059.兄、街道を行く
「カーラちゃん、お留守番よろしくね」
『ガウ……』
行っちゃうの?と力なく声を漏らすカーラ。の首元をミィがぽんぽんと叩き、慰めている。
「本当は行き来の時間を考えると飛んでいった方が早いのだろうが……。すまないな、今行かれると雪が怖い」
「そりゃそうだ。それより、話はどのぐらいあり得そうなんだ?」
白い息を吐きながら、ヴァズが頭を下げてくる。
カーラや地面の温かさがあってなお、息が白いということは寒さは相当な物。
ここでカーラがいなくなれば防寒対策は見直しを迫られてしまうことだろう。
それに、戦力的にも空を飛べる者がいるのは非常に便利である。
カーラはヴァズの事も認めているので、少し飛ぶぐらいならすんなり受け入れてくれると思う。
北からのさらなる難民から聞いたうわさ話も気になるところだ。
「前から噂だけはあった話なのだが……本当だとして使われる物でもないからな。
初代魔王の使っていた髑髏杖。かつてこちら側の世界に降臨した神の物だと言われているが……」
『もし本当なら、使える誰かが手にした途端、相応の波動が大陸中に広がってるんじゃないかしら』
「だろうな……。そうなると見つけたけど手にしていないか、使い手が未熟か」
準備が終わったのか、ふわりと漂ってくるイア。冬だというのにいつもと服装は変わっていない。
ひらひらした黒い服に、日焼けしていない手足がすらっと伸びる。
「はったりだったというのが一番ありがたいが、な。獣人の長老もそう願っているが……悩ましいことだ」
ヴァズの言う獣人の長老、というのは北からやってきた集団の中にいた1人の事だ。
生前は強力な魔法の使い手だったらしく、病気になってしまった自分を何とかするために精神体と化したという。
イアのように、一族の祈りと魔力を糧に今も半透明な姿でみんなを導いているそうだ。
その知識量をもってしても、今回の件は判断はつかない。
北限の遺跡で骸骨杖が見つかり、それをめぐって戦いが起きているという噂だ。
注目が北に集まったこの隙に西が動くのではないか、とヴィレルとヴァズは警戒しており、街道の整備具合の確認もかねて俺がテイシアに向かうことになったのだ。
ミィもイアもニーナも一緒。カーラだけは……ごめんな。
『ガウ!』
(ん? 出来る女は待つのも役目? どこで覚えたんだそんな言葉)
笑いながら俺もカーラの首を撫でてやり、一時の別れを告げる。
この寒空の下にあって、カーラの体は種族に相応しく温かい。
これでも抑えているからであって、普段は触るとやけどしそうになるほど熱い。
だからこそ、冬場にいいんだけど……ね。
「では、行ってくる」
「よろしく頼む」
ヴァズ以外の何人かにも見送られながら、二頭のグイナルに分乗して新しい街道を行く。
「にーに、今日は荷物……無い?」
「ああ。横にくくってある武具ぐらいだな」
自分たちが乗っているグイナルの後ろに荷台が無いことに気が付き、ルリアが見上げながら聞いてくる。
彼女もだいぶ肉付きが良くなってきた。以前よりは、だけども。
小さめで儚げ、声も可愛らしい彼女は出るところに出れば男の目を集めるだろうな、という風に変化してきた。
ミィやイアとも違う、大人しい少女らしい少女、というのが今のルリアだ。
エルフというのも重なって、特殊な趣味の人を惹きつけそうである。
俺? 俺は別に嫌いじゃないけど……もう、家族だからな。
「? にーに、妹じゃないと家族じゃない?」
「口に出てたか? いや……そんなことはないけど、ルリアはまだまだ未来があるってことさ」
家族じゃないのか、と聞いてくる姿に寂しさを感じ取り、少し抱き寄せている手に力を籠める。
安心したのか、ルリアが体を俺に預けてくるのを感じ、ほっとした気持ちで前に向き直る。と、こちらを見るミィ達の姿があった。
「見た? イアちゃん。お兄ちゃんったらミィに飽きたんだよ」
『これは次の休憩の時には考えないといけないわね』
何をだ、何を。からかう笑みが浮かんでいるので、こちらの状況を微笑ましく思っているのだとは思う。
ルリアにこっち側を譲ったのはミィ達なのだから……でも、少しだけおさまりが悪く感じるのは仕方ないよな。
「前を見てないと段差があった時に転がっちゃうぞ?」
「今のところ、大丈夫そうだよ。上り坂はあるけど……」
言いながら、俺も新しくできた街道に感心していた。
魔法も度々行使したのだろう。綺麗に街道沿いの木々は切り倒され、道にも大きな岩が埋まっているといったことはない。
これまで細い道や、荒れた街道でしかなかったことを考えると街の皆がどれだけ注力していたかがわかるという物だ。
荷台の無いグイナルは身軽なためか、ぐいぐいと進む。
たまに街道沿いに魔物の気配を感じるけど、俺やミィが適当に魔力弾を撃ち込むと逃げていく。
これを繰り返せばここは危ない、と学んでいくだろう。途中に休憩用の場所を作ってもいいかもしれないな。
そんなことを思いながら、1日目は終わる。
『あ、干し肉が少し落ちてる……でもお兄様のおかげでこの魔法もモノになったわ』
「維持には魔力を使うからな。無理せず早めに言えよ?」
イアの開発したという影袋という魔法は物を大量に入れられる不思議な空間を作り出す魔法だ。
そこに貴重品以外の食料などをある程度詰め込んである。
ヴァズには一応報告はしてあるが、使うための魔法制御がなかなか難しく、樽1個分ぐらいが限度らしい。
そこは魔王の力、といったところだろうか。
仕組みはよくわからないけど、聖剣のそれによく似ていると気が付いたので魔法を見直したところ、元々あった穴が塞がり、入れた物が無くなるということがほとんどなくなったらしい。
でも、本当になくなった物はどこに行くんだろうな?
「お兄ちゃん、何か来るよ」
「っ!? 魔物……とは違うか」
視線の先はテイシアへの道。そこに灯りがゆらゆらと揺れている。
念のために警戒しながら相手を待つと、それはグイナル3頭と荷台からなる集団だった。
武装はしているけど、獣人と魔族、そしてドワーフの混成だ。
ドワーフがここにいるのは珍しいな?
「夜分にすまない。火を見かけてね。良ければ一緒に夜を明かしていいだろうか?」
「ああ。パンサーケイブに行く途中か?」
申し出を快諾し、少しこちらのグイナルに動いてもらって場所を譲る。
これでたき火を囲んでの集まりの出来上がりだ。
「その通り。保存のきく豆類を中心にね。新しくできた街道の具合を確かめる気持ちもあってやってきたのさ」
相手も商売人。こちらが俺以外はみんな少女なのにいちいちツッコミは入れてこない。
まあ、実力を感じ取ったのかもしれないが。
「それは助かる。ああ、街に着いたら取りまとめをしている男、ヴァズにいうといい。きっと喜ぶだろうさ」
「そうかい? ならそうしよう。じゃあ少し火を借りるよ。こちらは食事がまだなんだ」
それから見張り以外が眠りにつくまで、とりとめのない世間話を続けて夜は更けていく。
そして何事もなく、朝。彼らに別れを告げ、俺達は再びテイシアへと進む。
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