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052.兄妹、収穫の喜びに笑う

 


 夜空に白い煙が立ち上っていく。昼間の暑さはどこかへと過ぎ去り、季節の移ろいを感じる涼しげな空気が周囲を満たす。

 ただ、今ここだけはその涼しさも届かない。広間にいくつも設けられた巨大なたき火。

 くみ上げられた大きな薪が1つの炎となって赤い炎を上へ上へと伸ばす。

 周囲を取り囲み、各々が手にした料理や酒に笑いあう。


 そう、今日は収穫祭だ。


「お兄ちゃん、お肉美味しいね!」


「ああ、しっかり食べろよ」


 自分で仕留めてきたというのもあるのだろうか。

 両手に骨付きの猪肉を持つという……ちょっと、いやかなり女の子としてははしたない姿のミィだけど今日は叱るのはよしておこう。

 見れば、街の皆も笑顔で料理を手にしては食べ、恐らくはお酒の入っているであろう器を手に飲み干し、実りへの感謝を口にして騒いでいる。


「にーに、これもおいしいよ?」


「ありがとう、ルリア。ルリアも食べてるか?」


 丁度自分の取り分が食べ終わった俺に気が付き、自分の手にした焼き魚を差し出してくるルリア。

 その香ばしさに目を細めながらも、ちゃんと食べているのかと心配する。が、それは気にしすぎだったようだ。

 ルリアの口元には食べかすがあちこちついているし、席にもちゃんと自分の分は確保しているようだ


『意外とルリアは食いしん坊なのよ、お兄様? ほら、腕にもお肉ついてきたもの』


 ふわりとルリアの背後に回り込んだイアがそういってルリアの右腕を持ち上げている。

 確かに、出会った時と比べたらしっかりと肉がついてきたように思う。

 うん、いいことだ。が、ルリアはピシッと固まってこちらを見る。


「にーに、ルリア……ふとっちょ?」


 うるうるとした瞳は今にも決壊しそうだ。


(やっぱり女の子なんだな……うん)


 返事の代わりにくしゃくしゃと頭をなでてやるとほっとしたようにルリアは目を細める。


「ルリアちゃんはもっと食べたほうが良いよ。じゃないとお兄ちゃんの特訓でうにゃーってなっちゃうよ?」


 ひょこんと、俺とルリアの間に顔を出し、はいっと言って俺とルリアに自分が手にしていた肉を突き出してくる。


「ははは。そうだな、しっかり食べないとな」


 笑いながらみんなで食事を楽しむ。俺は今日は酒をほとんど飲んでいないけど、周囲の街の皆は結構な量を飲んでいるように思う。


 まあ、無理もないのかもしれない。

 パンサーケイブが再び自分たちの手に戻った最初の宴なのだ。

 勿論、時期としては収穫そのものは多くない。畑を手掛けれたのは数か月前のことだから、実際に収穫できたものはわずかで、その他は狩りや採取で得た物、そしてフロルなどから運び込んだものだ。


 それでも実りへの感謝の祈りは確実に神様に届くはずだ。

 それがみんなで行う合同魔法のように力を発揮し、大地に力を与え、来年の実りを助けるのだ。

 そっと、俺も隠しながら魔力を地面へと流し、みんなの祈りを手助けする。


『あら……照れ屋さんなのね、お兄様。俺はすごいんだぞーって言ってあげればいいのに』


「隠すのも美徳。なんでも言えばいいってものじゃないとにーにが教えてくれた」


 器用に自分の器だけ実体化した手で持ちながら、肩に寄り添ってくるイアに微笑み返す。

 ルリアも、自分の力との折り合いをだいぶつけることができるようになったようだ。


 笑うことも増え、成長を感じる。ミィもそうだけど、みんな成長していっている。

 それこそ、自分が全部見なくても自分の足で歩き、自分の手で何かをつかむことができるように。

 相変わらず寝る時に下着をつけないのは何とかしてほしい気もするけど……なあ。


「にゅふふー、これおいしいー」


「ミィちゃん、それお酒」


 気が付けば、ミィはどこからか飲み物をもらってきたようであっという間にふらついているありさまだ。

 それでも器の中身をこぼさないあたり、器用と言える。


「こら、また酔っぱらって」


「ミィは―、もう子供じゃないのでーす……にゃ」


 ふらついて危ないので、抱き寄せると大人しく座ったかと思うと顔を肩にこすりつけてきた。


『確かに獣人としてはそろそろ成人よね』


「獣人は、早い。でもミィちゃんはまだ生えてない」


 冷静なイアの突っ込みに、どうしてそこに行きつくのかよくわからないルリアのつっこみ。

 そうか、ミィはまだなのか。俺も多少はお酒が回ってきたのか、そんなことを考えてしまう。

 そういえば、飲んでるお酒も妙に濃い気がしてたのだ。


 きっとそのせいだ、うん。


 すぐそばではカーラが丸焼きになった牛をかじっている。

 贅沢と言えば贅沢だし、火竜の食事としては少ないようにも見える体格だ。

 普段の食事は魔力で良いというのはやはり、便利である。街の人達が、今日はちゃんと物を食べたらどうだと用意してくれたものだ。

 それだけカーラが受け入れられている証拠だと思う。


「カーラ! 上に向かって景気づけにドラゴンブレスだ!」


『ガウガウ!』


 チャネリングを介して大きな大きなたき火を想像して伝えてあげると、それを受け取ったカーラが任せてと深くうなずき、立ち上がった。

 その姿に気がついた街の人達がはやし立てるように手を叩き、歓声を上げてカーラに注目する。


 深呼吸、そして魔力の解放。


 夜の暗さに、その赤い魔力はひどく明るく、美しさを感じる物となって足元から噴き出していき、口から解放される。


「「「おおおおーーーー!!!」」」


 どよめきと歓声が町中に響き渡る。

 事情を知らない人が見たら何事かと思うほどの見た目重視のブレス。

 威力は拡散しすぎて悲しいことになっていると思うが、見た目が大切なので今はこれでいい。

 やがてそのブレスが終わり、カーラが一役終えたと満足そうに座り込むと、あちこちから料理を手にした街の人達が集まってくる。


 カーラにとっては小さすぎるそれも、彼女にも人々の感謝の気持ちや嬉しい感情はわかるのだろう。

 口を開いてそこに次々と料理が乗せられ、適当なところで食べては満足そうな声を上げている。


「カーラちゃん、しっかりしてきたね」


「そうだな。ミィも立派になって来たよ」


 その光景を静かに眺めていたミィのつぶやきに答え、器の中のお酒を飲む。

 やっぱり濃くないか? まあいいけど。

 酔いつぶれる前にと家に戻り、4人でお風呂に。よく見るとあちこち灰だらけだ。


「にーに、少し熱い」


『お兄様も酔っぱらってるものね』


「悪い悪い。このぐらいでいいか?」


 我が家のお風呂のお湯は基本的に俺が魔法で出している。

 神様もよくもまあ、こんなことに快く力を貸してくれるものだといつも思う。

 全員の体を洗った後はしっかりと温まる。のだが……。


「ミィさんや」


「なあに、お兄ちゃん」


 ミィの声が顔の下からやってくる。

 そう、俺の左右にルリアとイア、そして体の前にはミィがすぽんと収まっている。


「もう子供じゃないんじゃなかったのかな?」


「子供じゃないかもしれないけどまだ妹なんだよ、お兄ちゃん?」


 皮肉を込めた一言に、あっさりとそんな答えが返ってきた。


『あははは! ミィも言うじゃない。お兄様、仕方ないわよね』


「兄妹一緒、あこがれ。嬉しい」


 こういう雰囲気が温かいのよ、と公言するイアが笑い、どこか嬉しそうに抱き付いたままのルリア。

 どちらも笑顔なので俺は振りほどくことも出来ずにそのまま天井を見る。このまま平和だったらいいのに、と思いながら。



 ただ、事件はいつだって唐突である。

 北の魔族領からの使者という男たちがパンサーケイブにやってきたのは収穫祭からわずか三日後の事だった。








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