071.海魔の宴
海魔の恐ろしさは、その数にある。
なにせ、相手は光届かぬ深海にまで無数の眷属が潜んでいるのだ。
その姿は異形の一言。以前遭遇したようなイソギンチャクの様な相手から、貝、蟹、よくわからない虫等様々。
そんな中でも、魚の様な姿の物は少しばかり他と違う。
地上に上がってこられないというのが1番の弱点だけどな。
「水中のは、やれる奴に任せろ!」
飛べるやつだけついてこい、と叫んで俺は逆に水面を駆ける。
怪我をして翼を失ったという設定で通している俺は空を飛ぶわけにもいかないのだ。
長時間は難しいが、短時間であれば空を舞える魔族の戦士たち。
地上に上がった海魔は他の面々や獣人らに任せ、水中からブレスのように水流を放ったり、邪魔をしてくる奴を優先的に上空から狙っていく。
幸いにも、海魔の多くは柔らかい。貝やカニのような甲殻を持つ奴ら以外は刃物が容易に威力を発揮するし、魔法もその体を撃ちすえる。そんな戦いが、入り江全体で始まっているのだ。
こちら側にはヴァズもおり、少数精鋭の部隊が縦横無尽に駆け抜ける。と、一際大きな音が俺の向かう先で響く。
太陽に負けないほどに波打ち際を照らす赤い炎。
その音の主はここからでは見えないが、恐らくはヴィレルであろう。
「まったく、大将自ら出てくるなんて」
「魔豹ヴィレルの名前は今でも健在ということですね」
誰にでも無くつぶやいた独り言。すぐ上を飛ぶ魔族の青年がそれに答え、そのまま近くの背びれに向けて魔法を放つ。
飛び上がり、彼を餌食にしようとしていたクシャーが肉塊となって沈む。
「らしいな。さあ、まだまだだ!」
足裏に魔力領域を集中して展開、大きく飛び上がることで巨大なクシャーの突撃を回避、そのまま真下に指先から雷撃1つ。
この戦いだけで雷を扱う神様への祈りがすごいことになりそうだな。
あちこちで響く雷撃の音に、そんなことを思う。
「今日からは新しい二つ名の魔族が増えそうですね……」
近くにいたそんな魔族のつぶやきに答える暇はなく、戦場を駆ける。
本命はまだ来ていない。となればその襲撃には警戒を続けなければいけないのだ。
地上での戦いは順調のように見える。元々、海魔は地上での戦いを好まない。
それにも関わらず、わざわざ上陸してくるのは間違いなく、地上の生き物を下に見ているからだ。
もっとも、今前線に来ているような海魔たちは上位の海魔に命令されたらそれに従ってしまう様な生き物ばかりなのだけど……。
対岸へ渡り切り、そのままこちら側の戦闘に参加する。
戦う中には、明らかに普段は街中にいるだろうという姿の人もいる。
皆、募集に対して立候補してくれた有志の人達だ。
1人1人はそんなに強くないとしても、怪我に気を付けてまとめて戦えばなんとかなる。
というか、お互いに数が多い。
なんと、パンサーケイブやテイシアと言った北と西は魔物対策の兵士だけを残し、後は全部こちらに注力しているそうなのだ。
物資の移送だけでも相当な物になるはずだが、ここまで賭けにでてくれるというのは驚きしかない。
既に西側の魔族領は襲われたという中、ここで何かしてくるような同族はいないと信じたいし、もしそうなら、全力でたたき返すだけだとヴィレルは言っていた。
(もしそんな奴がいたらカーラのブレスで焼肉にしてやらないと……)
我ながら物騒だなと思いながらも剣を振るう手を、魔法を放つことを止めない。
カーラは温存という名前の待機中だ。今前線に出すと、相手が逃げるんじゃないかと考えたからだ。
それだけ火竜という存在は衝撃的だからな。
徐々に水中で動かなくなる海魔が増え、地上も砂地が異形の躯で占領されていく。
対してこちら側は負傷による撤退はあるように見えるけど、戦線が崩れたという状況は今のところ、見えない。
戦場自体は広いので俺が見えてないだけかもしれないが……。
さて、人型海魔の話が事前の通りなら、このまま負けることを良しとしないはずだが……。
「ようやく……か」
明らかに異質な気配が複数、沖合から接近してくるのを感じた。
どうやら本命の用だ。ひとまず、ミィたちがいる区画を背にするように移動していくと、海上から太い雷撃が雷撃が放たれた。
「見え見えだ!」
聞こえるはずもないが、叫ばずにはいられない。
大技を放つのに、こんな見え見えの気配で当たると思っているのだろうか。
特に魔法名のない魔法障壁が俺の前に大きく展開され、雷撃を受け止める。
弾き飛ばされる雷撃の光が周囲を青白く照らし出し、周囲に飛び散っていくと海魔たちを巻き込んだ。
幸い、こちら側の戦力は近くにはいなかったようだ。
大きく後退し、味方へと叫ぶ。
「本隊が来たぞ! 人型は強力だ!」
そうして、海の生き物然とした海魔たちとの戦いから、人型の海魔との戦いに戦場は変化していく。
こうなってくると普段戦っていない人たちはまだいる生き物側の海魔に回ってもらうことになる。
俺は正面の人型海魔たちを睨みつける。
(聖剣は……下手に抜けば勇者だと丸わかりだな。それに威力が高すぎる)
俺の自主的に封印状態の聖剣、それはある意味諸刃の力だ。
武器としては申し分なく、1人で高位竜と戦って勝つなら必須だろう。
ただ、聖剣はただの武器ではない。ひどく物好きなとある神様が俺を気に入ったからと力をこれでもかと込めたその神様の分身とも言えそうな、その意味では強すぎる剣なのだ。
一度振るえばカーラとて輪切りは免れない。
その上、勝手に剣閃として不可視の刃が飛んでいくのだからどうしようもない。
手加減の効かない、決戦武装なのだ。こんな入り組んだ戦場では使えないし、その輝き、神々しさは勇者のソレ以外ありえないのが丸わかりである。
だからこそ、今は魔鉄剣を構える。
鍛え直し、いっそのこと、と魔力をひたすら通してみた唯一品だ。これなら……打ち負けるということはあるまい。
先に迎撃すべく、前に飛び出すと明らかに他と違う一団が見える。
『ギギ、情けない奴らメ!』
(おやおや、最前線に来るのか、意外だな)
耳に届く声、口調、どれもが声の主が人型海魔でも上の方にいるのだろうと感じさせる。
あるいは演技かもしれないが、それは無いだろうと思う。
ギラギラと野望の光る眼、力溢れる体躯。不揃いな翼……翼?
「はぁあああ!」
『ギッ!?』
目にした違和感ごと切るように、海面を駆けて魔鉄剣を一閃。
が、横合いから飛び込んできた別の海魔がかばうようにして間に入って来たので仕方なくそちらの海魔が剣の餌食となる。
勢いそのまま駆け抜け、飛び上がってそいつを観察する。
俺を見失ったようにきょろきょろする親玉らしい海魔。
手にしていたのは三又の槍、間違いなくトライデントだろう。
だが、その姿は……控えめにいって謎だった。姿そのものは人型の海魔なのだが、その背にはわずかに翼があった。
それに、体のあちこちもどこかおかしかった。それでいて、弱っているといった感じは受けない。
「そういう……ことか」
落下の勢いを緩めず、魔鉄剣を上段に構えたまま気合を込めた。
『ギ?』
ようやく、本当にようやく上の俺に気が付いたようだが遅い。
野菜を輪切りにするかのように、その海魔は2つに割れる。
水音を立てて、海中に沈んでいく海魔だったモノ。
(後で回収しよう)
一緒に沈んだトライデントが少し気になるが、今はまだ戦いを続けている場所の支援が先だ。
途中のよくわからない異形も切り捨てつつ、俺はミィ達のいるはずの場所までいったん戻る。
そこにはミィを前衛に、奮闘している彼女たちの姿があった。
今のところ、怪我はしていないようだ。
「お兄ちゃん!」
「ミィ、無事か! イア、ルリアも、怪我はないか」
動きの速いミィを前衛に、イアとルリアが支援に回っているらしい。
彼女らの周囲には他の人より死骸が多いのは俺のひいき目ではないように思う。
「勿論! お兄ちゃん、親玉は?」
「ああ……あいつらなら」
それは油断。勇者である自分なら相手が誰であろうと、勝てるはずだという自負にも似た物。
いや、規格外は自分たちぐらいであろうという思い込みであろうか。
海上に産まれる、これまで感じたことの無い気配。振り返った俺は見た物は、海上でトライデントを構える、2つに切り裂いたはずのあの海魔だった。
何を言っているかはわからない。
でも、これまでの戦いの経験がガンガンと危険を知らせてくる。
相当な勢いを感じさせ、投擲される槍。僅かに俺からそれていく先には、ミィ。
「危ない!」
かばうようにして抱きかかえなかったのは、その槍を受けるわけにはいかないというカンのためか。
とっさにミィを突き飛ばし、自身も腕をひっこめる予定だったが……。
「お兄ちゃん!」
僅かに遅く、三又の槍が俺の右腕を貫いていた。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




