062.ランランランサー
「ひとまず、その怪我では辛いだろう……そう睨むなよ。ほら、これでいいか?」
癒しの光を手に灯すも、当たり前のことだが若い方の海魔に警戒され、視線が突き刺さる。
仕方がないので、自分で自分の腕に剣で傷を作り、そこに魔法を使って見せる。
「見事な物だ。助かる」
有無を言わせぬ、という態度で若い海魔の前に体を出して将軍が俺の光に身を任す。
その怪我の具合と数に内心の驚きを隠せない。
(よくもまあ、これでこうも静かなものだ)
何もなければ死んでしまう、ということは無いにしても痛みに体が動かないぐらいの怪我が背中に隠れていた。
「お兄ちゃん、薬草とかいる?」
「ミィちゃん、海魔は体の造りが違うから効かない」
心配そうな顔でそれを見るミィがおずおずと手を上げながらそんな提案をしてくれるが、ルリアの言うようにあまり意味がないのだ。
見た目こそ似ているが、海魔と地上の生き物、人間や魔族、獣人などとはなぜか薬などの作用が違うのだ。
そして、祈る神もまた……でも同じ神に祈れないわけじゃないはずだ。
『とりあえず、名前も無いと不便じゃないかしら』
「将軍、でよければそう呼ぶが」
見る見るふさがっていく怪我を前に、イアが何でもないように言う。
実際には俺はこの将軍の名前を知っているのだが、今の俺が名前を知っているのは不自然だ。
ここは乗っかっておこう。
「おお、そうだな。本当の名は人には呼べまい……カヤックとでも呼んでくれ」
「……トーボです」
正直、この顔でこうもしっかりと言葉をしゃべるのが不思議だったが、こうして近くで見るとわかる。
常に口元に魔法がかかっているのだ。
ぱくぱくと口を動かすたびに、ほんのわずかに遅れて聞こえるのはそのせいなのだろう。
「さて、カヤック将軍。海魔と会話ができているというのも驚きなのだが、魔物ではなく武器を持った相手に襲われてけがをしているというのは?」
「なるほど、抜け目ない物だ。怪我からそこまで見抜くか……ふむ、簡単に言うと追いかけてきた同胞に返り討ちにあってな……」
我ながら情けない、と言いながら語るカヤック将軍だが……。
正直、魚顔なのでわかりにくい。話すと良い人なんだけどな……。
ともあれ、語られた内容は海魔の世界もめんどくさいんだなという物だった。
これもまたよくありそうな権力闘争。
世界には俺の知っている大陸以外にも大陸があり、海もまた、その数だけある。
カヤック将軍の所属している海はその中の1つでしかない。
1つ1つの海は広いが、それでも隣ある領土……いや、領海か、それらの情報が入ってこないでもない。
不思議なことに、このダンドラン大陸の南西から北西側は2つの海の境界があいまいなのだという。
つまり、2つの海の勢力がにらみ合う場所なのだというのだ。
それでも海の中に生きる同胞同士ということで表立っては敵対してこなかったそうだが、ここにきてそれは変化を見せ始める。
地上の相手を甘く見ないほうが良いと考えているカヤック将軍側の海魔と、そうではない生き方の海魔の内部での衝突だ。
カヤック将軍は主に南東側にいるが、その対立する海魔は西付近を担当としているらしい。
ん、そうなると……。
「少し前に南というか大陸の南東で海魔が指揮官なしに出てきたことがあるんだが」
「うむ。そやつが引き起こした事態だろうな。私の目を向けさせるためだった」
渋面(だと思う)を顔に張り付けるカヤック将軍の語るところによると、結果として、その場面で相手の海魔はとんでもないことをしたらしい。
それは封印されていたという1つの魔槍の持ち出し。
「海に生きる者の最悪の相手ともいえる雷撃、それを己の物とする魔の槍。
侵略されたときにのみ下肢されるそれを勝手に持ち出したのだよ」
『何がしたいと言ってるわけ? まさか、全部の海の統一とでもいうの?』
イアの呆れたような言葉に、カヤック将軍だけでなくトーボも神妙な面持ちで頷いた。
(世界征服ならぬ、世海征服……か。戯言が過ぎるな)
戯言、と俺が心の中で断言するにはいくつか理由がある。
1つはとても現実的ではないという海の広さ。もう1つは、海竜の事だった。
「だが、聞いた話によれば高位竜の海竜シルドラはむしろ、水と雷のブレスを得手とする凶悪な相手だ。
その槍がどれだけ強いかはわからないが、有利な要素はどこにもなさそうだが?」
「その通り。それがこの怪我の原因だ。奴は、地上の力を手に入れて、それを使って海竜に対抗しようとしたのだ。
そううまくいくはずがない、と止めようとした私をこのように退けたわけだが……」
おかげで今は怪我はないが、と腕を上げて見せるカヤック将軍。
俺は腕組みしながらちらりとイアに視線を向けるが、彼女は無言で首を振る。
つまり、魔王の知識からしても高位竜には力押し以外に方法は無いということ。
「エルフの魔法もあくまでも地上用……海魔に使えるとは思えない」
小さくつぶやかれるルリアの言葉がさらにそれを肯定する。
そう、何をその海魔が求めているかがわからないが、事、海上か海の中での戦いとなればやれることは多くない。
精々が、自分が以前やったように顔を出している場所への攻撃ぐらいなものだ。
それでも潜られたらなかなか当てるのは難しい。
「私もそう思うのだが、かといって当てもなく動くとは思えぬ。何か、あると思うだ」
考えこむカヤック将軍の言うように、何か策をめぐらそうと思えるだけの頭があるなら、高位竜との戦力差、実力差はわかっているはずだ。
思考による沈黙が場に下りる。槍を奪っても切り札にはならない……それがどうして……んー?
「カヤック将軍……その奪われた槍って、もしかして海魔の祖が使っていたという、打ち据え、貫き、従えるというあのトライデントのことか?」
俺はかつて、上位神の1柱から何かの時に聞いた、伝説の武器たちの事を思い出した。
そう、無秩序だった海魔たちを従え、多くの海を支配下に置いたという海魔の祖が使っていたという武器の1つ、トライデント。
今も海魔たちがカヤック将軍の様な相手に従うのは本能でその時のことを覚えているからだという話を聞いたような気がする。
そしてこの槍、伝説の通りなら倒した相手の力を己の物とするのだ。
だから、海魔の祖は足も複数、手も複数、そしてその手足から無数の魔法を撃ち出し、さらには命すら複数持ったという。
化け物中の化け物だ。
「然り。驚いたな、それを知っている地上人がいるとは」
カヤック将軍の目が、驚きに白黒している。
いや、なんだか気を抜くと笑いそうな光景だな。
『そうか……お兄様、そういうこと?』
「魔王候補の襲撃……切り札じゃない、地力を高めようとしてる」
イアとルリアが言うように、これでカヤック将軍を倒した海魔の狙いが見えてきたような気がする。
「そういうことであるか……我々は今は手を出すべきではないと判断したのに対し、奴らはこれを好機と見たか……」
うなだれた様子のカヤック将軍。
無駄に争い、被害が増えることを良しとしない自分の考えを正面から否定されたのだから仕方ないだろう。
「この辺をまとめて、一度街の代表者と話さないか? そのほうがより速いと思うんだが」
「よろしく頼めるだろうか? こちらから街に出向くのは……。どう考えても会話にはならないだろうからな」
俺達は頷き、その場から離れる。
いつしか潮が満ち、若干流れ込んできていたからだ。
(さて……バイヤーは乗るかな……? たぶん乗るだろうなあ)
上手く協力関係が築ければ、海上の安全や海産物の交易に大きな伝手が出来る。
どう転がるか、若干の不安を抱えつつ俺達はバイヤーの屋敷へと向かうのだった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます




