082.兄妹、空を飛ぶ
旅路なう。
「カーラ、大丈夫か?」
『ガウ!』
首を撫でながら問いかけると、このぐらいなら大丈夫、と思ったより元気そうなカーラの声。
さすがに緊張しているのか、いつものように振り返るということは無い。
こんな高さで飛んだことはないだろうからな……。
「お兄ちゃん、ミィ達も一緒でよかったの?」
そう言いながら俺の左で専用の鞍に跨りつつ、ミィはこわごわと眼下の光景を見つめている。
髪の毛が風ではためき、少々大変そうだ。視線を左右にやれば少女3人。
いや、左右に1人ずつと腕の中に1人、かな。
職人に作ってもらったカーラ専用の鞍は3人、4人用だ。
右にはイア、左にはミィ、俺の腕の中でルリアが固定されている。
カーラの飛行の邪魔にならない程度に魔力で膜を張っているが、それでも風を遮断するわけにはいかないので3人とも髪の毛がはためいてしまっている。
『実験でもあるからこれでいいんじゃないかしら。にしても、だいぶ高いわね……』
イアも寒くないはずなのにぶるっと体を震わせる。
俺も何もなければもう少し声を出しているだろうなと思う状況だ。
今俺達がいるのは、カーラの飛行限界に近い高度。
そろそろ低い雲につっこみそうな高さだ。地上も森、林、草原、川、といった違いしか分からない。
この高さなら、仮に上に飛んでいるカーラを見つけたとしても、詳しく調べることは難しい高さだろう。
しっかり防寒対策をしないと寒いぐらいだしな。
ルリアは運動が得意ではないので落ちないように俺の腕の中というわけだ。
なぜこんな高さを飛んでいるかと言えば、北側の偵察である。
踏み込む、という予定はないが、近づけば近づくほど相手に感づかれやすいわけで、何かを刺激してもいけない。
この高さだと大体の地形ぐらいしかわからないところだが、俺には秘策がある。
「ルリア、風の神様でいいんだな?」
「(コクン)砂漠や海辺で時折起きる、遠くにある物が近くに見える現象を使う」
詳しい仕組みはわからないが、俺もそういったものは見たことがある。
それを利用して……俺達には相手が見える、ということをしようというわけだ。
どのぐらいやればいいかわからないので、対嵐竜に力を借りる予定の上位神、ウィンディールにお願いをしてみる。
『ちょ、攻撃魔法でも空を飛ぶわけでもないから! 早めにお願いして!』
俺の右手に唐突に集まって来たウィンディールの力にイアが焦った声を上げてわたわたし始める。
確かに、こんな力をそばで使われてはカーラだってたまった物じゃないだろう。
「風よ、我が眼前に彼の地の展望を示せ」
俺は心の中でお願い事をしっかりと思い浮かべつつ短く唱える。
魔法の創造。どんな光景になるか不安はあったが、神様が勝手に俺のお願いを読み取ってくれるという自信もあった。
あっさりと発動の手ごたえはあったが、地上で練習してからにすべきだったかな?
丁度水桶ぐらいの大きさの視界がゆがみ、同じ場所に滞空し続けるカーラ前の方にそれが生み出される。
「おおー、何か見えたよお兄ちゃん!」
「成功、だな」
遥か下の地上、その光景が映し出されてきたのだ。
遠見魔法と名付けた。若干ぼんやりしているが、仕方がない。
見えてきたのは、街道と壁。パンサーケイブを北上し続ければぶつかるであろう場所にあるということは、少なくともこの壁までは北側の魔族も自分たちの管理する土地だと考えているのだろう。
そこまでは中間地帯の扱いなのだろうか。
『あれだけの壁、いつの間に……人手はどうしてるのかしらね』
場面を動かしていくと、魔物や……竜に対抗してなのか、街ごとに城壁が作られている。
恐らくは魔王統治時代からの建築物もあるのだろうけど、それにしても物々しい。
山の多い土地柄、石材などには困らないとしても、だ……。
「なるほどな……」
「にーに、アレ……嫌なの」
腕の中できゅっとルリアが縮こまる。
見てしまったものに対して、恐怖してしまったのだろう。
ミィも硬直しているし、魔王の記憶があるイアにとってはとんでもない物だ。
何かによって崩れたのか、修復を必要としそうな壁の元で、獣人が、明らかに異常な姿で働かされている。
ややぼやけているのではっきりしないが、皆鎖のような物をつけられた男ばかりだ。
男ばかりなのを考えると、家族が人質にとらわれたままとかそういった可能性が高そうだ。
つまり、北の魔族は獣人、そして今は見えないが他種族も隷属させて自分たちの力にしているのだ。
この調子なら、下手をすると外敵との戦いにもまずは獣人を出しているのかもしれない。
なんて、ふざけたこと。
『あの子が……いつも自分が前に出ていたのは何も部下が信用できないからじゃない。
誰にも、傷ついてほしくなかったのよ。後半は自分も戦いたいといういろんな子らに任せる部分もあったけどね』
イアにしては珍しく、魔力が体の中に渦巻いているのがわかる。
俺も、平常ではいられそうにはない。
「お兄ちゃん、今すぐ助けに行こうよ!」
「それはダメだ」
涙声で、俺につかみかかりながら訴えてくるミィに俺は首を振る。
俺も気持ちそのものは同じだが、何度か救出作戦を経験したことがある俺には頷けない。
こういう場合、まずは状況をもっと把握しておかなければ人質が盾にされたり、他の場所で被害が出るなんてこともありうるのだ。
そう言ったことを説明すると、ミィもぐっと我慢して下を向いた。ごめんな、かっこよくいけるお兄ちゃんじゃなくて。
カーラもまた、人間や魔族のことはよくわからないだろうけど、俺達の感情がチャネリングを通して感じ取れるのか、目の前の映像を睨みつけるようにしている。
「カーラも、ありがとうな。本番の時にはよろしく頼むよ」
『ガウ……ガウ!』
視線を目の前の魔法による光景に戻すが、今のところ相手の代表格の様な相手は見えない。
建物の中にいるのか、それとも……。カーラに移動をしてもらい、その後もいくつかの場所を遠見魔法で確認してみる。
どこも中央の山脈へ向けてと、北側に向けて壁が多く作られている。
南北からの襲撃に警戒していることがよくわかる。
行き来するグイナルらしい姿は思ったより多い。
地域内での移動や経済状況は悪いというわけではなさそうだ。武装した兵士らしき姿も多く見られ、正面から戦うのは厳しそうだなと改めて思う。
攻め込むのはよく考えないと難しいが、守りに徹するのもそれはそれで問題が……んん?
見る場所を最初の方の場所に戻した時だ。
『あら、集団で進軍中、というところかしら。どうもきな臭いわね』
「こっちに、来る」
ミィは感情のままに魔力が動いてしまわないように頑張っている中、イアとルリアの言うように、武装した軍団が街道を進んでいる。
警護や警邏とは思えない……。
「戻ろう。何もなければいいが、損な都合の良いことはなさそうだ」
対人戦。その言葉が頭をよぎり、恐らくはそれは正解だろう。
春の芽吹きは、戦いの始まりでもあるようだった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




