた過去。
当時有力と言われていた魔族達の子孫がヴィレルであり、他の名家である魔族なわけだが、随分と今は違う物だと思う。
果たして、本当は魔王は魔王でいたかったのか、あるいは……。
「おっと、こんな時間か」
壁にかけられたドワーフの手製の時計が昼を示していた。
慌てて外に出ると、朝の作業を終えた人々が自分たちの家へと戻っていくところだった。
みんな疲れた様子だが、悲痛な顔は1つもない。
やりがい、あるいはやっただけ後で帰ってくるという確信がそうさせるのかもしれない。
春の日々は農作業の忙しさに加え、次々とやってくる獣人らの受け入れ、こちらの生活への組み込みなどで休む暇がない。
カーラでさえ、あちこちを馬車代わりに飛び交うほどだ。
竜を荷馬車に使うなんて、贅沢なこと。彼らがそれに気が付く日は……まあ、来なくてもいいのだが。
そして、街のあちこちを魔族と獣人が共に歩く光景が日常になってきた。
前もそうだったと言えばそうなのだが、以前より獣人の数が増えているのでその頻度が上がったのだ。
子供たちはそれがより顕著だ。最初はおどおどと、環境の変化や、自由に動けることに戸惑っていた獣人の子供。
大人が何か言うより、同じぐらいの子供たちは彼らの心を溶かした。
遠くに彼らの笑い声を聞きながら、俺はヴァズと共に先の戦いで戦死した仲間たちのだというお墓の前に立っていた。
「次の収穫が楽しみだ。そう思えるようにはなって来たよ」
俺が名前をよく知らない相手の墓に色々なことを報告しているヴァズ。
その背中に悲壮感はさほどない。大分吹っ切れたということだろうか。
彼がそうするように頭を下げ、冥福を祈る。
魔族だけの国を宣言した北西部に対抗するように、ヴィレルもまた、獣人の代表者たちと共に連合国として名前を名乗ることにした。
出来ればそこまでのことはしたくなかったが、何もしないのでは問題が出るという判断であった。
魔族の集まりというだけだった過去が終わり、国という新しい今と未来が始まるのを感じた。
俺はその中でミィ達と一緒にどんな生き方が出来るのか。
それはまだわからないが、みんな一緒なら怖いものは無いだろう。
そう思えるだけ、俺は幸せなのかもしれない。
この大陸にきて2度目の春。
急速に進む開拓は順調で、切り開いては畑、そして家。
明確な境界線はなく、あちこちに点在する集落は生きていくという勢いを感じさせた。
「お兄ちゃん、なんかいるよ!」
「よし、行くぞ!」
立場上、自由な位置にいる俺達はそんな開拓地を順々に巡る生活を始めた。
他にもいくつかの集団が同じ仕事についている。
それは、集落を襲う獣や魔物の討伐であったり、雑務のような開墾や伐採の手伝いであったりした。
大陸は広い。
まともにグイナルで移動しては問題が出る場所もいくつか存在し、そんな場所にはカーラで地形を無視して飛んでいくのだ。
これまで細々と、他と関係をせずに暮らしていた人々も種族が手を取り合う国家ということで参加を続々と決めている。
それは力の増加にもつながるが、その分だけ管理、運営が大変になる。
そのことはなんとなくわかるのだが、俺ではそれ自体は力になれないので仕方がない。
今日もまた、山深い場所にある隠れ里のような村を訪ね、彼らの協力を取り付けるべく空を舞うのだった。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




