078.押し出された獣
「奇襲しようという頭があるということは、激戦区で生き残っていた個体、か」
奇襲が失敗に終わったことに戸惑う様子もなく、そのワイバーンは姿勢を取り戻し、こちらを睨む。
なかなか、ワイバーンにはもったいないほどの殺気である。
あるいは、集団で竜の1頭でも撃退してるかもしれないな……なんとなく、そう感じた。
『ノコノコ出てきたのが運の尽きよ!」
「ちょっと待った!」
さっそくとばかりに詠唱を始めたイアの腕をつかみ、無理矢理気味にその場から飛んで離れる。
僅かな間をおいて、ワイバーンからの魔力ブレスが地面を打つ。かなりの威力だ。
『お兄様?』
何で邪魔をするの!と腕の中でイアが暴れるが半ば無視。
前を見ろと言う感じに首を振ると、彼女も同じ方向を向く。
そこにいるのは先ほどのワイバーン。見た目はただそれだけだが……。
「狙いはあいつだけじゃない。しばらくは踊ろう」
『そういうこと……お兄様も案外鬼ね』
俺を追い込むときのイアほどじゃないさ、とつぶやくとどういうことよ!とお冠。
俺はそれに笑い返しながらもワイバーンを見る。
来い、と。
そうして、ワイバーンが馬鹿にされたのがわかるのだろう。
咆哮の後、襲い掛かってくるが回避を続ける。そうしているうちに生じる新しい気配。
そう、ワイバーンはこの1頭ではない。山にはまだそれらしい気配がいくつもあったのだ。
個別に倒して逃げられたり、隠れられたりしたら厄介だ。
だからこそ、時間をかけて誘い出す。多少は数を倒しておきたいところだ。
ちらっと見た限りでは、目の前のこいつより若い個体ばかりに見える。
それでも腐ってもワイバーン。人間や魔族、獣人としては普通に強敵の1種だ。
竜には届かないものの、その皮は素材となるし、牙や肉だってそのまま素材と化す。
全身お得なのである。そういえば、前の時にイアはほとんど持って帰ってこなかったな?
『ちょっと、どんどん増えてるわよ?』
「問題ないさ」
そう、トライデントの様な力が無い限り、問題ない。
正面から戦うならワイバーンは戦いやすい相手だ。
力でもって防ぎ、力でもって撃退する。
「唸れ旋風!」
祈りそのもの、つまり魔法の詠唱は実のところ、自由である。
決まった詠唱の方が祈りやすく、力を借りやすいというのは間違いないけどな。
復調した体は俺が思うままに魔力を吐き出し、それは強い祈りとなって目の前に結果を生み出す。
たたきつけるような暴風が渦上に産まれ、ワイバーンたちを飲み込む。
周囲の木々もばたばたと揺れている。
折り重なるようにワイバーンたちが集まったところで、魔法を解除。
急に自重が復活したような感覚に戸惑い、ワイバーンたちが互いにもみ合うように倒れているところに落雷一発。
見る人が見れば卑怯という様な戦い方だけど、元々俺は勇者らしい戦い方、というのを余りしたことがない。
言葉をしゃべる相手には、後が面倒なので名乗るぐらいはしたが……。
夜に眩しいほどの灯りを打ち出しての奇襲なんかもお手の物だ。
『案外、お兄様って容赦ないわよね』
「イアならこのぐらいの方が参考になるだろう?」
イアの呆れた声。それでも顔には笑みが浮かんでいるのだから、やっぱり魔王は魔王ということか。
俺のつっこみにも、まあそうなんだけど、と答えるぐらいだ。
(うん。思ったより大きい個体だったな)
ほぼ無傷での収穫に、俺はほおが緩むのを感じる。
「イア、どのぐらい持って帰られそうだ?」
『え? これ、使い道あるの?』
なんと……そういうことか。イアにとって、正確にはかつての魔王にとってワイバーンは魅力的には見えない相手のようだ。
「ああ。牙とかは当然武器に出来るし、皮も処理すると結構な業物になる。血も薬になるし、肉だってうまいぞ」
人間の大陸にワイバーンがあまりいないのは、これらのせいで実力者に乱獲されたのではないか?なんて説もあるぐらいだ。
それが10頭以上、こちらではわからないが、人間にとってはかなりの財産と言える。
『知らなかったわ。前はあちこちにいて、荷物を襲う邪魔者だったもの。そっかぁ……結構役に立つのね、お前』
絶命しているワイバーンの鼻先をつつきつつ、呟くイア。
そのとぼけたような顔は、その先のワイバーンを見なければ少女のそれである。
若干不思議な光景に感じる物がありつつも、ひとまず牙や爪などを切り取りにかかる。
その間に周囲の警戒は続けるが、追撃は無い。
「ふむ……これはあれか、これで打ち止め……はないよなあ」
『倍じゃ効かないぐらい気配はあるものねえ』
そう、イアの言うように山の方にはまだまだ大きな気配がある。
様子をうかがっている、というところか。ここから追い立てるのも苦労しそうだ。
このぐらいにしておこうと思う。
量は問題ないということで、あらかたイアの影袋に消えていく。
残るのはワイバーンたちに潰された草原や地面の跡ぐらいだ。
『どうするの? 狩りつくすの?』
「いいや、今日は後は警告ぐらいにしておこう」
少し離れたところ、つまりは後ろに進めばパンサーケイブがある、という位置に立ち、イアを横に置いて小山を見る。うん、まだまだいるな。
「こっち側は危ないですよっと。そいや!」
当てるつもりのない、広範囲の雷魔法。轟音と共に、光が舞う。
それを見たり、感じたワイバーンは本能で感じることだろう。
こっちに来るとこれが当たる、と。
ずっとは無理だろうが、しばらくはこれでこちら側への飛行を躊躇するに違いない。
「さあ、帰るか」
『そうしましょ』
そうして小山に背を向ける俺達だが、追いかけてくる相手は……いない。
そうして開拓のための土地を探しながらのゆっくりとした帰路。
岩場の陰で、夜営となる。揺れる炎を眺めつつ、そばに寄り添うイアの顔を伺う。
何が珍しいのか、ずっとイアもたき火を眺めたままだ。
『お兄様』
「ん?」
返事と共に、軽く引っ張られる感触。
イアが俺の胸元に手をやり、顔を肩に埋めていた。
いつもなら、ここで魔力を吸うように動くだろうイアが静かなまま。
『ミィの事、気持ちに気が付いてるんでしょう?」
何のことだ、とは聞かない。俺自身もどうしたものか、とは思っているのだ。
ミィは大きく成長してきた。赤ん坊から少女に、そしてその先に。
となれば自然と男女という物を考えるようになるのも当たり前だ。
「まあ……な。だけど、俺はミィの事を妹じゃなく別の相手としてみるのは難しいな」
『そりゃそうよね。ずっと家族だったんだもの』
イアに頷かれるように、俺はミィの成長をずっと見てきた。
家族でありすぎたというのは間違いない。ただ、それでも。
「ミィの気持ちが嫌という訳じゃあない。確かに、他の誰かと一緒に過ごすミィが想像できない」
そう、ミィが例えば獣人の男性を選ぶ光景が考えられないというのも事実なのだ。
兄馬鹿すぎるだろうか?
『いいんじゃない? どっちでも。ミィが一緒にいたいなら一緒で。その代わり、お兄様の我慢がどこまで続くかだけど』
イアの言う通り、後は俺の我慢次第だろうか?
正直、着替えなんかも目の前でされると困る。
「それとなく頼めるか?」
『ふふ、私はミィの味方というより自分も一緒に!って派よ? 他の男の目に入るようなことが減るように、はやってあげるけど。それ以上は難しいわ』
イアのもっともな提案を聞きながら薪を追加する。
このたき火ぐらい、わかりやすい物であれば簡単だけど……そうもいかないな。
静かな夜は悩みを燃料に過ぎていく。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




