054.備えのために駆る刈る狩る!
「ミィちゃん、行ったよ」
「来た! うにゃ!」
夏が過ぎ、秋も後半となったころ。
一部では葉っぱに黄色が目立ってきた山を俺達は駆ける。
今日はイアとカーラがいない。2人、もとい1人と1匹は別の場所で仕事中だ。
何でも、魔王時代に見つけたけど掘っていない岩塩の山があったはずだという。
内緒で抜け出しての散歩のときに見つけたので、魔王本人以外はたぶん知らないだろうとイアは言い、飛行訓練がてらカーラが付いていくことになった。
ミィと離れることを多少嫌がったが、ミィがしっかりとお願いすると逆に任されたことに気を良くしたのか勢いよく空に舞い上がっていった。
既に1匹なら長距離を飛べるようになっているっぽいところが竜のすごいところだ。
イア曰く『ちんたら成長してたら他の竜に食べられちゃうもの。当然よ』だそうだ。
収穫祭でも少なからず在庫は解放したし、今後を考えると食料はあって困ることはない。
最悪、農作業や狩りが出来ないような状況になるかもしれないからな。
獣をルリアとミィが追いかけ、仕留めてる間に俺は川にいる。
釣り、ではない。ある意味もっとえげつない事である。
「あんまり強くするとそのまま死んでしまうから……このぐらいだな」
祈りながら弱い魔法を使うというのは相手の神様によっては普通は苦労する物らしいけど、俺の場合はだいぶ神様たちが融通をきかせてくれる。
今もまた、相手が気絶する程度の威力となって川面に雷撃が落ちる。
そして流されないうちにぷかぷかと浮いてくる魚で手ごろな物だけを選んで回収。
「ちゃんと残しておかないと続かないからな……さて」
丈夫な植物のツルをえらに通してつなげたものを丸ごと凍らせる。
そうしているうちに、しばらくして気絶から復帰した魚から水の中に戻っていき、前のように泳ぎ出す。
(これだけ大きいと魚も豊富だな……勢いもある)
視線の先には、豊かな水量を誇る川、既に大河とも言えそうなものがある。
パンサーケイブの北にあるこの川は幅が結構ある代わりに浅い川だ。
まあ、浅いと言っても俺の膝ぐらいか。
(飛べる魔族にとってはさしたる脅威にはならないな……)
これが人間同士の争い等であれば、幅広の川というのはかなり重要になる。
勿論、浮いている魔族を落とせば溺れるだろうが、そうもいかないだろう。
「っと、まだ考えるには早いな」
今はまだ、襲撃の様な気配は無く、目撃もされていない。
いざという時に備えて準備だけはしておこうという時間なのだ。
街の皆には大体のことは通達済みだ。逃げ出すかと思いきや、みんなやる気満々だった。
強力な魔物が多く住むという北の大地は魔族至上主義の魔族が幅を利かせており、獣人などの種族は常に前線で酷使されているらしいという噂が効いたのかもしれない。
それぞれにやれることをやる、という気持ちが前よりも強くなった気がする。
冒険団の皆も同じで、他の場所でも狩りは続けられているだろうし、テイシアへの道も簡単な物でもいいから開通させようと伐採が続いている。
「にーに、終わったよ」
「山鹿さんが5頭に熊さん2頭、十分かな? お兄ちゃんはどう思う?」
気が付けば獲物置き場として整備して置いた場所に積まれた動物たち。
しっかりと凍らせてあり、この季節ならすぐに痛むことも無いであろう状態だ。
「いっぺんに持って帰っても処理が大変だからな。このぐらいで一度戻ろう」
そう答え、詠唱するのは大地の魔法。
今回は穴掘りではなく、逆に台を作るように土を集めてもらった。
グイナルの引く荷台の用に、石でできた車輪もつけて完成だ。
簡単な台車である。そこに獲物を乗せ、3人でパンサーケイブへと戻っていく。
保存食としてしまえばそれなりの間、持ってくれるだろう。
恐らくは、次の春、あるいは夏が来る前に状況は大きく動く。
その前に始めるような馬鹿だった場合には……どうしたものか。
いや、相手が獣人らの種族をもう別物として見ているようならあり得るかもしれない。
「お兄ちゃん、戦争に……なるの?」
「したくはないけど、そうなるかもしれないな」
ぽつりと、ミィがつぶやく。俺はちらりと見たミィの姿がうつむいているのを見ると、敢えて前を向いたままで答えた。
見られたくは無いだろうな、と思ったのだ。
「平和なはずのエルフ領でも……いっぱい争いがあった」
「そうなんだ……」
小さくルリアが語ったことによると、考え方の違いで派閥や一族が別れ、争いとなったことがあったそうだ。
なまじ長寿な種族である分、早めになんとかしないと感情が凝り固まってしまうそうだ。
だから、争ったらすぐに反省と会話、それがエルフの表向きな平和の理由だそう。
思ったの物は少々違うようだった。
「お兄ちゃん、ミィは皆と一緒がいい」
「大変だぞ? こっちにだけ正義があるとは限らない」
言い切るミィに、俺は実体験から忠告をする。
そう、争いでどちらかが一方的に悪い、という話はなかなかない。
いわゆる侵略的な行為だって、良いか悪いかというのは立場によって変わってしまう。
襲われる側にとっては悪であり、襲う側にとっては善なのだ。
「イアちゃんやルリアちゃん、それにカーラちゃんにも教わったよ。
街の皆もそう。誰かと生きるなら、そうじゃない誰かと何かでぶつかることがどうしてもあるんだって」
「……そうか」
しばらく無言で街への道を歩く。
その間、俺の胸はミィの成長で胸いっぱいだった。
だけど、ミィが対人の戦いを経験するのは出来るだけ回避したいというのは今もある。
こうして獣を狩ることはできるミィだけど、果たしてその魔法が人を容易に殺せてしまう物だと、自覚できるだろうか。
俺がそれを自覚してしまった時には、正直……殺し過ぎてしまった後だった。
後悔はしていない。いや、してはいけないのだ。
そうでなければ、殺してしまった相手がそんな覚悟の無い相手に命を奪われたことになる。
生き残るためにこの手を汚す、そんな決意はしないならしないほうが良いに決まっている。
「ルリアは、にーにのために戦えるよ」
「ありがとう。でも気持ちだけもらっておく」
振り返れば、いつもの無表情のまま、ルリアが俺を見る。
本人としては本心だろうけれど、ね。
「心配はいらないさ。なんとかなる。いや、なんとかしてみせる」
正直に言えば、魔族の領主軍何するものぞ、といったところだ。
遠くから魔法一発、それで終わり。しかし、それはやってはいけないと思う。
その後の世界のためにも、関係する皆の力で乗り越えなければ。
(そもそも力押しで来るかどうかも不明だからな……)
北の魔物の事を考えると、そうそう戦力を南下させられるとは思えない。
北部の状況に変化が起きたのか、それとも我慢できなくなっただけなのか。
それがわかるのはもう少し先になりそうだった。
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