073.太陽はいつも昇る
中継ぎ的な。お話は動きません。
『はい、お兄様』
「ありがとう。うん、おいしい」
差し出される小さな手の先には切り分けられた果物。テイシアから運ばれた物資の中に混ざっていた物だろうか。
やや酸っぱいものの、それが逆に口の中をさっぱりさせていく。航海には必須かもしれないな。
「よかった。切るのはミィも手伝ったんだよ!」
『ほら、ベッドが揺れちゃうわよ』
元気よく跳ねるようにして、ミィが俺の横になっているベッドの端に手をかけ、結果として大きく揺らしてしまう。
「おいおい、俺は赤ん坊じゃないんだ。ゆりかごはよしてくれ」
「あ、ごめんなさい。でもよかった。お兄ちゃんが元気になってきて」
シュンとなった気持ちに連動するようにへなっとなるミィの耳を優しく摘まんで撫でながら、俺は出来る限り笑みを浮かべてミィを見つめる。
頑張った妹を褒めるのも兄の務めだ。
「そうだな。ミィが頑張ってくれたおかげで戦いは終わったんだ。
ミィ、ありがとう。肝心な時に失敗したお兄ちゃんでごめんな」
ミィのすべすべした顎を撫でてやると、くすぐったそうにしながらも撫でられるのを辞めない。
『私はともかく、カーラもしっかり参加してくれたもの。後で声をかけてあげてね』
「ああ、イアもありがとうな」
(本当に、今回は運が良かった)
一歩間違えれば、間違いなくあのまま戦いはダメな方向に進んでいた。
どのぐらいトライデントが力を吸えたかはわからないが、ある程度でも俺の力を吸われ続けていたら厄介この上ない。
事前の話から、そういったことを想定して動くべきだったのだ。
守るべき相手に守られる、さすがにな……と、そんな俺の顔に影が差したかと思うと、額に衝撃。
「ルリア?」
そこにはいつの間にか部屋に入ってきていたルリアの姿があった。
手には何かが入った器。そんな彼女が、俺の額に指でばちんとデコピンをしていたのだ。
珍しいそんな姿に、思わずまじまじと見つめてしまう。
「にーに、悪い事考えてた。家族、助け合う、きっと普通」
淡々と紡がれる言葉は、俺の胸に突き刺さった。
他でもない、彼女自身はそんな家族の助けを得られず、そうしてここにいるのだ。
反省の念を込め、ルリアにお礼を言うと、返事の代わりに持っていた器を差し出された。
受け取り、覗き込むとお世辞にもおいしそうとは思えない色と匂い。
「薬草茶。特効薬が無いからそれで治す」
『そっか。毒の種類はわかっても治す手段があるかは別問題よね』
ルリアは無言でうなずき、飲む、と小さく一言。
彼女の作った物だから、飲めないということは無いだろうけど、なかなか刺激的な姿だ。
「ううー! 限界! 飲み終わって換気したら呼んでね、お兄ちゃん!」
この中で1番鼻の良いミィにはきつかったようで、イアを引き連れて部屋を飛び出していく。
後に残されたのは、俺とルリアの2人だけ。この部屋のけが人は俺だけだ。
「ルリアはいいのか?」
「味見、した。だから慣れた。それに、にーに心配」
椅子に座り、静かにこちらを見るルリア。こうなれば飲まないわけにはいかない。
味が気になるが……それに口を付け、俺は恐らくこれまでの人生の中でかなり上位に入る我慢を示し、飲み干した。
味を、味をなんとかしよう、ルリア。本心からそう思うシロモノであった。
その代わりに効力ははっきりしており、飲むまで体全体にあった倦怠感や妙なざわめきが収まっていく。
「ふう……良い感じだ。ありがとうな」
「いい。にーにが自分たちを助けるのが当たり前なら、自分たちがにーにを助けるのも、当たり前、でしょ?」
確かに、その通りだ。互いに支え合う、それが家族。
俺は大事な事をルリアに教わり、その頬を撫でることで応える。
静かな時間が過ぎていき、その後3人はしばらく会話をしていたが、日も暮れてくるということで寝る場所へと向かった。
そうして俺一人、けが人の収容されている建物の中に寂しく残ることになる。
3人は泊っていく、と言っていたが寝る場所がないのだからとなんとか説得した。
一人の時間が欲しいというのもあったけどな。
(トライデント、恐ろしい力だった)
横になりながら右手を伸ばし、握る。体自体は問題なく動くのだが、どうも魔力の巡りがおかしい。よほどの毒だったらしいな。
勇者の力を持っていても、肉体自体は無敵というわけではないと前にも言われていたのに……情けない。
幸いにも、ルリアの話によれば残っている物は数日で消えるはずとのこと。
ルリアは医者にでもなれそうだな。戦いはミィ達の魔法で再生しきれなくなった海魔の親玉の消滅により大筋で決まったらしい。
後にはトライデントしか残らず、本人は消滅したそうだ。
親玉の、指揮する海魔のいない集団は本当に烏合の衆でしかない。
数は厄介だが、見た目ほど全部は襲ってこない。
個別の対処が続き、いつしかミィ達の大魔法で生じた穴や溝にまで海魔の死骸が重なっていったという。
トライデントに関しては最終的にはため込んだ力も放出され、ただの槍同然に戻っていたとのことだ。
その証拠に、壁に立てかけられている三又のソレは禍々しさを感じない。
それでも武器として形は残ったというのだから恐ろしい。
そう、トライデントはここにある。ヴィレルやヴァズは、外交関係が忙しい上に誰に見られても困るのでおいておきたくないという。
その話自体はわかるので、意識がはっきりしてきてすぐにカヤック将軍に連絡を取り、引き取りを依頼した。
速ければ今日の夜にでも、と建物の外になじみのある気配。噂をすればってやつだ。
「邪魔をする」
「こんな格好で悪いな」
のそりと、魚顔の海魔が部屋に入ってくる。
そう、カヤック将軍だ。後ろにはトーボも一緒だ。
「何、戦いでの負傷は何であれ尊い物よ。あやつ相手となればなおさらだ。それが例の?」
「ああ、この槍がそうだ。どうする、砕くか?」
砕く、のところで後ろのトーボが大きく体を揺らす。
まあ、それはそうだろう。トライデントは海魔の秘宝そのものだ。
間違った使われ方をしたから、はい壊します、とは言いにくい。
「そうさなあ……何とも言えんが、被害者は今回は魔族達だ。不安があるようであればそれに従おう」
「潔いな。それはそれとして、ここによくこれたな?」
俺自身も悩むところなので、時間が欲しくてそんなことを口にした。
この前まで争っていた相手と同じような姿の海魔、さすがに堂々と歩いてきたとは思えないが……。
だが、そんな考えは見事に打ち砕かれることになる。
「うむ。あの頭目たるヴィレルと言ったか? 彼女がわざわざ海岸からともに歩いてくれてな。しかも、案内と紹介をしながら。驚いたが、ありがたく案内されたよ」
「ヴィレルが!? なるほどな……」
魔族至上主義を良しとしない彼女の事だ。
分かり合えるなら海魔でも同じ、というところか。
実際、海魔もアーケイオンの祝福を受けたはずなのだ。
種類が多すぎて把握しきれないのは問題だが。
ともあれ、街の天辺が自ら付き合って見せることで海魔にも話が通じる相手がいると街のみんなに強調したわけだ。
「将軍、そろそろ」
「む? おお、さすがにこれ以上は我々が乾いてしまう。
トライデントだが、1本切り取ってくれ。それを魔族側が持ち、残りを引き取ろう。二又ではただの槍だからな」
将軍に頷き、トライデントを手にして構えてもらう。
俺は上半身を起こし、横にたてかけてあった魔鉄剣を手にする。
「……これで今、私が君を突くとは考えなかったのか?」
「どうだろうな。不思議とそう思わなかった。現に俺は無事だ。よし、行くぞ」
上半身のみで横向きに抜き放った魔鉄剣は、僅かな手ごたえの後、トライデントの三又の内、外側の1本を見事に切り落とした。
誰かが使っていなければ神代武器とてこうなるか。
どこか寂しい気持ちを抱えながら、剣を鞘に納める。
「助かる。細かい打ち合わせは後日だな。さらばだ!」
来た時と同じく、素早く将軍は立ち去って行った。
後に残るのは俺一人と、トライデントの1部。
明かりを消すと、窓から差し込む月明かりが部屋をやさしく照らす。
(速く、治さないとな)
俺のため息も、静かに部屋の中に消えていく。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




