033.新たなる妹(の体重)増量計画・中
結果として、俺の話はバイヤーには非常に面白いものであったらしい。
ただでさえ小さくなっていた外の喧騒が全く聞こえないほど、大きな声で笑っているのだ。
同じ部屋にいる使用人のような人達は表情がほとんど動かない。
どうやらたまにこういうことをしでかす人の様だ。
「気に入っていただけたようで」
「いやいや、それどころではないな。なるほど、気が付いたら轟音と共にあのでかいのが浮かんでるんだ。何かあったとは思ったが……海を走って、飛んだ上に一撃必殺、素晴らしい!」
ひとしきり笑った後、バイヤーは腰に下げた袋に手を突っ込んだと思うと金属の音をチャリチャリとさせながら何枚かをテーブルのこちら側に置いた。
投げるでもなく、誰かに任せるでもなく、自分で立ってだ。
「これは?」
なんとなくわかってはいるが、下手に金銭を受け取ると厄介だというのは勇者時代、教会のじいちゃんや街のお姉ちゃんらが口酸っぱく言っていた。
あれだな、下手な宿に泊まるよりそういう場所や野宿してた方が安心できるというのは今考えてもよろしくない時期だったな。
「面白い話をしてくれた詩人への代金さ。それ以上でもそれ以下でもない。だったら受け取ってもらえるだろう?」
「では、ありがたく」
さすがにお金のことはこちらより1枚も2枚も上手の様で、受け取りやすい名目をわざわざ作ってくれたようだ。
具体的に数えてはいないけど、フロルでの依頼がかすみそうな気がするのは気のせいだと思いたい。
「本隊が来るまでは街を好きに観光してくれ。買い物には苦労せんぞ、どれを買うか迷うという点では問題かもしれんがな」
バイヤーはそう言って二杯目の黒いお茶をうっとりとしながら飲み干していく。
俺もまた、珍しい味わいと独特の香りを楽しみながら、もう1つ、バイヤーに話の種を提供することにした。
「相場がよくわからない物がありまして。こちらなら価格を知っているんじゃないかと」
「ほう、どんな素材が欲しいんだ。空から降ってきたという隕鉄か?
はたまた魔王が鍛えたという魔石か?」
上機嫌のバイヤーは俺のそんな言葉に身を乗り出して食いついてきた。
じわりと、背中に汗が噴き出た気がしたがここは戦いであると思いなおして乗り切る。
「一人の痩せたエルフの少女。しかも、探される様子の無い後は野たれ死ぬしかない相手を引き取る相場をぜひ教えていただきたい」
「ほほう……なるほど、やはり善人だな。商売には向かんが悪くない、騙されないように気を使ってやろう、と思えるぐらいには気に入った」
こんなことなら魔物を倒してるほうがはるかに気楽だな、と心の底から思える時間が過ぎていく。
バイヤーはどこからか紙の束を受け取り、無言でめくり始める。
(すごいな、羊皮紙ではなく、植物紙まであるのか)
レイフィルドでもまだ王都だとかの金持ちの場所でしか見たことがない物。
それが恐らく日常的に使われている。それから導き出されることは、バイヤーが生産個所を抑えているか、安く手に入る環境にあるということだろう。
「港に入る予定、あるいは入って来た中に今回はエルフの子供、しかも女はおらん。
みんな男か、年の行った女ばかりだ。ま、そういうことだな。安心しろ、商売人は無い物に金は払わん」
「いないはずのエルフを引き取るのに相場などない、ということですか」
敢えての確認にバイヤーは静かに頷き、残った黒いお茶を飲み干す。
しばらくの後、腕組みをしてバイヤーはこちらを改めて見つめた。
「ヴィレルの奴もいい人材を手に入れた物だ。中央を追われて僻地へと思いきや、やはり魔豹の名は健在か。出会ったら伝えておいてくれ、いつでもおごりの酒を待っている、とな」
「わかりました。では、私はこれで」
満足そうにうなずくバイヤーに頭を下げ、部屋を出るべく扉を開けると、喧騒が耳に飛び込んできた。
(そうか、こういう場所だったな)
前を行く案内人に従いながら、元来た道を戻る。
敷地を抜け、通りに出た俺は……深く、息を吐いて壁にもたれかかった。
「ヴァズめ、街に来たらおごらせてやる……ふう」
気を取り直して2人とエルフの少女へのお土産を買うべく街へと繰り出し、疲れた時によく食べるという果物などを適当に買い込んだ。
宿に戻った俺を迎えたのは、にこにこと果物を切るミィに、飽きれた様子のイア、そして口いっぱいに食べ物をほおばっているエルフの少女だった。
「あー、起きたのか?」
「お帰りなさい! うん、ちょっと前に起きたよ」
『最初は隅に逃げて震えていたけどれど、食べる?って1つ差し出したらこうよ』
どちらかというと元気なミィに対し、イアはひどく消耗している。
恐らく原因は、こちらを見て驚きながらも手の中の果物を食べる手を止めないエルフの少女だろう。
痩せこけた体のどこにそんな余力があるのか、結構な勢いで食べていったかと思うと、ついに手が止まった。
「おなか、いっぱい」
「じゃあお兄ちゃんにご馳走様って言ってね。これ、お兄ちゃんが買ってきてくれたんだよ?」
痩せた体に対して、食べ物が詰まったお腹はやや歪で、この後大丈夫だろうか、と心配になるほどだ。
「……ありがとう、ございます。ごちそうさまです」
『あら……偉いじゃないの』
食べても急に栄養となるわけではないから、今体を動かすのはなかなか大変なはずだ。
しかし、エルフの少女はミィに言われて俺を見ると、ベッドに腰掛けたまま頭を下げ、ちゃんと言葉を伝えてきた。
「寝ててもいいぞ。話はそれからでいい。ああ、名前は言えるか?」
さすがに今横になるのはきついのか、壁にもたれかかるようにして寝床に戻るエルフの少女。
その瞳がこちらをじっと見る。
(悩んでいる、目だ)
ミィの俺を捕まえた時の物とも、イアが俺と初めて話した時の物とも違う。
すがっていいのか、頼っていいのか。そう、悩んでいる目だ。
「大丈夫、だよ。お兄ちゃんは優しいから! ね?」
「まあ……元気になるまでは放り出すようなことはしないさ」
俺へのミィのまっすぐな信頼には苦笑を浮かべるほかなく、本人からはまだ意志を聞いていないのでそう答えるにとどまった。
「ルリア……一族名は無いの」
『そう、そのままおやすみなさい。寝られそうなら寝ておけばいいわ』
イアが器用に毛布を胸元まで上げると、ルリアはそのまま壁にもたれかかって目を閉じた。
いくらかもしないうちに小さな寝息が響く。
「……大変だったんだね」
「だろうな。イア、一族名が無いって、そういうことか?」
きゅっと、自身の手を握りしめて涙ぐむミィを抱き寄せ、気になったことをイアに聞いた。
エルフは森の民というわけではないが、エルフの大陸は緑にあふれており自然と森と、こうして出てくる海での生活となる。
多くは一族の名前を脈々と引き継いでいると聞いているが……。
『でしょうね。親がいないか、名前を捨ててこちらに来たか。なんにせよ、お兄様はもう決めているんでしょう?』
「やっぱり、わかるか?」
笑みを浮かべるイアに小さく笑い返すと、腕の中のミィもこちらを見上げてくる。
「もしかして、ミィと一緒?」
女の子のカンというものは特に様々な物を飛び越えて真実にたどり着くという。
ミィもまた、今の会話だけでわかってしまったようだ。
俺が彼女を家族として引き取ろうとしていることに。
「ああ。ルリアが良ければ、一緒に暮らそうと思う」
バイヤーは俺のことを善人と言った。
確かに、その通りだろう。ならば、最後まで善人を貫き通すのが、筋という物だ。
だが……まずは体の調子を整えさせるのが先だろうなあ。
荷物を片付けながら、俺はそんなことを思うのだった。
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