034.新たなる妹(の体重)増量計画・後
兄への呼称の数だけ妹は増えるのだ!
と言いたいところですがさすがにそこまでは増えません。
耳に届く泣き声。小さなその声が俺の目を覚まさせる。
灯りを落とした暗い部屋。唯一ある窓の鉄格子の向こうにはまだ星が見える。
月明かりもわずかだが、それでも室内の様子をうかがうぐらいは出来そうだった。
首を動かし横を見ると、それぞれのベッドで眠るミィとイア。
いつもなら抱き付いてくる2人も、旅の間は俺がいないこともあるのだから、と一人で寝てもらっている。
イアは……浮いたままなので果たしてベッドで寝ていると言っていいのかは疑問が残るが。
そして、その反対側には例のエルフの少女、ルリアが寝ているはずであった。
声を押し殺し、それでも漏れ出る泣き声が俺の耳に届く。
「ルリア」
「っ!!」
ビクンと、何かにおびえる子羊のように体を揺らすルリア。
エルフは見た目と年齢が一致しない長寿の種族とも聞いているが、少なくとも、目の前の彼女は大人とは呼べそうにない姿であった。
「おいで」
「……」
だから、俺は敢えて短くそれだけを言って自らの毛布を持ち上げ、隙間を作った。
おずおずと伸ばされた手が引っ込み、こちらを潤んだ瞳が見る。そしてまた手が伸び、また引っ込む。
何度もそれが繰り返される中、俺は静かに微笑んで待った。それは少しの時間だったのか、それともかなりの時間だったのか。
感覚のわからない中、ついにルリアが自分のベッドからゆっくりと俺のベッドへとたどり着き、潜り込んだ。
「おやすみ」
「(こくん)」
昔、いや……今もたまにか。
ミィにしているようにそっと抱き寄せ、脇を枕に眠らせる。
それでも涙が俺の体を伝っていくが、いつしかそれも止まり、静かな寝息が腕の中で漏れる。
俺も朝までの時間をしんみりと過ごしながら寝ることにした。
「したんだけどな……」
「おはよう、お兄ちゃん」
何やら暑苦しいので目が覚めたら、ルリアとは反対側にイアがおり、なぜかミィは俺に覆いかぶさるようにして寝ていたのだ。
もう季節的にはさすがに暑いのだけど、それを面と向かって言うのも難しい。
まあ、ミィ達なら多少暑かろうが嫌ではないのだけど。
『ふと目が覚めたらルリアがいるんだもの。これはと思ってミィも起こしたのよ』
どうやらこれはイアの仕業で確定らしい。
苦笑しながらも体を起こし、ミィを上に乗せたまま……まま。
「ミィ、ご飯に行くから着替えなさい」
「えー、もう少し寝てたいよぉー」
可愛く拗ねるミィに屈しそうになるが、それ以上の問題が発生していた。
だからこそ、多少強引に体を起こし、ミィに横へどいてもらうのだった。
さすがに動きが急すぎたのか、腕の中でルリアが目を覚ます。
「……おはよう、ございます」
『おはよう。さ、ルリアも髪の毛ぐらいは整えましょう』
イアはこちらを見て怪しい笑みを浮かべつつもルリアの手を引っ張ってくれる。
(イアはわかってるな……仕方ない。朝なのだから)
生理的なあれこれを誤魔化すべく後ろを向いて荷物を探る振りをしながら着替えを取り出し、外行きの格好となる。
少々騒がしいが、いつしか終わったらしい3人の方へ向き直ると、服はそのままだが見た目は見違えたルリアを挟んでミィとイアは笑っていた。
3人そろっていると種族は違うが、家族の様で微笑ましい。
「ルリア、ご飯は食べられそうか?」
「……うん。だいじょうぶ。木の根よりは……おいしいよね?」
3人に衝撃が走ったのは言うまでもない。
比喩……ということではないだろう。痩せた体がそれを何よりも証明している。
幸いにも仕事の報酬としていくらかの金銭はもらえている。
4人で美味しい物を食べよう、そう決心した。準備が出来たら外に出ようと思ったそんな時だ。
ルリアはじっと俺の方を見つめる。
(ん? 俺の……後ろ?)
視線の向きに気が付いて振り返るが当然誰もいない。
「ねえ、どうして人間なのにここにいるの?」
再びの、衝撃。今度は彼女への同情の様なものではない。
何を言っているのか、という物だ。俺の後ろを見ていったということは……翼が見えていない?
『はっ……まさか、そういうこと? ああ、なんてこと……』
戸惑う俺とミィを置いてけぼりにし、イアはルリアの前に立つとその手を揺らした。
口から漏れるのは幻影や幻聴を引き出す魔法を使える無名の神様への祈り。
途端、俺達の前でイアの手の上に果物がいくつも生まれた。
恐らくは、幻影。一体イアは何をしようというのか……。
『今、いくつ果物が見える?』
「……え? 1つも、ないよ?」
答えるルリアは嘘を言っているようには見えない。
本当に、見えていないのだ。これは幻覚の魔法がかからなかった、ということではないようだ。
イアの魔法は、見る物に何か作用するものではなく、実際にそこに魔法によって見える何かを作り出しているのだから。
「イアちゃん、怖い顔してる」
『あら、いけないいけない。……ルリアに苗字が無い理由が1つ、わかったわ。
彼女、真実の瞳保持者ね。エルフの中でも限られた数しか持っていないはずよ』
イアが語るところによれば、エルフの中でもまれに生まれるというこの能力の保持者は一種の別格な扱いを受けるらしい。
その扱いとは、争いの仲裁や犯罪の処罰。
真実の瞳は魔力で出来た物を認識しないという能力ではなく、嘘、偽りを見抜く、という能力なのだという。
先ほどの場合、イアの『果物がいくつ見えるか』という問いかけが実際には果物が無いわけなので嘘であり、それに伴う果物の幻影もまた嘘である。
ゆえに、見えない。
この瞳の前では嘘の証拠はなかったものとされ、語る言葉も嘘や偽りがあればすぐにそうとわかるのだという。
だからこそ、俺の姿が偽りであることを見抜いてしまったのだ。
「色々あってね。内緒にしてくれると嬉しい」
「……わかった。ないしょ。私、やくそくはまもるよ?」
何気ないルリアの返答。ただ、俺とイアはその言葉に大体の事情を察し、ミィもまた、きゅっとルリアを抱きしめる。
恐らく彼女は、エルフの大陸で真実の瞳で何かを見てしまったのだ。
大人であれば敢えて見なかった振りも出来たのかもしれない。
でも彼女はきっと、口にしてしまったのだろう。
何で嘘をつくの、と言ったように。時に、直接的な正論は相手を刺激する。
それが理由かはわからないけど、彼女は孤立し、そうして密航に至ったのだ。
なら、俺も本音で誘わないとな。
「ルリア、よかったらだけど。俺達と暮らさないか」
しゃがみこみ、高さを合わせて正面からルリアを見る。
どこか遠くを見るような透き通った緑の瞳が俺を見つめる。
「……おねがい、します」
おずおずと言った様子で紡がれた言葉は肯定。
「やったー! じゃあさっそくご飯ご飯!」
『ミィったら、ここに来たらずっとそれね』
笑顔でルリアを抱いたまま揺れるミィ。
イアもまた、くすくすと笑いながらルリアを撫でている。
だからこそ、俺も笑顔となって立ち上がった。
「さあ、4人で出かけようか」
ヴァズの本隊が来るまで、俺達のやることは決まった。
新しい妹、ルリアの体重増量計画を遂行するのだ。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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