007.魔法使いの妹
紳士成分は薄めです。
「お兄ちゃん。こ、ここでいいの?」
「そうだ、もう少し下だ。ゆっくりとな。いきなりだと痛いかもしれないからな」
暖炉の炎が部屋に揺らぐ光を産む中、俺の前でミィが赤い顔に真剣な表情を張り付けている。
その両手の中にある物を大事そうにゆっくりと下げ……。
「ひゃう!」
パチンと、その小さな両手の間で音がはじけた。
慌てたミィが変な声をあげ、耳がぴーんっと立ち、尻尾も伸びたまま震えている。
部屋に白く透明な何かの破片のような物があちこちに飛び散った。
成功だ。
『やるじゃない。魔族のエリートでもこうはいかないわ』
「そうだな。こんな短時間でちゃんと魔力弾が弾けてる。すごいぞ、ミィ」
イアと俺が続けて褒めることで、ようやく自分が失敗したわけではなことを知った様子のミィ。
ま、確かにあんな音がしたら失敗だと思うよな。
(あの魔力弾……ゴブリンぐらいならはじけ飛ぶな……これが魔王の力)
俺はミィのために作った標的の残骸を見る。
台の上に作った標的へ、自分の手の間に作った魔力弾を押し当てるという訓練の結果だ。
簡単に作った物とは言え、あっさりとそれを砕くだけの魔力の集約をミィはこなした。
さすが、魔王の力ということだろうか。
あの騒動の日から数日、イアと一緒に寝ているミィを良く調べた結果、ミィの中では魔王としての魔力が確実に作られ始めているということだった。
ただし、その量はまだまだわずかな物だ。イアが分離する際に引き抜いた力はミィが俺に拾われた時、周囲での争いに自己防衛として無意識に集めた物だろうとのこと。
そして前回の暴走は風邪を引いた際に自分の体を癒すために集まっていた魔力が先に体調が回復したために使われずに残っていたための様だった。
この話の通りなら、今後も気を付けないと一気に魔力過多になってしまいそうだが、訓練して適度に放出していけばいいし、今はまだ、意識しないと力の集まりはゆっくりなはずだということがわかった。
それでも時折は暴走に近くなるだけ溜まってしまうだろうというイアの予想は俺の顔を引きつらせるのに十分であり、ミィも顔を真っ赤にしている。
俺としてはミィのためだから構わない……いや、俺の何かのためにも無いほうが良いか。
そんなわけで今のうちに力の制御を身に着けておいたほうが良いということで魔法、魔力の扱いの特訓である。
魔王、という呼び方が悪の親玉としての意味ではなく、魔を扱う頂点という意味の方が本来強かったということを知ってから俺の魔王への印象はがらりと変わっている。
そう、産まれが違えば自分が魔王だったのかもしれないのだと。
「ほんと? ほんとに?」
問いかけながらも自分の手のひらをまじまじと見るミィ。その瞳はキラキラと輝いているように感じた。
「ああ、これでミィも立派な」
『魔法使いってわけよ』
ミィに向け、俺とイアでにかっと笑って見せる。
ノリのいいイアと一緒に口元にきらんと光を作り出す小技付きだ。
「にゃーー!!」
飛び上がるようにして立ち上がり、喜ぶミィは部屋を駆けまわる。
その姿もまた、成長を感じる物だった。明らかに人間の同じぐらいの子より速いのだ。
とてとてと走り回った後、何かに気が付いたのかミィは俺とイアに向かって飛び込んでくる。
『わっぷ。あ、ちゃんと私に触れるじゃない』
「それだけイアに触りたかったってことじゃないのか?」
慌てた様子のイアの言葉に、俺もうれしくなって抱き付かれたままミィの頭を撫でる。
「ふふふーん。これでミィも仲間なの!」
ご機嫌な声でミィが何やらじたばたとしながら言う。仲間?とイアと二人して首を傾げるとミィの動きが止まった。
「えっとね、お兄ちゃんはすごい魔法使いだし、武器もえーいって強いし、イアちゃんもすごい魔法使いさんなんでしょ?」
改めて言われると何やら照れくさいけど、弱くはないのは確かなので俺もイアもわずかに頷く。
「だから……ミィだけが何もできないから……魔法が使えたら一緒にいられるでしょ?」
しゅんとしたミィに連動して耳と尻尾もうなだれている。
小さく丸まってこちらを見る姿には1つの感情が見て取れる。
寂しい、と。
それを感じた俺と、同じらしいイアはミィに抱き付く。イアもミィも小さいのでいざとなれば俺の腕の中にすっぽりと入ってしまう。
『偉大なるお兄様はそんなことじゃ妹を見捨てるわけないじゃない! ねえ?」
「そうだぞ。ミィが魔法を使えたところで魔法が使える妹、ってなるだけだからな」
イアに突っ込みを入れるのも疲れるので、さらりと流しながらミィに本音をぶつける。
そう、ミィはミィであり、例え家事の1つもできなくたって、何かとこけてしまう様なドジな子でも可愛い物は可愛いのだ。
「むう、お兄ちゃんから変な気配がするよ?」
「き、気のせいだろう! それより次はどうしようっか」
そんなことを考えていたからか、ミィは獲物を狙う獣の様な瞳になって俺を見つめ、スンスンと嗅ぐような仕草をする。
下手な嘘をつくとこの辺でばれるようになってきたので適当に話題をずらすことにする。
むー?と首を傾げるところも可愛い。
『そうねえ……一番早いのは実戦でしょうけど……さすがにねえ』
腕組ながら浮遊するイアのミィを見る目は優しい。
それにしてもイアはほんとに魔王だったのか?と最近思う。
魔族をまとめあげていたにしては……魔王自体はもっと大人だったりしたんだろうか?
少なくとも、イアの見た目そのままの魔王だったなら、1つぐらいそういう容姿への話が残っていてもいいはずなのだ。
しかし……聞いたことのある魔王の姿はあいまいで、大人ほどの大きさの黒い人影としか伝わっていない。
性別すら不明らしいので、もしかしたらイアが大人になった姿が魔王なのかもしれない。
いつか聞いてみてもいいかなとは思う。
「うん。ミィ、頑張る!」
『じゃあ特訓ね!』
いつの間にかミィとイアの間で話はついたらしい。元気よく立ち上がったミィに、イアも勢いづけるようにこぶしを振り上げる。
「特訓か……雪原にでも行くか」
村の南には草原が雪原となって広がっている。あまり大きな魔法は撃てないが、ミィの特訓ぐらいなら大丈夫……だと思う。
「よし、じゃあ……んー、火でいいか」
『確かに水は暴発したら寒いし、風もちょっとね。土は汚れるだけだし……いいんじゃない?』
ミィに唱えさせる魔法で悩む俺だったが、イアは他の候補を潰して火を同じように勧めてきた。
獣人は火を怖がるってわけじゃないし、一番想像しやすくはあるのだ。
ミィは自分たちの指示を今か今かと待ち構えている。
であれば妹の期待に応えるのが兄と言う物である、恐らく。
体をほぐすようにして息を整え、自分が最初に唱えた魔法を思い出す。
そう、確か……。
「始原の焔、その赤き力を…へぶっ」
『いきなり上位神に祈ってんじゃないわよ!』
真面目に唱えていた俺の後頭部に何かが当たり、小気味よい音が響く。
どうやらイアが何かで俺をはたいたようだった。痛くは無いけど、イアのジト目が何やら心に突き刺さる。
「しょうがないだろ。俺、中位と下位はまともに使わないし」
『え? お兄様が規格外な勇者なのは今さらだけど、とんでもないわね。じゃあわざわざ上位神による魔法を手加減して撃ってたわけか……』
(失礼な。それだと俺が変な覚え方しているみたいじゃないか)
何やら頭を抱えて呟くイアにそんなことを思うのだけど、状況からするとやはり、変なのだろう。
「えっと、神様にも偉い人がいるの?」
『そうよ。火、風、土、水、と一応光と闇、後細かいのだと雷だとか氷だとか属性合わさったのとか。
そしてその中でも世界が産まれた時に最初にそれぞれを担当した神様が上位神。
次に作業を分担するための中位、一番身近なのが下位ね。一応、それぞれに祈りから貸してもらえる力の上限があるのだけど……』
ミィの疑問に、イアはてきぱきとそう答え、最後には俺の方を向いた。
「? なんかあったか?」
『ううん。お兄様みたいに上位神に祈るほうが楽って人はほとんどいないのよ。
大体は祈りの代償に捧げる魔力が割に合わないから。その点、ミィも将来有望よ! なんたって私の覚えてる魔法を全部教えてあげるから』
「わーい! イアちゃんすごーい!」
任せなさい、とどーんと胸を張る浮いたままのイア。
旗から見ると少々変な状態なのだけど、本人は気にしていないしミィはすごい喜んでいる。
ミィが喜んでるならいっか……。
『という訳で最初は下位神ね。やれることは少ないけど、発動は速いし、消耗も少ないし、覚えておいて損は無いわ。
祈りはえっと……赤き力をこの手に、サラマンダーの吐息よ、ね。
魔法自体はフレイムボルト、でいいわよ』
ちなみにコイツね、と魔力でサラマンダー、火を帯びたトカゲの様な姿を空中に映すイア。
こういうところはイアも器用なんだよな。
「おおおおー! 頑張る! えっと、あかきちから?をこのてに……」
初めて唱えるからか、明らかに片言だけどこの祈りの句は実は大体あってればいいのだ。
大事なのは祈りをささげる相手とその代償、そして本人の才能。同じ魔法でも一般の兵士と俺とでは全く別物だからな。その間にも唱え終わるミィ。
『じゃああっちに撃ってみましょう』
「うん! フレイムボルト!」
そして、思わぬ爆風と威力に3人して吹き飛び、ミィが魔力切れで倒れたのはすぐの事であった。
反省……。
全身雪まみれ&溶けた状態の雪でびしょぬれになったようです。
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こんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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