074.女の子のキモチ
「ミィ、もう一人でもやれるから」
「だーめ、こういう時ぐらいお世話させてよ、お兄ちゃん」
ミィの布を持った手を止めるべく腕を動かすも、意外と力強い彼女の手によって逆にそっと止められ、尻尾まで絡んできたのでは無理やりほどくのも問題だ。
顔を見れば、拗ねたような、若干不機嫌そうに口がすぼまり、耳もぴこぴこと揺れている。
うむ、これは言うことを聞かない状況だな。
観念して椅子に座り、腰に大きな布を巻いて背中を向ける。
体や魔力の調子は戻って来たので補助はいらないのだが……ね。
「わかった。頼む」
「にゃふー、お兄ちゃんだってミィの体を洗ってくれてたもんね」
それはミィがもう少し小さい頃まで、とは口に出来なかった。
下手に口にしたら、じゃあ今度ミィも洗ってね、と言われるだろうからだ。
前の冬に体を拭いたこともあったもんな。動いてもよさそう、ということで療養所から出た俺は
ニュークにある宿泊所の浴室部分で久しぶりのお風呂を楽しもうとしていた。
入る前に、と体を洗うところでミィが「うにゃー!」と叫びながら乱入してきたのだ。
濡れてもいいようにと気を使ったのか、下着同然の薄い上下を着ているミィを見て慌てて前を向いた。
妹妹、とは思うものの、成熟して来たミィの体は直視には問題の出そうな綺麗な姿となってきている。
今もまた、まずは全体を拭くよ、と俺の腕をお湯で浸した布で拭く横顔にどこへ行くにもくっついてきていた頃の面影はない。
大きい背丈、というには低めの背丈だけど女の子はこのぐらいがいいのではないだろうか。
よいしょよいしょと、指先まで拭いてくれる姿に色々な感情が胸に飛来する。
「ミィ、ごめんな」
「なあに? もう謝ってもらったよ?」
怪我をしたことに対しての言葉だと思ったのか、こちらを向くことなくミィは布を動かす手を止めない。
子供の成長は早い、というには俺もまだ若いが、去年やおととしのミィとは別人のようだ。
笑顔や、照れる顔、仕草等はそのままで、ぐっと大人びた。
そんなミィに、戦いの空気を覚えさせてしまったことを気にしてしまうのだ。
女々しい、とは我ながら思う。既にミィ自身が選択したことなのだから、応援というのは違っても、共に並び立つぐらいはすべき、そうわかってはいるのだ。
「……お兄ちゃん、ミィね。最近、おとーさんとおかーさんの夢を見るの」
「両親の? だけど……」
その先は言えない。ミィ自身もわかっているはずだ。
彼女が俺と出会ったのはまだ言葉も喋れない、赤子の時。
しかも近くに両親はおらず、俺ですらその顔は知らないのだ。
「うん。わかってる。お兄ちゃんが助けてくれたんだもん。でもね、間違いないの。おーとさんだけど、お兄ちゃん」
「ん?」
どういうことだと問いかけようとした時、ミィは体を拭く手を止めて背中に抱き付いてきた。
薄い布越しに、ミィの体温を感じる。
「洗ってないから汚いんじゃないかな」
「ううん。お兄ちゃんの匂い、ミィは好きだよ。頼れる、一番の男の人の匂い」
一通り拭いてくれたとはいえ、汗の匂いなんかは取れていないと思ったのだが、ミィは逆にそれが良いとばかりに抱き付く手に力がこもる。
「俺には髭がはえてたか?」
「ううん。いつものお兄ちゃんだった。でもね、どっちもお兄ちゃんの顔なんだよね。可笑しいの。
起きて、イアちゃんに聞いたら笑うの、当たり前よって」
耳裏に自分の顔をこすりつけるようにすりすりとしながらミィは耳元でつぶやく。
まるで自分の匂いをうつすかのように。
「ミィのそばにはいつもお兄ちゃんがいて、お兄ちゃんが育ててくれたんだからって。
だから、当たり前じゃない?って言われたの。すごく、納得しちゃった」
「そっか……。お父さんって年じゃないが、嫌じゃないよ」
そう、ミィと家族というのは別に嫌なことではない。
それはそれとして、だ。
「ミィ、体はもう拭いてくれないのか?」
「にゃ? ふ、拭くよ? 洗っちゃうよ!?」
わき腹あたりで止まっていた手が再び動き出すが、それは先ほどまでと違ってどちらかというと俺の体をやや乱暴に拭いていく。
ミィの力だとそれでも別に痛いわけでもないが……気のせいか、ミィの息が少し荒い。
「疲れてきたのなら終わってもいいぞ?」
「大丈夫、大丈夫だよ。お兄ちゃん」
はっきりと言われてはそれ以上追及できず、ミィの手に任せることにする。
そのうち拭き終わったのか、わしゃわしゃと泡が体全体に広がっていく。
この石鹸もドワーフ産かエルフ産かで違うんだよな。
今度この辺でも作れないだろうか? そんな考えは、ぬるっとわき腹をミィの手が滑ることでかき消えた。
「お兄ちゃんって、大きいよね」
「まあ、大人の男だからな」
何故布ではなく手で撫でてくるのかがわからないが、それを指摘して辞めさせるのもおかしな話だ。
気のすむまでさせてやろうと思った。互いの息と、時折立つ水音が響く。
ミィの息がさらに荒くなってきたので、そろそろ止めようかと思った時、背中でミィの体が跳ねる。
「ミィ?」
「こ、このぐらいでいいよね!」
振り返るのとほぼ同時に、ミィは慌てて部屋を出ていった……なんだったのだろうか?
泡だらけの俺はぽかーんとするしかない。
ひとまず、泡と汚れを落として久しぶりのお湯を楽しむことにした。
ちゃんとミィは着替えたのだろうか、と思いつつ。
『あら、お兄様。長かったわね』
「ちょっとな。ミィは?」
部屋でのんびり浮いているイアと、寝転がっているルリア。
いつもならはしたない、というところだけど2人も激闘の後だ、のんびりする時間は必要だろうから特に怒らない。
それよりもミィがいないのが気になる。
「ミィちゃんなら、着替えて外に走っていった。うにゃああって叫びながら」
『そうね。顔を真っ赤にしちゃって。お兄様、ミィの体でも全身洗ってあげたの?』
とんでもない、洗われたのは俺の方だ。しかも、途中でやめられてしまったぐらいだ。
そんなことを言うと、ルリアは首を傾げていたが、イアはニヤニヤとこちらを見てくる。
『そういうこと。ミィも成長したってことよ』
「そうか? そうならいいんだが……」
いまいち成長することと途中で走り去るのがつながらないが、イアがそういうならそうなんだろう。
気になった俺はミィを探しに建物を出る。出がけに、イアの言葉が背中に届く。
だけど、愛してるって言ってあげなさいってどういうことだ?
幸い、ミィはすぐに見つかった。
すぐそばのカーラの足元で何やら足に縋りつきながら首を振っているのだ。
あれか、俺には言えない悩み事でも抱えているんだろうか?
もしそうだとしたら可愛い妹のためだ、何でもしてやらねば。
そう思い、俺は隠れることなく2人に近づく。
「ミィ、どうした」
「おおおおお、お兄ちゃん!? うにゃ、なんで!?」
びくーん!と耳も尻尾もまっすぐにして、ミィが飛び上がるようになる。
そんなに大きな声は出していないはずだが……。
「ミィが飛び出したって聞いてな。何か悩み事かなと思って」
「だ、大丈夫だよ。今からカーラちゃんと空の散歩にいくとこなの!」
ガウ?とカーラが首を傾げているようだが……。
ミィは止める間もなく、カーラの背に飛び乗ると困惑の顔のカーラが空に舞い上がっていく。
「……何だったんだ?」
女の子って、わからない。そんな平和な1日。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




