083.戦いは威嚇から、と誰かが言った
旅路なう。その2
北の地で南進する武装集団を見つけてからの日々は慌ただしかった。
彼らを見つけたのは急いでも2週間以上はかかる距離だ。徒歩、しかも進軍となればその速度は遅くなる。余裕があるように見えて……あまりないのが実情だ。
「目的はここの制圧だろうか?」
「少なくとも、私をどうにか出来れば最上、とは思っているであろうよ」
大きな机の上に、周辺の地形をざっくりと書いた地図。
ヴィレル以下、俺やヴァズ、常備兵の隊長等が集まっての作戦会議。
途中の地形や川、魔物の生息状況を加えつつ考えるのだ。街を制圧する、というのは武力だけでは不足すると言える。
その後の統治のために頭を使える人材がいないといけないし、住民感情という物もある。
これは勇者時代、俺があちこちで感じたことだ。一方的な正義で制圧した場所では反発も大きい。
それを封じるとなれば、入念な根回しによる動きか、完全なる制圧、つまりは皆殺しの勢いでなければ成り立たない。
北からの軍勢にとって、この街……南東部は秘境、あるいは未知の場所に近いだろう。
安全策を取ってくるであろうことは目に見えている。そして、彼らにとって安全策と言えば間違いなく、1つだ。
「前面に獣人らが出ていたらどうする? 肉の盾とするような場合だ」
盛り上がった筋肉が鎧を弾き飛ばしそうなほどの獣人の戦士が淡々と呟く。
そう、それは俺も考えていたことだ。まずはつゆ払いを獣人に任せ、自分たちは後から……。
想像したのか、何人かの顔がゆがむ。まあ、俺もその1人だ。
「獣人は身内や仲間を見捨てない。恐らくはそれを利用されているだろう。となると、下手に殺してしまうと後が厄介だ」
「心情的にも、実利的にも無力化に留めたい」
会議は如何に獣人を無力化するかで白熱し始める。
こういう時は気を付けないと議論が横に横にとそれる物だと教会のじいちゃんが言っていたな。
じいちゃん、もう死んじゃってるかな? 結構な歳だったしな。
「ラディはどう思う。何か手はあるか?」
「多少訓練が必要だが、無いわけじゃない。これだ」
ヴァズに問われ、俺は考えていた物を実演して見せる。
それは手の中ではじけ、一瞬の閃光を場に生み出す。雷の魔法を応用した、閃光と電撃だ。
「普段は魚を獲ったり、獣を止めるのに使うんだけどな。人に使ってもよく効く。こちらは事前に対策しておけば大丈夫だ。
これで無力化し、戸惑う間に戦闘員を前進させて魔族に手を届かせるのはどうか」
突然閃光を生み出した俺に若干避難の視線が集まったものの、話を聞いていくうちにそれも消える。皆、やる価値を見出してくれたのだろう。
「よし、非戦闘員の避難と、戦闘員の招集をかける。
ラディを中心に今の魔法の特訓。ここで犠牲を出すのは馬鹿らしいことだ。
諸君の奮闘に期待する!」
「「「応っ!!!」」」
やることさえ決まればどの種族だって動きは早い。
食料の運び出しや武器の整理。人員編成や柵の見直しなど。
やりたいことは数多く、人員は限られる。俺はその間にもミィ達と一緒に作戦行動の練習だ。
「ミィ、重要な役目を任せたい」
「? どうしたの、お兄ちゃん」
正直、獣人が思ってるよりも必死に戦いに挑むとしたら、止まらない相手もいるだろうと考えている。
獣人は丈夫だしな。そこで、ミィとカーラには切り札になってもらおうと思う。
『なるほど。そういうこと』
「みんな、びっくりして固まる」
俺の説明に、3人とも頷いてくれる。
後は周囲の作業を手伝いに行っているカーラが戻ったら説明は終わりだ。
ミィ達の出番は、最初をしのいでいざという時になるだろう。
瞬く間に時間は過ぎていく。最終的に集まった戦闘員は大よそ1000。
この地方で考えれば最大の規模だ。大陸全体でいえば魔族は何十万といるだろうけど、戦闘員となれば限られてくる。
普段狩りをしているような人だって本職には敵わない物だ。
その証拠に、1000人と言っても内訳的には常備兵の方が少ない。
多くは定住していなかった冒険者的な人や、自警団として生活が戦闘よりだった人だ。
それでも短いながらもともに過ごせば立派な兵士となる。
戦意は旺盛、相手の到着を今か今かと待ち構えている。
そして当日。見張りが街道の向こう側に集団を発見した。
「ちっ、恥知らずが」
俺の発動した遠見の魔法で見えるのは魔族の前を歩かされている獣人たち。
それを目にした戦士の一人が吐き捨てた。言葉にはしなくても、みんな似たような考えだろう。
見るからに装備だって違う。粗末と言うには物騒だけど、統一されていない武器たち。
防具なんてもっとひどい。それでも真剣な顔で歩く姿には胸が締め付けられる。
彼らは、どんな思いで自分の命を戦場に賭けようとしているのか。
「伝達を。作戦変更、後ろを叩く」
小さく、ヴァズがつぶやき皆の姿勢が整う。
横に並ぶのは、先手を打って獣人を無力化するための魔法を覚えた面々だ。
既に迎撃のために並んでいる俺達が見えたはずなのに、進軍の動きは止まらない。
いや……止まった?
「使者、か」
誰かのつぶやき。そして、1人の獣人が旗を持ってやってくる。
結局は内戦なわけだから宣戦布告は無いだろうと思っていたところに意外な展開だ。
「かわいそうに……使い捨てか」
一人の獣人の言葉が妙に響いた。使い捨て……ああ……。
なんとなく、わかってしまった。あの獣人は、使者としてやってきたつもりだろうが、彼を向かわせた魔族の考えは違う。
何か因縁をつけて、開戦のきっかけにするつもりなのだ。
こちらからの返答が無礼だった、とかな。その証拠に、落胆の顔のまま獣人はヴィレルのいる陣から出てくる。
「守りよ……」
俺は聞こえるか聞こえないかぐらいで、そんな獣人にこっそりと守りの魔法をかけた。
気休め程度だが、生き残ることは出来る……と思う。そして、相手の陣へと戻っていったその獣人は……倒れ伏した。
相手魔族に殴られるという形で。すぐに響き渡る相手の声。
同胞が殴られたというのに、獣人はそれをとがめる様子はない。
いや、内心は別だろうが。それだけ彼らは色々と背負ってこの戦場に降り立ったのだ。
「構え!」
だからこそ、俺達はそれとはまともにぶつからない。
「詠唱!」
口々に、同じ意味の詠唱が始まる。
相手からも怒号と共に、いくつもの魔法が飛来する。
火、氷、あるいは純粋な魔力弾。だが……。
「「「闇の雲よ!!」」」
獣人の前衛の被害をいとわず、巻き込むように撃ってくると予測済みだ。
イアの開発した影袋を基本に、ここではないどこかに飛来する諸々を吸い込んでしまう魔法。
この魔法に専念させた人員たちによって俺達の前に靄のような闇が広がり、それは相手の魔法をほとんど飲みこんだ。
いくつかは吸い込みきれずにこちらに来たようだがわずかな物だ。
後方の魔族には動揺が広がっただろうが、前に走ってくる獣人には恐らく、関係がない。
彼らはあこちらにぶつかるしか術がないのだ。
しかし、それも予定通り。
「「「「ショックウェブ!!!」」」」
そうして、顔がわかるかわからないかの距離になり、光が地上に満ちた。
轟音と閃光。それは対策をしていなかった前線の獣人を襲い、その優秀な体ゆえにまともに影響を受け、ほとんどが気絶した。
中には意識を保っている者もいるだろうけど、何も見えず何も聞こえないはずだ。
「かかれえ!」
そして、後方にいた魔族も影響なしではいられない。
本当に後方にいた連中はともかく、魔族でも前の方にいた連中はダメだ。
ふらつくところへ、戦士たちが飛び込んでいく。
倒れている獣人は専門に役目を受けた人員が力づく、あるいは魔法を使って端に寄せていく。
まずは一手。
相手を俺達の場所まで引きずり降ろすことに成功したのだ。
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増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




