043.雨を求めて
きっかけはある夏の日の事。
今年の雨期がなかなか来ないな、という獣人や魔族のつぶやきが聞こえる頃だった。
例年であれば、もうそろそろ雨季となっているそうだが……。
畑の作物もこのままだと出来が悪いし、川から水を運ぶのも大変、ということで冒険団も魔法での水まきにあちこちに駆り出されている。
本人達は忙しそうだけど嬉しそうだ。
やはり、自分の仕事があって報酬が貰えるというのはそれだけで、自信になるのだ。
そんな中、俺は河原にカーラの様子を見に来たわけだが……。
「おい、火竜なのに何へばってるんだ……?」
『ガウ……』
ジト目の俺の視線の先で河原の水たまりでぐてっとした様子の火竜であるカーラ。
気のせいか、鱗の色も良くない。火山地帯でも平気なはずのその体はなんだか暑さに疲れた様子だ。
高位竜である溶岩に住むあいつと比べれば確かに違いはあるかもしれないけど、それでも季節的な暑さなんかは大したものではないはず。
そう思って問いかけると、チャネリングを通じてカーラの感情が返ってくる。
伝わってくる感情はこちらの言葉に直すと、確かに暑くはない。でも気分的な物、だそうだ。
……本当に竜か?
まだ生まれて3か月も立っていないのに随分と頭がいいなと思うけど、竜はそう言う物なのだろう。
孵化前に吸収した竜魔石は魔力以外にも竜の知識を得ているとか聞いたことがある気がするな。
「そうか……まあ、ミィたちもいないしな」
『ガウガウ』
そうそう、と言わんばかりに頷くカーラ。
どうでもいいが、竜が座ってると妙におじさんおばさん臭いな。
やはり下半身がしっかりしてきた分、太っているように見えるからだろうか?
(確かもうすぐ帰ってくるころかな?)
ミィたちは冒険団と一緒に依頼に出ている。
今日も元パンサーケイブへと物資を運ぶ輸送部隊の護衛だ。
と言っても魔物を倒すのではなく、道中で魔法を使い、氷や水を生み出す補助要員らしい。
残りの面々も近場での採取依頼や、この暑さの中でも元気な魔物の討伐だ。
体調に気を付け、倒れないように気をつけさせているから遠出はほとんどない。
ヴィレルやヴァズは周囲の領主との外交に注力しており、近々3都市ぐらいが合同勢力となるのだとか。
代表にはヴィレルがなる予定というのだから頼もしい。さて、話を現状に戻そう。
「後でご褒美やるから、ちょっと動くか。ミィにしかられてもいけないしな」
『ガウ!』
産まれて間もないというのに、毎日少しずつ大きくなっているカーラ。
魔力を食べれば食べるほど大きくなるようだけど、先に大きくなるだけなのも困るので順番に、だな。
「よし、殴りかかってこい。何、心配するな。直撃しても……なんともならんよ」
『……ガウ!』
構えを取る俺が挑発気味に発した言葉。
それが効いたのか、それとも実力差をしっかり感じているのか。
好感に値するほど割り切った一撃が繰り出される。そこらの魔物なら一発で吹っ飛ぶだろう爪も備えた一撃だ。だけど、まだまだ弱い。
目撃した人が心配するといけないので、壊れてしまった鉄剣の代わりに購入した新しい鉄剣、どうも魔鉄品の職人的には失敗作らしいが……の腹で受け止める。
金属同士がぶつかったような音を立ててカーラの爪が止まる。予想はしていてもやはり驚いたのだろう。
動きも一緒に止まってしまったカーラの二の腕付近にそっと手を添え、そのままはじいた。
『ギャウン!?』
「強い奴はいくらでもいるからな。どんどん攻撃する癖をつけるといい」
尻もちをついてしまったカーラが立ち上がるのを待ち、続けての特訓。
しばらくして日差しが強まったのを感じ、俺が休憩を取る。
(人、いや竜の事を言えないな。まだ大丈夫なのに気分的に休憩を取ってしまった)
河原に座り込みながらそんな考えに一人、苦笑を浮かべる。隠れる様子の無い日差しを睨む。
雨期が来ない理由はしっかりわかっていないらしいが、いつもなら南の海の方から始まるそうだ。
その割には気配もない。困ったときは……そうだ、ばあちゃんに聞こう。こういう時こそ占いである。
「ちょっと出かけてくる。これでも齧って待っててくれな」
『ガウ!』
素早く詠唱を済ませ、カーラの前に同じぐらいの巨大な氷塊を作り出してドスンと置いてやる。
魔法で作り出したから火と同じように食べられるんじゃないかなと思う。
なんだか喜んでかじりついてるしな。
(やっぱり、カーラ……火竜じゃないんじゃないのか?)
そんな疑問を抱きながらフロルへと駆け出す俺。
木々の緑は今が全盛期、と言わんばかりに輝いているがよく見るとやはり、地面には湿り気が足りないように思える。
土煙を上げてしまわないように気を付けながら走り、街中はやや速足で目的の場所へ。
たまにヴァズもやってきているらしい建物はいつものようにそこにあり、静かだった。
入り口をくぐると、相変わらずの暗さというか……風通し悪くないか?
「ばあちゃん、いるかい」
「ふぇっふぇ、お迎えがあんたにビビッて帰っちまったよ」
気配を感じているのに敢えてそう言ってみると、前見た時と同じように、老婆は部屋の奥で一人、静かに座っていた。
楽しそうな声から、元気であることがわかる。窓がある様子はないけど不思議とそう暑くないのは何かの魔法かそう言う物なのか。
「まだ100年はそうして若者を蹴っ飛ばしてもらわないとな」
「無茶を言うねえ。アンタが死神を毎日追い払ってくれるんかい?」
軽口をたたくと、こちらも笑いながらいい返事が返ってくる。
俺の事を人間だと見抜いている老婆の前は、逆に俺らしく振舞える貴重な場所でもある。
呼び方ももっと気楽に呼べというのでばあちゃんと呼ぶことにしている。
それにしても、ヴァズにいついうべきなのか、もう言わないほうが良いのか……。
「なんだい、笑ったと思えば湿っぽい顔して。聞きたいことがあるんじゃないのかい」
「おっと、そうだった。雨期が遅いってみんな言ってるけど、どうにかなるもんなら何とかしたいなと思ってね」
そんなに必要なのかと思うほどに並べられている椅子の1つに座り、俺はそういって老婆の返事を待つ。が、返事がない。
「ばあちゃん?」
老人は動きがあまりないため、ちゃんと生きているのか心配になるのは人間も魔族も同じだろうか……。
「ふうむ……そうさね、祈るまでもなくきっとあの坊主が何かをつかんでると思うがね。
行くなら南、海岸だろうさ。そこに何かあるからだろうね」
老婆がどこか遠くを見ながらつぶやくのはこれまでの経験からくる予想だと思われた。
まだ祈っていないからな。ただ、今回はそれで十分ともいえる。
「南、か。竜……いや、別の奴か?」
「だろうね。前に経験したことがあるよ……その通りなら、春ぐらいからゆっくり影響は出てたはずだねえ」
カーラの様な例外は別として、竜の類は被害、あるいは影響力が半端ではない。
火竜であれば周囲は暑さに土中に生き物が住めなくなったり、雪竜であれば砂漠でも雪が降り積もる。
「気を付けな。婆の経験上、すぐには終わんないよ」
「確かに、そりゃ神様の予言より確かな物だ。十分気を付けるよ、ありがとな」
「お待ち」
さっそくと立ち上がり駆け出そうとした俺を老婆が強く引き留める。
珍しいこともあるもんだと思い、老婆を伺うと……にやりと皺だらけの顔をゆがめて部屋の一角を指さした。
「そこに一発氷を置いて行っておくれ」
「ははっ、わかったよ」
やはり老婆と言えど暑い物は暑いようで……。
よく見ると平たい器が1枚、置いてあったのでそこに祈りからの氷魔法。
本当は冬に呼び出してほしいらしい神様には悪いけどそんなもんだと思ってあきらめてもらう。
ばあちゃんの家を出、ひとまずカーラの元へ行って今日は休んでていいぞ、と言っておく。
この後の話が長くなるかもしれないからな。さてと、どちらかが戻っているといいのだけど……。
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