005.兄妹なら前もセーフ(違います
紳士向けと言いながらただのダメな人向けでは?という意見は存在してはいけません。
ミィが風邪を引いた。
今思えば、大丈夫という言葉をうのみにせず、ちゃんと外で遊んで帰ってきたら着替えさせるなどするべきだった。
俺は勇者として多くの魔法を覚えているが、回復魔法だけはどうにも苦手だった。
怪我を治すのはともかく、病気や呪いの類はどうしたらいいのかよくわからないからだ。
でっかい火の玉を打ち出すとかは得意なんだけどな。
だから今はミィをベッドに寝かせ、濡れた布をおでこに乗せるぐらいしかできない。
「はぁ……はぁ……お兄ちゃん」
「ミィ、お兄ちゃんはここにいるぞ」
ミィは目を閉じ、苦しそうな表情をしながら寝言で俺を呼んでいた。
可愛らしい耳も汗に湿り、ぺたんとしている。手を握ってやるとほっとした顔になるので、半分起きているのかもしれない。
突然倒れたと思ったいたけど、よくよく考えれば旅の疲れをずっとため込んでいたのかもしれない。お兄ちゃん失格だな……。
苦しそうな表情がいくらか和らぎ、寝息を立てているミィを見ながら心の中に後悔が降り積もっていく。
「はっ、レイフィルドに行けば薬がっ」
『落ち着いて、お兄様』
名案を思い付いた俺を、頭の上に現れたイアが乗るようにして押しとどめる。
それはともかく、直接頭の上に乗らないで欲しい無駄に実体化しているのか、イアの体温が頭の上に感じられた。
「そうはいっても、獣人が風邪薬を持ってないなんて思わなかったぞ」
『確かにね。さすが獣人ってとこかしらね』
するりと俺の首に抱き付くようにして姿勢を変えて呟くイア。
そう、ミィが倒れてすぐ、俺は獣人の皆に相談した。すると、とんでもないことがわかった。
獣人は非常に頑丈で、病気になる者はほとんどいないというのだ。
そして病気になっても大体は自力で治してしまうという。
獣人の人間とは桁外れなその能力に俺が思わず立ちすくんだのは言うまでもない。
『でも魔族も似たような物よ。魔族は魔法で治しちゃうのが多いけど』
俺から離れ、ふわふわと浮きながら指を口元に持って行き考え込むイア。
何故俺の正面で足を組んでいるのかを問い詰めたいところだけど今はその時ではない。
無理やり履かせたはずの何かの布が見えているのも今はつっこんでもしょうがないのだ。
「その魔法はイアは使えないのか?」
すがるような声になっているのが自分でもわかる。ミィは……大切な妹なのだ。
『今は無理ね。ミィが自分の力を制御するまで下手に回復魔法はかけないほうが良いわ』
真剣な声色でイアが答え、俺はその内容に顔をしかめながら頷く。
言われてみればその通りなのだ。ミィの中に眠る魔王の力は、イアが一時的にほとんどを抜き出したとはいえ、無くなったわけじゃない。
言ってしまえば、器に水瓶から水を戻しても水瓶自体は無くなるわけじゃないし、また水瓶に水はためることが出来るのだ。
「魔王……か。くそっ、なんでミィなんだよ」
『だから落ち着いて。力の制御なら元気になったらやればいい話よ。
ここに誰よりも魔王の力を知っている存在がいるのよ。そのぐらい余裕よ、よ・ゆ・う』
後半は茶化すような声になったイアの言葉に、俺は少し救われた気がした。
そうだ、現実は否定したところで変わってはくれないのだ。
「悪い。弱気になった」
『兄に助けられるばかりが妹の役目じゃないわけよ。日が暮れたら一回起こして何か食べさせたほうが良いんじゃないかしら』
俺の肩になぜか顔を乗せ、一緒にミィを見ていたイアに言われ、俺は自分も碌に食べてないことに気が付く。
「そうだな……ミィを心配させてもいけないしな。食べるか」
眠っているミィの手をそっと剥がし、イアを張り付けたまま戸棚を確認するとわけてもらった蜂蜜や卵を見つける。何か適当に焼くかな……。
勇者としてあちこちに旅をすることが多かったせいか、多少の料理は俺でも出来る。
凝ったものは無理だけどな。いくらかの時間の後、家中に甘い匂いが広がっていく。
作るのは蜂蜜入り卵焼きだ。風邪の時に大丈夫なのかはよくわからないけど、他に調味料は入れてないからきっと……たぶん大丈夫?
ミィの部屋に行くと、いつの間にかミィは目を覚ましていた。
『ふふっ、ミィったら。目を開けたと思ったらお腹すいたーって』
「ううっ、だっていい匂いがしたんだもん」
からかうようにイアがミィのほっぺたをつつき、ミィもまた、真っ赤な顔で布団に隠れるようにしてつぶやく。
「ほら、そのぐらいにしておけ。ミィ、食べられそうか?」
「うん。喉が痛いけど、何か食べたい」
何か、と言いながら匂いでミィは俺が作った物はわかっているだろうと思う。
獣人の血を引いているからか、ミィは耳や鼻がいいのだ。
「お兄ちゃんの卵焼き、大好き」
「ゆっくり食べろよ? いきなりはお腹がびっくりするからな」
大好き、と言った割にミィは卵焼きの乗った皿を受け取りながら食べようとしない。
じーっと、こちらを見ている。
「? どうした、冷めちゃうぞ?」
「えっとね、えっとね」
何かを言おうとして口ごもるミィ。そんなもじもじした姿に心のどこかが屈した気がしながらも疑問を顔に浮かべてしまう。
『ほら、お兄様にはしっかり言わないとわかんないわよ』
イアの謎の煽りに、ミィはこちらを見て口を開いた。
「食べさせてほしいなって……駄目?」
風邪にか、羞恥にか、顔を赤くして潤んだ瞳で見られては俺に断るという選択肢はない。
蜂蜜が無くても兄は妹には甘いのだ……たぶん。
翌日、若さゆえにかミィはだいぶ熱が下がっていた。
まだつらそうだけど、ベッドに寝たままだがこちらを見て色々と話してくる。俺としてはもう少し寝ていてほしいところだ。
『早く元気になって色々しましょうね』
「うん。イアちゃんもごめんね、心配かけて」
ベッドに腰掛けるぐらいの高さで浮くイアとミィは仲良く話している。姿は違うけど、こうしていると本当の姉妹の様だ。
「お兄ちゃん、ミィ……お願いがあるの」
「どうした? 何でも言ってみろ」
ミィは普段、我がままを言わない。お願い事をされることはあるけど、それでも些細なことだ。
言うのが恥ずかしいのか、毛布を鼻ぐらいまで持ってきてこちらを見るミィ。
「えっとね……お風呂……は無理だろうから体拭いてほしいな」
「俺が?」
だったら同じ女の子のイアに、とイアの方を見たらなぜかデコピンされた。
『馬鹿ね。お兄ちゃんにやってもらうのがいいんじゃない。ねー?』
笑いながら、真っ赤になっているミィに同意を求めるイア。
ミィは無言でコクンと頷いた。
(そ、そうか……そういうものなのか)
俺は戸惑いながらも、隣の部屋で桶に向けて魔法で適当にお湯を生み出す。
水と火の魔法を手加減して使えばいいだけなので簡単な物だ。
イアは俺の魔法を見てちょっと引き気味だったけど何故だろうか。十分な量のお湯が出来たので再びミィの部屋に行く。
「体、起こせるか?」
「うん……あっ」
ふらっとしたミィを素早く浮いたままのイアが支える。
『もう、しょうがないわね。はーい、脱ぎ脱ぎしましょうねー』
「どこの子供だよ、まったく」
慣れているのか、ミィの寝間着を器用に脱がしていくイア。
俺はその間にお湯に清潔な布を浸して軽く絞る。さて、とミィの方を見て固まった。
「前は自分。背中、背中」
ちょっとカタコトになった俺を許してほしい。
誰だって妹とはいえ裸の女の子がこっち向いて手をついてたらびびるだろう?
しかもその後ろににやにやして浮いているイア。
(こいつ……!)
絶対わかってやっている。ミィはそのやり取りに気が付かないようで、よいしょっとばかりに背中を俺に向ける。
「痛かったら言えよ」
「うん。お兄ちゃんは優しいから大丈夫」
小さい、守るべき背中だなと思いながら俺は布を動かす。ミィの小さな背中はあっという間に拭き終わってしまう。
「お兄ちゃん、手とかもお願いしていい?」
「おう」
俺の前に差し出されるほっそりとした女の子らしい手。大量にかいた汗のせいか、少し匂った気がした。でも不快な匂いではない。
元々のミィの体臭なのか、それとも女の子らしく何かを付けているのか。
「お兄ちゃん、スンスンされると少し恥ずかしいよ」
「す、すまん」
無意識に匂いを嗅いでいたらしく、ミィに指摘されて慌てて拭くことに集中する。と、俺の腕にイアの手が添えられ動きを変える。
『ほら、ちゃんと脇もやってあげて。肌荒れしちゃうわよ』
「そ、そうなのか」
言われてみればその通りなので言われるがままにあちこちに布が動いていく。
髪の毛を洗うということもできないので、念入りに拭いていくと耳に差し掛かった時にミィはよほど気持ちがいいのか、声を出してなすがままだ。
「どうだ、ミィ」
「うん。暖かくていい感じだよ、お兄ちゃん」
ほへーと息が漏れそうな感じでミィが答える。途中、何度かお湯で布を洗い直して拭き続ける。
といってもミィはやはり小さく、なんだかんだと俺が拭けそうな場所は拭き終わってしまった。
「じゃ、後は自分でやれるか?」
「無理って言ったら……お兄ちゃん拭いてくれるの?」
不満そうなミィの言葉に、俺はこっちも無理とだけ答えてイアに押し付けてしまうのだった。
小さい小さいと言い続けてきたけど、ミィも成長している。
(いやいや、妹だし妹)
そんな俺のもやもやをイアにからかわれるのはすぐ後の事であった。
地球じゃないからセーフ!(違います
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こんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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