067.魔王の皮を被った少女のお話
私達の目の前でお兄様が自分の首に手をかざす。
止める間もなく、降ろしたその手にあるのは首輪。
(ああ……お兄様)
感じるはずもない胸の痛みを、私はその時感じた気がした。
見つめる視線の先で、自分と同じような姿をしていたお兄様の翼が消えていく。
後ろからだとよくわからないけど、顔の色も戻っていってるのだと思う。
人間の、出会ったころの姿に。
お兄様と向かい合っているヴィレルとヴァズには驚きが満ちるのがここからでも十分にわかる。
そりゃそうよね、目の前に人間が出てくるんだもの。それが、きっと親友と思っていた相手ならなおさら。
逆上して襲い掛かってくる可能性を考え、身構えた私だけどそれは無駄だった。
笑い声をあげ、ヴィレルは人間であるお兄様を受け入れた。
彼女の瞳に灯る光は戦士の物。かつての私が、唯一信用した強い光。
いざとなれば私が足止めをして、ミィが突撃、ニーナの瞳の力も借りてこの場から脱出。
カーラに飛び乗りながらどこか誰も知らない場所へ。
そんな想定をしていたのが全部無駄になったけど、一番良い無駄のなり方かな、と安心する自分がいた。
(どれだけ心配してたのよって話よね)
一人、見えない角度にうつむいて自嘲気味に笑みを浮かべる。
心にわずかに残るのは、お兄様が見た目だけでも自分と同じでは無くなってしまった、というつまらない嫉妬。
でも、人はこんな些細な気持ちから大事になっていくのだから気を付けないといけない。
かつての私が、心を殺して魔王となったのもこうした何でもない気持ちが始まりだったのだから。
飛び出そうとするミィとルリアをそれぞれの手で制しつつ、状況を見守る。
幸い、ヴィレルとヴァズは思ってる以上に理性的な人だった。
(彼らのような魔族が魔王時代にもっといたら世界は違ったのかしらね)
返ってこない答え、ありえないもしも、を考えてしまうほどには私は今の状況をうらやんでいるらしい。
もう、お兄様は……運が良いんだから。理解者、そして共に寄り添える相手がいるなんて、ね。
そうしてるうちに義身の首輪を装備しなおすお兄様。
既に見慣れてしまった翼が広がるのを見て、ひどく安心してしまった自分にまた小さく息を吐いてしまう。
お兄様は、種族が違っても気にしないであろうというのに、だ。
彼をお兄様と慕ってしまうのは、かつての私が甘える相手がいなかったからだろうか。
あるいは、自分の責任を代わりに持って行ってもらえる相手を求めていたのかもしれない。
なんとなく、お兄様ならどちらもあるのかなと思ってしまう。
きっとお兄様は、時には困った顔をしながらも、全部持って行ってしまうだろうから。
イアは笑ってないとな、なんてことを言いながら。結局、みんな背負うつもりなのだ、あの人は。
(いけない、止めないと)
なおも納得しきっていない様子のヴァズの前に、お兄様は自分の体をさらそうとしていた。
お兄様らしい行動だけど、それはいけない。ミィとルリアは、私が促すまでもなく、ほぼ同時にお兄様に向けて歩いていた。
お兄様へ向け、気持ちを正直に告げるミィとルリア。
『だそうよ。もちろん私もね』
自分も恥ずかしさはあるけれど、嘘はない。
その後は話し合いは上手く行ったようで、落ち着いた雰囲気が部屋に満ちていく。
そんな時に、ヴィレルの口から語られる、かつての私。
彼女の祖母から聞いたという話は、普段この大陸や、レイフィルド大陸で聞くような魔王の話ではない。
魔王となってからの私の話が強烈すぎて、いつしか忘れられてしまった、魔王ではない部分の私の話だ。
(結局、私にはほとんど残してないんだもの。それだけ大事なのか…それとも)
いざという時の予備としての私に、魔王になる前の記憶がほとんどないのは……。
好意的に考えれば、自分だけの思い出にしたかったと思えるけど、断片的に残っている記憶からすると、残せるほど、改めて思い出したくないからじゃないだろうか、と思う。
ヴィレルの話と照らし合わせつつ埋めていくと、かつての私は魔王も勇者もいない、人間と魔族の戦争のさなかに単身、いきなり飛び込んだのだ。
(争いを止めないならどっちも吹き飛ばす!なんていきなり来た少女に言われて聞くわけないのにね)
かつての私の行動に、内心であきれつつ、笑ってしまう。
まるでお兄様みたいだな、と。ただ……私が介入した頃には、どちらも矛を収めるには死人が出過ぎていた。
これで私が魔族でも人間でもない、ドワーフやエルフだったら話が違ったかもしれないけど、かつての私は、魔族だった。
結局、魔族の味方というか、死なせたくないと思っていつしか頭目の様なことをし始めたら魔王と呼ばれてしまったのよね。
なまじ、力で押さえつけられるほどに差があるのも良くなかった。
段々と自分は心を殺していかなければ我慢できなくなっていったのだ。
しがらみや、期待、恨み、恋慕、そういった感情は1人が受け止めるには大きすぎたのよね。
ま、だからといって疑似家族を作るのもどうかとは思うけど。
不利な戦場で上位神の魔法で戦況を覆せば、それはもう次から当たり前の物になってしまう。
欲望、あるいはそう言ったものは人間も魔族も一緒。
もしかしたら、自分が動けば魔族の子供は被害を受けなくて済む、なーんて思ったのかもね。
(……結局は、その魔王の力への恐怖で人間は……子供でも容赦しなかったのだけど)
ヴィレルの話は、そんな魔王を見守り続けた1人の有力な魔族の話だった。
彼女は魔王が最初に戦場に乱入した時から、結局最後までそばで私を見続けたらしい。
同時に、声をもっとかければよかったと後悔していたとも。
自分たちがもっと、怒りではなく事実に意識を向けていれば、彼女はもっと彼女らしい生き方が出来ただろうと。
(何よ、ちゃんと見てる人がいたんじゃない。なにやってたのよ、私)
ま、本人はそれどころじゃないぐらい、男どもの手から自分を守るのに必死だったとは思うけどね。
お兄様ぐらい紳士……いえ、お兄様の場合は少々へたれってやつかしら?
私相手なら出来ることもないのに……ま、そこが可愛いんだけれども。
話が終わり、今後の相談に移ったところでお兄様の横に立ち、腕を取る。
『大丈夫よ。私達もいるし、街の皆もいるもの。お兄様は自分がやりたいようにやれば、きっと大丈夫』
そういってちょっと困った顔をするお兄様も、大好き。
そう、大好きだ。今度の私は、遠慮しないと決めたのだ。
私達を見て笑うヴィレルはとても楽しそうだ。彼女も、色々と思うところがあるのだと思う。
結局、次に私たちは海辺に新しくできた村というか町の補助に回ることになった。
敢えて派手にやって、例の海魔を呼び寄せてやろうじゃない。
たかだか海魔1人、何する者ぞ、よね。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




