041.そして妹は親となる
じりじりと、隠れない日差しが岩肌を焼いていく。
実際にはそこまで強くないはずなのだが……これは……地面から?
「何か、あるな」
「ラディもそう思うか。だがまずは奴らを蹴散らしてからだ」
ここは火山ではなく、ただの岩盤地帯のはずである。
であればここまで熱を持つのはおかしい。かつて火竜がいたという時ならば、火竜当人の熱が周囲をひたすらに熱していたことだろう。
周囲の生き物に遠慮することを普通の竜はしない。
ただ、今はそれがいないはず。ではなぜこうも暑いのか……住み着いている四つ脚の火トカゲ共では理由にはならない。
奴らは高温の粘液を吐くことはしても、火炎の吐息を吐くようなことのできない竜未満の生き物だ。周囲の環境を変えるほどの熱は生み出せない……はずだ。
(まずは倒してからだな)
後続の大人たちに手で合図を送り、一斉に駆け出す。
今回、作戦はあってないような物だ。風下から近付き、一気に各個撃破。
安全を確認したうえで、復興のための足掛かりを作る、とそれだけだ。
これまでは周囲の領主たちに遠慮しての状態だったらしい。
この場所がかつて、優秀な武具を作り出していた場所であることは誰もが知っており、ここを復興させようということは自分たちの領土を削り取ろうとしているのではないかと疑われそうだったのだ。
だが、今は状況が変わった。
アーケイオンの神託により、種族間の垣根をなくして共に生き抜くことが神にとっていいことだと自分たちは知ってしまったのだ。
しかし、ただ主張したのではあまり意味がない。意志を貫き通すにも力がいる。
だからこそのこの場所の解放作戦というわけだ。駆け出した俺達にまだ相手は気が付いていない。
「ふっ!」
小さく息を吐き、姿勢を低くして走り、勢いそのまま近くの1匹へと鉄剣を突き出した。
本来の実力からは手加減されているとはいえ、走りながらの勢いの乗った突きはトカゲの頭を容易に貫き、命を奪った。
飛び散る中身には気も留めず、続けての獲物へ向けて岩を足場に空高くへ舞い上がる。
その気配と音に、何匹かが気が付いて上を見上げるがそれは完全な隙となる。
ヴァズの槍が、男達のそれぞれの武器がトカゲを次々と貫いていく。
俺は空中でそれらを見ると、やや離れた相手へ向けて小さく祈りの声を呟き、風の刃を飛ばす。
剣を振るうことで飛ぶ、魔力の斬撃とも言うべき物だ。多少の攻撃は防ぎ、火にも耐性があるはずのトカゲの首元がぱっくりと切り裂かれ、沈黙する。
着地し、姿勢を整える俺の視界にもまだトカゲは2……いや、3か。
「思ったよりも数がいるな……だがっ」
数が厄介ではあるけど、所詮は獣。目立った連携も取れずに次々と撃破されていくのが見える。
俺もまた、悪い足場にこけないように注意しながら露天掘りによって大きな穴となった地形を競争するかのように走り、 途中のトカゲを首を狙って仕留めていく。
こいつらの皮はやはりいい材料になるのだ。
そうした被害が出る状況を考えたくはないが、魔法で一番わかりやすく力を発揮するのは火の魔法、火球等だ。
見た目にもわかりやすいし、延焼の可能性も出る。このトカゲの皮で表面を覆った防具は火に耐性を持つ。
あるいは建物の要所に張り付ければ火矢だってそれなりに防ぐのだ。
時に合流し、そして別れ、俺達はトカゲたちを討伐していく。
どれだけいるのか、考えるのももどかしいだけの数がいる。それでも、物事には終わりがあるのだ。
何度目かの刃の血を洗い流し、気が付けば動いているトカゲは少なくとも見える範囲にはいなくなっていた。
「お疲れ。怪我はないか」
「それはこちらの台詞だ。飛んだり跳ねたり、曲芸師かと思ったぞ」
こちらも刃についた血を振り払っているヴァズに明るく問いかけると、半ば本気で心配した顔でこちらに近づいてくる。
そばにいる他の面々にも視線を向けると、何故だか何度も頷かれた……あれ?
「コホン。隙を作ればみんながやってくれると信じていたんだ。後は……あれだけか」
「まったく……ああ、明らかに気配が違う。トカゲ共が隠れてるわけではないようだが……」
視線の先、露天掘りの一番下にはヴィレルの住む館にも匹敵しそうなほどの岩の積みあがった何か。
一見すると建物のようにも見えなくはないが、とりあえず積みました、という方がまだ説得力のある造形をしている。
大きさは変だが、子供が適当に石を積み上げたような適当さを感じるのだ。
「一度、ミィ達を呼んでおこう。逃げるにしても一緒に逃げたほうがよさそうだ」
俺の意見に皆が頷くのを見てから合図の笛を吹く。
高い音が穴の底から響き、フチにいるミィ達にも聞こえたことだろう。
その間、中心のそれを警戒しながらもトカゲの皮を剥ぐ作業に移る。
(ん? この鉱石……少しだけど火の力を感じる……火竜の性か?)
トカゲの横に露出している鉱石に俺はふと、手を止める。
そもそも、なぜ火竜はここにきて、また去ったのか。
休憩のため? 狩りのため? あるいは番を探すため?
幾つもの考えが頭をよぎり、そして消えていく。湧き上がるあってほしくない可能性。
それは……。
『お兄様。アレ、多分そろそろよ』
いつの間にか近くにふわふわと浮いてきたイアが硬い表情で中心を指さす。やはり、そうか。
「にーに、中で動いてる。もうすぐ、みたい」
ルリアもまた、その瞳で余分な物を抜いて中を見抜いているようだ。
それでも逃げ出さないのは、俺の事を信じてくれているからだろう。
「ヴァズ、あの塊だが……恐らく、火竜の卵が中にある」
「なんだと!? いや、そうか、それなら……どうする、砕くのか」
突然の俺の言葉に周囲はざわめくが、ヴァズはすぐに冷静さを取り戻して対処を聞いてくる。
こういうところがすごいんだよな、ヴァズは。
「いや、こういう場合砕くと中の魔力が周囲に飛び散って吹き飛ぶ。
確認して産まれさせるのが一番だろうな……」
俺は頷き、慎重な足取りで岩の隙間を確認していく。
どこからかならば中身が見えるはずだ……あった。
岩と岩の隙間に、赤い透明な石が見えた。恐らくは火竜の親が作ったゆりかごのような物。
火の魔力がこれでもかと詰まった竜魔石。
これにより卵は魔力を吸収し、熱により最終的に孵化するのだ。
遠巻きにイアや大人たちが見守る中、俺とヴァズは少しずつそれに近づく。
奥に見える卵の大きさは俺の背丈ほど。中身は……ミィよりやや大きいぐらいだろう。
(さて、産まれたてなら倒すのにそう苦労はいらないが……どうするべきか)
正直、討伐には安全のため以外の利点がない。
素材にするにも若すぎて強度も何もあったものではないのだ。と、見守っている俺達の視線の先で変化が訪れる。
卵の周囲にあったはずの竜魔石が段々と小さくなっているのだ。
(これは、聞いた話によるなら孵化直前の合図!)
「ミィ!」
取るべき手段を頭にいくつも思い浮かべ、俺は最適解を生み出せる相手を呼んだ。
魔力の継続に難のあるイアでも、火の魔法が苦手なルリアでもない。
ましてや魔法の得意ではない大人たちでもなく、俺やヴァズでもない。
ミィの魔法がちょうどいいと判断したのだ。
駆け寄ってくるミィを抱き寄せ、卵へと向き直させる。
そうしている間にも卵にひびが入り、何かが中から出ようとしている。
「ミィ、中身が出てきたら合図とともにフレイムボルトだ。良いというまで連続でな」
「え? う、うん!」
そして、ついに卵の上側が弾け、何かが顔を出してくる。全身は赤く、ぬめった体表は生まれたての証。
周囲を見渡し、己の親、そして食べるものが無いことに気が付いたのかその中身が声を上げるべく息を吸い込む。
「今だ!」
「フレイムボルト!」
俺の腕の中でミィの声が響き、両手の中から炎の力が産まれ直進する。
そう、産まれたばかりの火竜の赤ん坊へ。
「た、食べた!?」
ヴァズの驚きの声が何が起きたかを伝えてくれる。
そう、ミィの放った炎を赤ん坊は食べたのだ。
「続けて」
「フレイムボルト、フレイムボルト! もう一つフレイムボルト!」
慌てて、それでも律儀にミィは魔法を連射していく。
強すぎても弱すぎてもダメ。ちょうどミィぐらいの強さなら食べられると判断し、それは正解だった。
恐らくヴァズの魔法であれば食べきれずに泣き出し、俺の魔法なら……中から焼けてしまっただろう。
ミィの魔力が尽きるのが先か、相手が満足するのが先かの戦いはミィの勝利に終わる。
満腹になったのか、卵の殻にもたれかかるようにして寝ている火竜の子供。
「ラディ、こいつは毎回こうしていないといけないのか?」
「いや、話によれば産まれた直後にはこうして飢餓状態になるらしいが、後は普通のはずだ。昔、物知りが教えてくれたんだ」
誰がという話になったらどうしようかと思っていたが、幸いにもそれ以上のつっこみはこなかった。さすがに上位神の一人が、とは言えないよな。
これで次に目覚めた時にはフレイムボルト数発で十分だとは思うが……ふうむ。
「なあ、ヴァズ」
「嫌な予感がするが……なんだ?」
せっかくなのでとトカゲの皮剥ぎに移った面々にも視線をやりながら、俺はその提案をヴァズへと告げる。
「フロルに火竜を連れて帰ったらヴィレルは喜ぶかな?」
「……少し考えさせてくれ」
既にそのつもりなのか、火竜の子供を恐る恐る撫でているミィ。
その顔は慈愛に満ちている。あんなミィから子供を奪い去るなんて兄にはできない、出来ないのだ!
俺の心の叫びがどこにでもなく響いた。
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