081.亡命者
「それで、逃げてきたということか……」
「はい……正直、もうついていけません」
パンサーケイブにある大きな建物。ヴァズが領主代理として住んでいた建物だ。
そこには今、領主であるヴィレルがいる。そして、北から亡命してきたという魔族の兵士の男も。
装備は全身痛みがあるが、戦闘能力は維持できていそうである。
それはこの男が兵士として優秀であることを示しているが、その顔は今は苦しみに満ちた物になっていた。
「魔族至上主義……それ自体は強く反対する物でもありませんでした。
元々、私の周囲には獣人らは少なかったので……しかし」
「魔力、資質による保護と排斥、か。それでは人は増えまい……愚かな」
部屋の中に、ため息と茶器を置く音だけが響く。重苦しく、何とも言えない時間。
亡命者だという男の言い分はこうだ。
彼の住んでいた北の地は元々厳しい土地。
竜やワイバーンの住む山が近いこともあり、度々無慈悲な襲撃が大地を襲う。
それでもそれさえ乗り切れば実りのある大地だ。
最近は組織だった抵抗によりその被害も減ってきているという。
そんな中、フロルから発せられたアーケイオンの信託の話。
信じる者、疑う者、様々だった。声を大きく上げたのは、初代魔王に仕えていた有力な魔族の子孫たち。
彼らは魔王は別に種族平等主義というわけじゃないと叫ぶ。
単に自分の部下に両方がいただけであり、どちらも用いていただけ、と。
その上で、さらに叫ぶ。この大陸は魔族の物だと。
だからこその、魔族至上主義。
獣人への差別と、それに反対する魔族への同様の迫害ともいえる行為。
そうして残ったのは、魔族以外は劣っている、という考えで同じ方向を向いた危うい集団。
さらにそれを加速させる形で、魔王の後継者を名乗る魔族達が複数名乗りを上げる。
彼らは言う、自分たちの土地は自分たちで守るのだと。
それ自体は変な話ではない。ただ、守るための力として必要な魔力、あるいは資質を重要視するあまりにそう言った素質の無い魔族を下に見始めたのだという。
「何年か前まであった、穏やかな日々という物はなくなり、大陸を制覇すべきという強硬派のような意見が飛び交う街……そこはもう私の故郷ではありません」
「そうか、ゆっくり休んでくれ」
うなだれて頭を下げたまま、男は部屋を出る。
用意された場所で今日はゆっくりと休むのだろう。
一言も発さず、部屋で待機していた俺は彼の出ていった扉を見る。
名前も知らない北の魔族はどうするつもりなのか。
「どう思う、ラディよ」
豪華な椅子に肘をつき、顎を乗せるように憮然とした表情でのヴィレルの問いかけ。
本当に、こういう姿が良く似合う女性だ。
「どう……と言われてもなかなか。穏便に対話で終わることはなさそうだと思うが」
「自分も同様の意見です」
俺とヴァズ、2人の意見を聞いて小さくヴィレルがため息。
上に立つ者としてはため息1つ自由にできないというのだから難儀な物だ。
「動ける戦力は数で見ればそう負けてはいないが……質の点ではどうもなあ。
こっちは農民と兼業の多いこと多いこと。それを目指してきたのだから、その通りになっていることを喜ぶべきなのだろうが……」
「最近の常備兵だけでは確実に押し負けるな」
開いた手で手すり部分をトントンと叩き、わかりやすく不機嫌になるヴィレル。
傘下に収めている土地の広さでいえばいい勝負だとは思うんだよな。
それに手が回っているかと言われると……厳しい。
「ラディ、ここはどーんっと貴様の魔法でだな」
「出来ないとは言わないが、そうしないと決めたのだろう?
もちろん、相手が殺戮のために来た時には一人の住人としては抵抗するが」
大分煮詰まっているようで、冗談交じりに俺の単独突撃を口にするヴィレルはわかっている、と俺のツッコミに対して答える。
俺としても出来ることは限られてくるわけだが、気になることがある。
「話を聞く限り、あちらの魔王候補には1人ないし2人以上が竜種となんとか戦えるだけの力があるらしいな。
それがめんどくさいと思わせて撤退させるのか、力づくで撤退させるのかは気になるな」
「そんな力があればとっくにこちらに攻め入ってきてるのではないか?」
思ったままを口にすると、予定通りにヴァズがつっこんできてくれる。
俺のは本当に思い付きだからな……こうやってまとめていかないと。
「ふむ。噂の骸骨杖が本物か、それに近いものだというのなら他にも近い物を集めているやもしれん。それらがあれば対抗できないこともなくは無いだろう」
かつての魔王は様々な武具、装身具を身に着け、時に使い分け戦ったという。
それらの多くは紛失、あるいは戦いの中で破壊されたがいくつかは残っていると言われている。
髑髏杖もその1つだ。両目にあたる部分から、使用者の敵を打ち抜く光線を放つというが……。
竜にどこまで効くのだろう。
「出来れば北側に事前に準備しておきたいな。壁とはいかなくても何かが欲しい」
「そこは私がなんとかしてみよう。母上はお忙しくなるだろうからな」
未知の相手がやってくると仮定すると、出来る限りのことはしておきたい。
ヴァズの提案に頷き、俺はどうしようかとヴィレルを見るといい笑顔で微笑まれた。
こういう笑顔を人がするときは厄介事が多いのだ。
「なあ、ラディ。ここは一発大魔法をだな」
「だから、そういうのは嫌なんだろ?」
言ってみただけだと言いながら、この先同じ問いかけが増えてきそうな予感がある。
俺はこのまま特訓と見回りを続けるにしても、いつかやってくる戦いは激しい物だと思う。
そして、久方ぶりの魔族同士の争いとなるのだろう。
下手をすると、竜を巻き込んだ大陸全体の戦いになってしまう。
出来るだけ、そんなことの無いようにうまく動きたいものだと思う。
目下の問題は、大陸の屋根である死の山を抱く山脈からの魔物の襲撃だろうか。
2人と別れ、久しぶりに思える陽光に身を任せる。
体にしみいるような陽光を浴びていると、段々と気持ちがさえてくる。
よろしくない坂を転がっているような気もするが、俺達には出来ることしかできない。
そんな中であれば俺は、ミィ達のために戦うぐらいしかできないだろうなと思う。
それでいいとは思うのだが、出来れば他にやれることは増やしたいよな。
「そうそううまくもいかないか」
つぶやくままに向かう先は、子供たちが特訓をしている広間。
今日も1つ1つ、教えていく時間だ。もしかしたら彼らの使う魔法が戦いの終わりを作り出すかもしれないし、逃げる時の時間を稼げるかもしれない。
俺を見つけて駆け寄ってくるミィ達。
彼女たちの、妹の平和のためなら俺はいくらでも戦える。
そんな感情を胸に抱きつつ、街の外へと冒険団のみんなと出たいという話に頷く。
こうなっては実戦は多い方が良い、間違いなく。逃げるにしても、抵抗するにしても。
小さい子達に狩りではなく、戦いで生き残る術を教えるのは少しばかり心苦しいけど、しょうがない。
無事に生き抜いた先に、平和があるのだから。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




