058.出来ることを出来る人がやるというのは案外難しい
「わはー! まてー!」
寒空の下、子供たちの歓声が響き渡る。
獣人、魔族双方の子供たちが柵で区切られた中を駆けていく。
その先にあるのは、子供達を引き離そうと走る膝ほどの大きさの動物。
飛べないように尾っぽを切られた鳥、風切り鳥だ。
主に森に住み、尾っぽを切る前なら10歩ぐらいは空を飛べる。
人間の住むレイフィルド大陸でも見た、家畜化可能な鳥の1つだ。
白や茶色の羽根を揺らし、地面を力強く蹴って走り回る。
比較的臆病で隠れていることが多いわりに、時にはこうして走らないと
逆に不健康になるというよくわからない性質を持っている。
あるいは、たまには外敵に襲われるようなことが無いと緊張感を維持できないということかもしれない。
なんでも食べ、成長の早い鳥であるが肉以外に卵を得られるという点で非常に重要だ。
「うう、ミィも追いかけたい……でもすぐ捕まえちゃうからなぁ……」
「手加減して走るのは気持ちよくないもんな」
建物の影から、風切り鳥を追いかける子供たちを見る俺とミィ。
うずうずとして今にも駆け出しそうなミィだけど、自分が1年前と比べると完全に別人であるぐらいに成長している自覚はあるようだ。
俺の胸の中で泣いていた頃とは大きく違う、成長した少女がそこにいた。
風切り鳥程度なら、鼻歌交じりに追い抜くことができるだろう。
そのため、追いかける仕事は子供達、難民としてこちらにやってきた子らの役目だ。
今は冬、やれることは街道の整備か、狩りか、あるいはこういった雑務しかない。
それでもやることがあるというのは精神的に楽であり、子供達にも笑顔がある。
「なんなら森でもう少し捕まえてこようか。春にはもっと増やしたいからな」
「うんっ、やるやるっ! うにゃー、お兄ちゃん大好きっ!」
いつもより勢いのあるミィの突撃を受け止めながら、追いかけている子供たちに、自分が出かけることを伝える。
この場には年長者の子もいるので恐らく大丈夫だろう。柵も飛び越えられる高さじゃないしな。
そのままミィと一緒に、風吹く冬の森へ。
街道沿いには落ち葉が降り積もり、葉の落ちてしまった木々が見える。
しかし、緑のままの森もたっぷりとあるのだ。この土地が魔力に溢れ、土の栄養も多いからだろうか。
いずれにせよ、生きる側としては非常にありがたい状況だ。
「いたっ!」
森に入って間もなく、目的の相手を見つけたミィが駆け出す。
森の中だというのに、ぶつかる事を考えていない思い切った走り。
ミィの気配を感じた風切り鳥が鳴いて逃げるが、分が悪いと言わざるを得ない。
なにせ、ミィは地面どころか木を蹴るようなこともするのだ。
(最近、抱き付いてくるのが避けられないんだよな)
避ける必要もないのだが、とっさの回避ができないというのはよく考えるとすごいことだ。
「やったー!」
コケコケと叫ぶ風切り鳥を捕まえたミィが高らかに腕を突き上げる。
その逃げ足で自然の中を生き抜いている相手を捕まえるのだから達成感はかなりあるに違いない。
その後も何羽か捕まえ、大き目の布袋に入れて確保。餌になりそうな雑草も多めに刈り取りつつの帰還だ。飛べないように羽を処置し、決まった場所に放す。
鳴き声をあげながら走り始める風切り鳥。餌箱に草などを入れると、どこからかかぎつけたのか集まってきて食べ始める。
「大きくなって―、ふくよかになってー、おいしくなってねー」
「おいおい、卵も取るんだから全部は食べちゃダメだぞ」
あ、そっかーと笑うミィは高揚した顔だ。獣人の血が騒ぐ、といったところか。
この鳥以外にも、いくつかの動物をチャネリングを使って家畜の扱いを始めている。
本当は冬にそんなことをするのは様々な理由から無謀極まりないことは人間でも魔族でも同じこと。
それが出来るのは1つは彼らが食べられるものが豊富にあること、もう1つは土地の問題だ。
最初はカーラだけで温まってるのかと思ったのだが、それ以外にも地面にある鉱石類がそのままで少しずつだけど熱を帯びていることがわかったのだ。
ほんのりと、露天掘りの周辺が温かいのである。
火竜の住んでいた名残だと思われるが、道理で夏が妙に暑かったわけである。
本来であれば冬は閉じこもる季節だ。秋までに蓄えた物で春を待つ季節。
だけど、パンサーケイブでは今も皆が忙しく動いている。
魔物の討伐兼用の訓練や、素材の確保による流通。
開通したテイシアとの街道を整備しつつグイナルが行き交う。
獣人などを追い出している割に、西の魔族領はこちらとの交易は続けているらしい。
テイシアはこのダンドラン以外にも3つの大陸と交易している場所だからか、目立った問題も起きていないようだ。
そんな場所を無視することはできない、ということかもしれない。
フロルもまた、海岸沿いに街を作ってドワーフの大陸との交易を計画しているらしい。
結果として、魔族のみの場所とそうではない場所の対立というか、溝は深まるばかりだが今のところはこちらに襲撃のようなものはない。
まだ来ていないだけなのか、あるいは……。
幸いにも、大陸の中央にある山脈のおかげでこちらの領土は他と離れているか、山脈が遮ってくれている。
難民がやってくる北と西の道が唯一と言っていいぐらいだ。
あるいは、だからこそ不気味に感じるのかもしれないな。
蓋を開けたら精強な軍隊が構えていました、なんてことになってやしないかと気になるのかもしれない。
俺達に出来るのは自衛のための力を手に入れていくことと、今の様な形から国と言える物への変化への努力。
俺はヴィレルが魔王の後継者を主張しても今は構わないと思っている。
共に生きる者を尊重し、互いに手を取り合う世界にしたいという言葉をその通りに主張し続けてくれる限りは。
アーケイオンからもらえた印はそれだけの威力を発揮するはずだ。だからこそ、南東部はフロルを中心にまとまっているのだ。
「お兄ちゃん、お風呂沸かしてくるね」
「ああ。よろしく」
ぼんやりと柵にもたれかかっている間に相当な時間が過ぎてしまったらしい。
落ちかけている日に目を細め、ミィを追いかけるようにして自分も家へ。
歩きながら、考えてしまう。アーケイオンの信託と印やメダルに関しては隠す物でもなく、大陸全土に伝わっているはずだ。
それでも魔族至上主義が台頭できるという事実は、よろしくない想像を掻き立てる。
それだけ強い力を持った魔王後継者を自称する魔族がいるのか、あるいは土地柄か、古い主より新しい主を求める気持ちなのか。
いずれにせよ、こちらの話題を吹き飛ばせるだけのものが無くては維持できないだろうと。
もしも、魔王に匹敵する存在が相手方に出てきたとして……。
俺はどこまで戦えるだろうか? 見えない場所に仕舞ったままの、聖剣を使わずにいられるだろうか。
そして、それとは別に俺は1つの事が気になっていた。
同じ神様たちの力を借りて魔法を行使できる魔王と勇者。
そこになんの違いがあるのだろう、と。
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