057.屋根が防ぐのは雨だけじゃない……と兄は言った
「倒れるぞー!」
「よっしゃ、来いや!」
森の中に、男たちの声が響き渡る。声のすぐ後に重い物が地面に落ちた音。
足元から伝わる揺れ、そして少しの土煙が舞い上がる。
まるで力尽きた巨体の様な木を数人の男達が次々に切り分け、周囲の面々がてきぱきと運び出していく。余った枝葉は他の材料と混ぜて屋根となるのだ。
それらが向かう先には、同じような建築途中の家々がある。
開かれた土地に、いくつもの家が多くの人員によって作業中となっている。
俺はそんな中にあって、ひときわ太い木に向かい合っていた。
大体俺が2人いれば足りるかな、といったぐらいの太さ。
建材にするには十分すぎる太さと、長さだ。
このぐらいの木があちこちにあるし、小さな木も成長がすごい速いのがこの大陸の特徴だ。
「お兄ちゃん、良いよ」
「よし……ふっ!!」
ミィの声を合図に、俺は腰の魔鉄剣に適度に魔力を込めて振り抜く。
ほんのりと、赤い光が剣に沿って光っている。人間も魔族も有力な奴が良く使っていた攻撃、魔力斬だ。
半端な武器だとその力に耐え切れないらしいけど、この魔鉄剣ならば十分。
逆に魔力の影響を受けてか、最近輝きが違う気がする。
もしかしてだけど、俺やミィの魔力を込め続けたら高く売れる武器になるんだろうか?
今度実験してみよう。
巨木に向けて振り抜いた剣はわずかな手ごたえを残してまた鞘に戻ってくる。
斜めに入れられた切れ込みから、巨木は自重によって徐々に倒れ、先ほどとは比べ物にならない轟音と、砂煙が舞う。
「けほっ、でかすぎたかな」
「でもこれでみんなのお家がいっぱい作れるよ! けほっ」
髪の毛を砂まみれにしながら、ミィが笑いかけてくる。
そう、今やっているのはパンサーケイブへとやってきた難民の人達用の建材なのだ。
残念ながら、元々はそんなに家屋に余裕があるとは言えない。
けど、土地はある。そして、木と言った材料も。
そんな中、ヴィレルやヴァズは見捨てることを良しとしないと決めたのだ。
ならば、やることは決まっている。今も警戒を続ける戦闘担当を除き、有志で家を建てるための建材集めと相成った。
あちらこちらで魔法による加工が始まり、時には俺のように武器で木こりの真似事。
俺の場合は風の魔法で切るところまで期待されていそうだが……。
ひとまずは枝葉を落とし、事前に聞いていた長さの付近でざっくざっくと。
細かくなっていくごとに、周囲の獣人や魔族が笑顔でそれを運び出していく。
そうして残ったのは、大きな大きな切り株。
「ミィ、おいで」
「うん……ありがとうございます。これでみんなが温かく過ごせます」
そこにミィを呼び、一緒に祈る。ある種、命の結晶そのものを木材として頂いていくのだ。
命に感謝し、恵みをもたらしてくれる神様に祈るのは当然の事。
「あ……聞こえたよ。律儀にありがとう、だって」
「ははっ、よかったな」
ミィの頭をくしゃりと撫で、作業をしている場所へと援軍に向かう。
吹きぬく風は……正直、寒い。雪が降り積もる前にどんどん家は作っていかないといけない。
時には雨も降るそうだから、屋根がある場所というのは急務だ。
ご飯が少ないのは頑張れるかもしれないけど、屋根のない場所で寝るというのはなかなか我慢できない。
幸いにも、カーラがいい意味でどんどん火竜らしくなっている。最近ではある程度周囲に熱を放出できるようになってきているのだ。
そのため、カーラの寝ている場所は洗濯物を乾かすための良い場所になっているそうだ。
周囲の気温も、他の場所より暖かいらしいので街そのものに雪が降ることはなさそうだった。
それでも少し離れたら、危険な場所が広がっている。
北の魔族領へ向かう道は言うまでもない。
この場所はパンサーケイブより少し南、ヴィレルの領地の外側に近いけど、パンサーケイブよりは内側に当たる。
これが大事だ。
じゃないと、外側に作った日にはいざという時には見捨てるつもりなのか?なんてことになってしまう。
それに、誰かに襲われないように、という気持ちもある。
今のところは、既に実は近くに兵士が進軍していました、なんて驚きの出来事はないようだけれど油断はできない。皆の警邏にも気合が入ろうという物だ。
パンサーケイブには今、自警団以上兵隊未満、といった形で有志による戦闘集団が作られている。
最初はヴァズからの通達、魔族が自分達南東の連合と、北、そして西、最後にやや北西の中央、と四つ巴となって主導権争いが始まるであろうという話に衝撃が走った。
それは当然のことだけど、次にヴァズからもたらされた情報にその混乱は収まった。
それは何かといえば、他の領土での魔族以外の迫害の実例だった。
程度は違えども、どの場所も魔族以外は差別を受けているという話だ。
フロルは言うまでもなく、南東方面は共存している場所がほとんどだ。
それはレイフィルドからの脱出後、最初に訪れる場所だからかもしれないし、前から交易により他種族との触れ合いも多かったからかもしれない。
1つ言えるのは、自分たち以外の魔族はそうではないということだったのだ。
(そして……魔王後継者の自称、か)
ヴァズの持ち帰った情報によると、何人もの魔族がそれぞれに魔王の後継者を自称し、小競り合いが巻き起こっているという。
それは使者がやってきた北も例外ではなく、どうもあの5人は特定の派閥が先走ったようであるとのこと。
そのため、大体的な襲撃は無いかもしれないが、逆に暴走気味にどこかが襲ってくるかもしれない。
それが今、パンサーケイブやテイシア等の街が抱えている問題だ。
出来るだけ早く住むための地盤をしっかり整え、みなで団結して立ち向かうべし。
ヴァズがそれを言う前に、聞いていたみんなは自主的にそう叫び、互いに肩を組むようにして声を上げた。
自分たちが間違っていなかった。そう、ヴァズは思ったそうだ。
そして今、他の土地ではありえないらしい光景、他種族が協力し合って互いの住む家を建てているという状況に俺もどこか嬉しくなり、微笑んでしまう。と同時に、考えてしまうのだ。
攻め込まれた時、相手をどうするのか、を。俺は人の命を奪ったことはいくらでもある。
どんなことをしているのか、自覚していないときも含めればかなり。
必要であれば、この手を再び赤く染めよう。
「ミィ、いざという時は皆をお兄ちゃんが守るからな」
「駄目だよ、お兄ちゃん」
覚悟を決めて呟いた言葉を、ミィが静かに否定する。
驚いてそちらを見ると、ミィは俺を見上げながらそっと手を握ってくる。
「やるならみんなで一緒。お兄ちゃんだけじゃダメ。ミィだって決めたの。力と向き合うって。
それに……クマさんは命を奪えて、人はダメ、はちょっと違うと思うの」
生きるために、生き残るために手を出すならそれはどちらも同じ……そうミィは言ってさらに手を握る。いつの間にか、その手は大きくなっており、握る力も強くなっていた。
「そっか……」
「そうだよ、お兄ちゃん」
ミィの、妹の確かな成長を感じながら、そんな未来が来なければいいのに、と誰ともわからない神様に祈ってしまうのだ。
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