084.戦場を駆ける
戦いが始まるずっと前から気にしていたこと。
それは魔族は同族を殺せるのか?という問題だった。
人間だって嫌がることでもある。
ただ、人間が欲や何かしらの理由で人間を殺せるように、魔族だってそうであろうとは思っている。
そして、パンサーケイブに集まった魔族や獣人は、俺が見た光景やこれまでの難民から集まった情報に怒りに震えていた。
魔族至上主義の元、北や北西部等は獣人などを追い出そうとしている。
これ自体は、まあまだいい。だが、一部が労働力として使われているという事実。
これが彼らに同族殺しの一歩を踏み出す力を与えてしまった。
他者を虐げ、その上に生きることを良しとしない考え方の集まり。
それがつまりはヴィレル軍だ。そんな彼らにとって、差別と排除を繰り返しながら都合よく獣人を使う魔族は醜く映ったことだろう。
既に中心部からはほとんどの獣人が追い出され、地方の村に押し込まれているか、今回のように前線に駆り出されているらしい。
─魔王様の考えを汚す奴らは許せない。
それが統一された感情だった。多くの魔族がそうして武器を手に取って戦場へと向かう。
そして……様々な声と共に戦場に、戦場となった大地に赤い花が咲く。
魔族の血も赤い。そのことを知ったのはいつだっただろうか。
振るう剣も手加減しているわけではないが、事実上の手加減したものだ。
全力で振るえば敵も味方もあったものではない。
耳も聞こえにくいだろうに、怒りに顔を染めてこちらに切りかかる男へすれ違いざまに一閃。
肉と、骨を断つ感触と共に相手の命を奪ったことを感じる。
俺は今、正しく命を奪えているのだろうか?
そんな思いが、一回、一回と剣を振るうごとに積み重なる。
─ガキの振るうナイフだって人を殺せる。それが現実ってもんだ。
瞬間、頭をよぎるのは勇者時代、何度か一緒に戦ったことのある隻腕の戦士の声だった。
殴って殺そうが、魔法で消滅させようが、どんな奪い方としても命は奪ったらそれが事実。
終わってから考えな。そう戦士は笑っていた。
「どけええ!」
前線の獣人と比べ、豪華な装備を身にまとう魔族の兵士達。
そこにあるのは同じ生きているという感情。感情のままに魔力障壁を周囲に展開、集まっていた相手を吹き飛ばす。
どのあたりから勇者らしい戦い方になるかはわからないけど、少なくとも彼らは今、全力を出すほどでもない。
今もまた、こちらの攻撃にひるみ、連携も何もなく襲い掛かってくるだけだ。
開いた場所を駆け、そのまま飛び上がって魔力の大きさを探る。
この集団の、指揮官を探すためだ。
「そこ!」
指揮官が最強、なんていうのはめったにある物ではない。
ただ、今回のような相手なら、自分を守るために実力のある部下をそばに置いておくだろうと考えた。
それは見事にあたり、陣のさらに後方に数名の魔族を発見した。
空中で反転しながら足元に魔力の足場を生み出し、蹴り飛ばす。
体を放たれた矢がいくつかかするものの、どうということはない。
地面にめり込むかのような勢いで目の前に着地し、魔鉄剣を横に一閃。
「ぐっ……」
指揮官であろう相手を守っていた魔族の鎧に剣が食い込み、手ごたえはあるものの、腕ほどの長さが沈んだところで止まった。
手ごたえ、そして拡散する魔力からして相手も何かしら力のある鎧だったに違いない。
剣を抜くと、片手でそこを抑えて膝をつく魔族。
もうまともには戦えまい。俺が次の相手に目を向ける前に、隣に降り立つ気配。
顔を上げるまでもない、ヴァズだ。
「貴様が指揮官か。大人しく投降するがいい」
「ひっ!?」
恐怖にか顔を引きつらせ、こちらを凝視する男。
その瞬間だけ、周囲の喧騒が遠くに行ったような気がした。
無言で剣を振りかぶると怯える男を守ろうと前に立つ魔族がいた。
額に汗をにじませながらも、ひるまずに剣を構える若い魔族。
その瞳を見ていると、他の奴らとは違う何かを感じる。先ほど無力化した男もそうだ。
「後ろに守る価値があるのか?」
「……」
相手は答えず、殺気だけが膨らんだ。
ますます、惜しい。後ろでヴィレル軍と戦っている魔族の面々とは違うと直感した。
恩義か、それとも……。
このまま斬るのも問題に感じた俺は、事前に考えていた切り札を1つ、使う。
「光よ!」
短く叫び、打ち合わせ通りに光弾を空へ。これは1つの合図だ。
「武器を捨てて投降しろ! 死にたい奴だけは武器を持て!」
ヴァズがその合図を見て打ち合わせ通りに叫ぶ。
後方でいくつも同じような叫びが戦場に響く。
獣人のほとんどは無力化、味方の魔族も多くが不利。
そんな状況でどれだけ戦意を保てるか。
それでも彼らだって簡単には引き下がれない。だからこそ、その背中を押してやる。
こちらを睨んだままの若い魔族の顔が驚愕に染まり、視線だけは上空を向く。
(来たっ!)
大きさもわからないほどの上空。
そこから光弾を合図に……赤い力が舞い降りる。
ミィ達を乗せた、カーラだ。
飛び込んできた勢いそのまま、イア達は魔法で自分達への衝撃を和らげつつカーラは着地した。
見上げるほどの巨体が、その速度を活かして上空から爆音とともに降り立った。
結果として地面は揺れ、砂煙はあがり、戦場に硬直が訪れる。
事前に打ち合わせをしていたヴィレル軍でさえ固まるのだ。
知らずに遭遇した相手側の心境はいかほどの物か。
瞬きいくつもの硬直の後、カーラはゆっくりと周囲を見渡すと大げさなほどに息を吸い込み、咆哮した。
魔力のこもった咆哮は兵士達に染みわたり、思考を奪う。
その背中からミィたちが降り、周囲をヴィレル軍としての兵士たちが固める。
これで誰にでもわかることだろう。こちらには火竜さえいる、と。
「おい、そこの指揮官。投降するか? 焼き肉に……いや、消し炭になるか?」
間に立つ若者を敢えて無視して後ろへと呼びかける。返事は……無かった。
「どうするね、これ」
「……投降する」
「投降を認めよう」
どの段階でかはわからないが、既に相手は気絶していたのだった。
カーラの登場に硬直していた戦場にそのやり取りは目立ったらしく、俺の周囲から段々と武器を捨てる魔族が増えていく。
そして、ひとまずの戦いがあっさりと終わる。
互いに死傷者あり、死者の数は相手の方が多いが、こちらにも何人も発生してしまった。
それが戦争、わかっていても気にするなというのは難しい。
「これから彼らを尋問する予定だ。その後は……相手の動向次第だ」
「帰す代わりに獣人を解放しろ、とでも言ってみるか?」
味方にもみくちゃになり、戸惑った様子のカーラとその周りにいるミィ達を見つめつつ、ヴァズと今後を語り合う。
戦死者の埋葬は進み、投降した魔族は後ろ手に縛られ、いくつかに分かれて集められている。
その中でも装備が豪華だった面々はヴィレル立ち合いの上で尋問にかけられるそうだ。
街に戻り、閉じ込めた部屋を一度覗き込んだときには、ガタガタと震える指揮官の魔族の姿があった。意外とぺらぺら喋ってくれそうだな……。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




