066.魔王とは、勇者とは。
こちらを無言でむいてくれたヴィレルとヴァズに向き直り、俺は静かに目を閉じて、深呼吸。
「俺は……2人に隠している大きな秘密がある」
「そんなにもったいぶった言い方をするとは、よほどのことと見えるな」
時代を生き抜いた者の強さだろうか。笑みを浮かべたまま、頬をつきながらヴィレルが俺を見つめる。告白の前に、確認しておきたいこともある。
「ああ。その秘密にかかわることだが、2人はこの瞬間にかつての魔王様の力をそのまま手に入れたとしたらどうする? その力で何を成す?」
「想像することもできんが……悩むと私は思う」
「少なくとも、ちょっとした戦には使いたいとは思わぬな。話に聞くあの方の力はまさに魔の王。
使うとしたら、話の通じないどうしようもない場合や、天災に対してであろうな」
俺は無言で、その答えに頷く。背後にいるミィ達の視線を感じるが、振り返ることはない。
「もう1つ。もし、人間が交易を求めてきたらどうする? 魔族や獣人を、交渉相手として認めてきたら、その手を取れるだろうか?」
俺のさらなる問いかけに、2人に緊張が走る。
実のところ、この話は魔族の間では禁断の問いかけでもあるのだ。
どうやっても、徹底抗戦、あるいは滅ぼすべしという立場と同じところまで堕ちてどうするのだというような立場がぶつかり合う。
場を乱したいときにだけ口に出されるような問いかけなのだ。
でも、俺は敢えてそれを口にした。
「ラディ? いや……友よ。一体何を……」
「……人間にも魔族にも、種族にこだわる者やその類は確実にいる。
現に私も親族を人間の兵士に殺されている。……が! だからといって大陸に乗り込んで殺戮の限りを尽くせとは思わぬ。
いつかどこかで、誰かがその一歩を踏み出さねばならぬのなら、私がその手を取ることができるなら一番いいと思う。これでいいのか?」
戸惑いのヴァズの声を遮るように、探るまなざしのまま、ヴィレルが俺へと感情のこもった言葉をつきつけてくる。
彼女は薄々と、俺の言いたいことを察しているような気もする。
「ありがとう、2人とも。何があってもミィ達は見逃してほしい」
「だから何を……なっ」
俺は一息にそういって、ヴァズの答えを待たずに首輪を手にした。
そう、俺の姿を魔族にしてくれていた義身の首輪を外したのだ。
実際にそういった変化はないはずなのに、妙な解放感に全身を任せ、目を閉じた。
眼前の2人に驚きの気配が生じるのがよくわかる。
それはそうだろう。
こんな魔族の大陸の真ん中に、人間がいるのだ。
「く……くふっ……ふふ……はははははははは! そうか、そういうことか! 喜べ、息子よ。
いつも言っている望みが叶うぞ? 魔族の誰よりも強くありたい、というな!」
ヴィレルは普段の為政者としての瞳から、女戦士の覚悟の光が灯る瞳へと変わり、高笑いしながら椅子から立ち上がる。
「母上? いや、冗談ではないのか……なぜ……とは言うまい」
随分と陽気なヴィレルに対し、やや落ち込んだ様子のヴァズ。
対照的な親子の姿に俺もやや戸惑いを覚える。
ミィ達は互いに寄り添ったまま、状況を見守ってくれているようだ。
「わからんか? まあ、そうであろうな。ただの人間の戦士がここまで生き残れるものか!
冬の海を渡り、ソーサバグを容易に退け、果ては火竜までも仲間とする。そのようなことが出来る存在は魔王以外に1つしかあるまい」
「魔王以外……信じられんが、それしかないか……」
ヴィレルの後継として、日ごろから研鑽を積んできたヴァズ。
だからこそか、目の前の状況の異常さを俄かには飲み込めていないようだった。
納得したような言葉を口にしながらも、揺れる瞳が俺を見る。
「人間の一方的な正義の勇者はもうごめんだ。そう思ったらここに来るしかなかった。俺は……ミィ達と平和に暮らしたかったんだ」
つぶやき、義身の首輪を再装着し、姿を戻す。
俺はこちらを見つめたままのヴァズから視線をそらし、腰に身に着けたままの魔鉄剣を鞘ごと外し、彼の前に置く。
「許せなければそれを抜いてほしい。でも、そうでないのなら……これからもここで暮らしたい」
「息子よ、母はもう腹を決めている。自分で決めるのだ」
卑怯だなと思う自分の気持ちと、ミィ達だけはなんとかと思う気持ちがせめぎ合う。
ヴァズはのろのろとした動きで鞘に手を伸ばし、魔鉄剣の柄に手をかける。
さあ、とヴァズの前に体をさらしたところで、後ろに引っ張られる。
「ミィ? イアも……ルリアまで」
ずっと状況を見守っていた3人が、俺の体を後ろから抱きしめ、腰に、肩にしがみついてきた。
「お兄ちゃんがいないならミィ達だって、死んだのと同じだよ」
「にーにがいない世界は白黒……意味がない」
『だそうよ。もちろん私もね』
3人の瞳が前を、ヴァズとヴィレルを見る。
「ははっ、これでは俺の方が悪人ではないか。ラディ、1つ聞かせてくれ。
人間と魔族、どちらかが相手が生きていることを認めないがための戦争を起こしたら、きっとラディは片方を止めるのだろう。では、互いを認めたうえでの争いが起きた時、ラディはどうする」
じっと、ヴァズの瞳が俺を見つめる。
俺はゆっくりと彼の言葉をかみしめながら、首を振った。
「どちらの味方も出来ないな。いっそのこと、両方とも止めようと上位魔法を連打して戦場をなくすぐらいしか思いつかない」
正直に、俺は自分の気持ちを口にした。
実際、どちらの側についたとしても問題は大きいのだ。
「ふはははは! 聞いたか、息子よ。今の言葉を、人間が言ったのだ。運命というのはこうも面白いものか」
「……私は友を信じる。これは返すぞ」
何が面白いのか、笑うヴィレルの横でヴァズは真面目な顔になり、俺に魔鉄剣を返してきた。
それを受け取りつつ、ヴィレルへと向き直る。どうやら彼女の何かに俺の言葉が響いたらしいが……。
「魔王と勇者の戦いは大きく改変され、世の中に伝わっているのだよ。
人間にとっては勇者が勇者であるように、魔族にとっても魔王は勇者のように美化されている。
だがな、実際には大きく違うのだ。祖母に聞いた話だがな……魔王は、魔王様はな。
すでに始まっていた両者の争いを止めようとして止めきれんかったのだよ」
昔を思い出すためにか、遠くを見る瞳でヴィレルは祖母に聞いたという過去を呟いていく。
魔王と勇者、その戦いがどんな背景を持っているのか。俺にはよくわからなくなっていた。
ただ言えるのは、何故俺にその力が備わっているのか、疑問を抱いても誰も答えてくれないということだ。
普段は饒舌な上位神たちでさえ、それに答えてはくれない。
「家族を失い、友を失い、誰に怒りをぶつければいいのかわからない魔族が多すぎた。
しかし、その感情のままに戦っていては終わりはない。
だからこそ、自分が魔族をまとめ上げ、方向性を同じくすることで終わりを作ろうとしたのだ」
なおもヴィレルからは過去の話が飛び出していく。
かつての時代、その時に、戦いを止めるべく人知を超えた魔法を戦場に打ち込み、両者の動きを止めた少女の物語を。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。




