056.捨てる者あれば拾う兄あり
事実だけを言えば、パンサーケイブと周辺の住民はほぼ倍化した。
冬も本番になろうかという頃、イアが見つけた北からの難民である魔族と獣人達はなんとか居場所を見つけて日々を過ごしている。
北への道はいくつかあり、道によっては追い帰した形となる使者たちは彼らとすれ違ったかもしれないのだが、特に出会ったような話は聞けなかった。
僅かながらの蓄えを使い、互いに支え合って生きていくというのは大きな苦労を背負うことになるのだけど、誰も反対しなかった。
いつだったかフロルで獣人を馬鹿にしていたような若者が1人はいてもおかしくないのだけど、少なくとも表向きはそんな人がいない。
それは素晴らしいことだけど、少し怖いことでもあった。本当にそうなのか、隠れているだけじゃないのかと。
『また難しい顔してるわ。お兄様が全部を拾えるわけじゃないのよ?』
「それでもやれるだけのことはやりたいさ……」
夜の月を眺め、眠るカーラのそばに佇む俺にイアがどこからかやってきてもたれかかってくる。
黙って魔力が吸われていくのはまあ、もう慣れた。
ここはカーラの寝床なので夜でもほんのり温かい。
『それでこそお兄様……と言いたいけれど、また増えるわ。自分たちにとって不要な民を相手に押し付ける。悔しいけれど自分の負担は減らして相手の負担を増やす。損のない手だわ』
いつもの陽気な、からかいを含んだ瞳ではなく、ひどく冷たい、現実を貫きそうな瞳でイアは悔しそうに顔をゆがめる。そんな頭を俺は無遠慮に抱き寄せる。
『きゃっ。もう、強引ね』
「たまにはそういう時もある。ありがとうな、イア。あの時動いてくれなかったら彼らもたどり着いていなかったかもしれない」
片手でイアを撫でながら思い出すのはカーラが全速で飛び込んで来た日の事。
あの日、町はずれにすべり込むようにして着地するカーラからイアは飛び出して俺の元に駆け込んできた。
「イア!? 何かあったのか?」
『お兄様、北よ。追い出された人たちが歩いてきてるの』
最初はイアの言っていることが正確にわからなかった。
場所は知っている人が少ない方が良いという理由でカーラと向かった先の事も俺は詳しくは知らないのだ。だけど、なんとなく起きたことはわかる。
「こちらからの迎えは必要そうか? どのぐらいの距離だ?」
『できたらそうしたいけどすぐには無理ね。大よそ1週間。
何回も運ぶよりはけが人とかだけカーラで運んで、無事な人は自力がいいかも。食べ物ぐらいは運ぶ必要がありそうだけど……』
すぐに往復して運ぼうと言い出さないイアに、大よその人数と今後の展望を俺は感じ取った。
イアはこの一回で終わりではないと見ているのだ。それは俺も同感だった。
追い出された、というのは北の魔族領からだろう。
話の通りの考えであれば、彼らは獣人を友にすることを良しとしない。
奴隷のように酷使しているというわけではないだろうけど、劣る種族としての扱いは確実に不満をため込んでいただろうし、それは逆に追い出す理由にもなりうる。
そして、この考えは俺だけではない。
「詳しく聞く前にまずは行動だな。カーラは一頭でもそこに向かえるのか?」
『ええ、私じゃなくてももう場所を覚えてるわ。でも戦える人がいいわね。さすがに数はいないと思うけど、ワイバーンに出会ったもの』
騒ぎを聞きつけてやってきたヴァズが事情を聴くなり顔をしかめる。
昨日戻って来たばかりだというのにな……忙しいことだ。
「ラディ、悪いが一部を迎えに行った上で、危ない魔物がいたら討伐してもらえるだろうか?」
「ははっ、ゆっくり酒を飲みかわす時間も無いな。よし、カーラ、行けるか?」
事実上、魔力の補充さえあれば動ける火竜であるカーラは俺の呼びかけに力強くうなずき返す。
駆け寄ってきたミィがそんなカーラをぽんぽんと叩いて激励している。
「にーに、頑張って」
「ああ、ルリアも留守を頼んだぞ」
とりあえずということでかき集めた保存食等を抱え、事情を説明するためのイアを残して俺はカーラと共に空に舞う。
途中、カーラに魔法の炎を食べさせつつの旅路はあっという間に終わりを迎える。
「あれか」
『ガウ』
見えてきた細い道を歩く集団。長く伸びたその人数は思ったより多い。
既に1度はカーラを見ているからだろうか。
近づいてきたこちらに先頭の数名が手や杖を振るのが見える。
ゆっくりと舞い降りていくと、その実態が見えてくる。
老若男女とはこのことか。先頭に立つのは魔族と獣人の青年だ。
勝手だけど、なんとなく友人なんだろうなと感じた。
「けが人や病人がいたら一緒に先に行こうと思って来た。パンサーケイブは皆を受け入れる予定だ」
「ああ……よかった。それだけが不安だったのだ。けが人はいない。幸いにも癒し手がいるからな。
ただ、老人と子供には疲れが目立っている」
俺が先んじてそう宣言すると、代表者であろう2人のうち1人が説明をしてくれる。
彼らは共存していた地域の住民だったが、つい先日、急に魔族だけが住んでいいという通達がやってきたのだという。
他を追い出さねば自分たちが追い出される。
そんな状況で彼らはともに他の領土に向かうことを選択したのだ。
なかなかできることではない。素直に感心し、少ないながら運んできた物資を預ける。
「5人ぐらいなら乗れると思う。選んでくれ」
「君は、どうするんだい?」
問いかけてくるもう1人に俺はにやりと笑い、魔鉄剣を鞘から抜き放って見せる。
その怪しい輝きに何人かが下がるのが見えてしまい、慌てて鞘に納め直した。
「少しは腕に自信があってね。ここからパンサーケイブまで、討伐しながら戻る。全部凍らせておくから食べられそうなものは熔かして食べてくれ。火の魔法ぐらいは使えるだろう?」
呆然としながらも頷く彼らにこちらも頷き、ゆっくりとこちらに歩いてくる小さな子供と、その子供を引き連れた老人たちを見る。
2回目であろう火竜にやや怯えた様子が見えるけど、カーラが伏せるように背中を見せると希望に顔を輝かせる。
「縄か何かで縛っておくことを勧める。何、すぐに目的地に着くさ。カーラ、丁寧にな」
『ガウガウ!』
そうして予定より1人多い6人が乗って飛び立つのを確認し、俺は宣言した通りに徒歩というか地上から帰ることにした。
『それでわざと魔力を抑えて囮になりながら帰ってくるんだからお兄様はお兄様よね』
「なんだか化け物みたいに言わないでくれないか」
飽きれた様子のイアに憮然として言い返す。ただ、自分でもわかっている。
誰も見ていないからと、戦いの時には無駄に全力で戦ったことに。
手刀を振るえばその勢いだけで魔物は切断され、踏み込みをすればその足元には大穴が開く。
慌てて魔法で埋め直したのも見られていないはずだ。
食べられそうな、あるいは食べたことのある相手は氷漬けにしておいたがしっかりと食べたらしいことは当人たちから聞けている。
『ふふっ、なんにせよこれから大変ね』
「だけど、俺達にとっては朗報でもあるさ」
どういうこと?と聞いてくるイアに、イアでもわからないことがあるんだな、と笑い返してまた月を見る。
「……西と北の奴は失敗したのさ。難民の皆は魔族至上主義者を憎む。隣人と手を取り合うことを否定する彼らをね。代わりに俺達は強固な絆を手に入れた。それはいざという時に強さとなる」
『そっか……彼らが切り捨てたつもりの分が私たちの力となるのね。
ふふ……目に物見せてやるわってことか……』
そういうこと、と答えて2人とカーラだけの夜は更けていく。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると次への意欲が倍プッシュです。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




