032.新たなる妹(の体重)増量計画・前
「まだ目は覚めてないか」
『一応癒しの魔法はかけたけど……元がひどいわね』
宿に戻って来た俺がそばで喋っても彼女は起きてこない。イアとミィが献身的にと言えるほど看病をしているが、やはり、見た目通りに元々衰弱していたのが大きいようだ。
「うう、可愛そう……」
俺達の視線の先で眠り続けるのは少女。
耳は少し長くとがっており、話に聞いているエルフと一致した特徴を持っている。
ただ、その体はひどく痩せていた。命に別条がなさそうなのが唯一の救いだろうか。
市場で買い込んだ食料を脇に置き、壁にもたれかかりながら戦いの後を振り返る。
港に戻った俺とイアは歓声に包まれ、エルフの少女が腕の中にいなければもみくちゃになるところだったであろう。
「この子を休ませたい! 空いてる宿はないか!」
「だったらすぐそこがウチだ!」
張り上げた声に、すぐさま帰ってくる声。日に焼けた恰幅の良い魔族の男だ。
ちなみに、魔族も日焼けすると黒くなるんだよな。人垣をかき分け、案内されるままにその宿に向かう。
本人が言うように、本当にすぐそこにあった宿に部屋を取り、イアとミィに看病をお願いした。
俺達も泊まれるようにと4人部屋だ。3人分の荷物を置いてもまだ余裕があるところを見ると、それなりに高いであろうことがうかがえる。
「じゃ、俺は外の様子を見てくるな。後は任せた」
「うん、わかったよ」
『できたら帰りに色々買ってきてくれると助かるわ』
二人に手を振り、宿を出た。
まだ港周辺は騒がしく、ようやく接舷できた船からは木箱がどんどんと運び出されている。
何人かが俺に気が付き、手を取っては礼を言う。あの船の関係者達かもしれないが、それはともかくだ。
「なあ、エルフの女の子が乗る船に心当たりはないか?」
「子供が? うーん、あまり無いな。エルフとの交易は俺らからすると長旅だ。
たまに親子連れが来る時はあるが……見てみろよ、探してる連中はいなさそうだぜ?」
とりあえずと声をかけた水夫らしい獣人はこの場所に詳しいらしく、すらすらと答えた後、港の一角を指さした。
そこにはあの少女の様な長耳のエルフたち。海を行きかうためか、思っていたよりたくましい体つきに日焼けした肌。
積み下ろしを指示する者と、運び出す者。脇で談笑する者と様々だが……確かにあの子を探しているようなエルフはいないようだ。
「ふむ……?」
腕組みし、思案していると水夫の獣人はこちらを手招きする。
誘われるままに物陰に来ると、俺の耳元に顔をもってきて囁いた。
「あんま言いたかねえけどよ。エルフは結構排他的でな。商売はするが、交流はあまりしない。意味が分かるか?」
「酒場で一杯やりながら、というのとは遠いというのはわかった。だが、それがあの子と……?」
言いながら、俺は1つの可能性に気が付いた。
さすがに今聞いたような話がエルフの性質だとしても、家族や親族、あるいは同じ船に乗る間柄にまで冷たいということはあるまい、と。
であれば、全くの無関係な相手ならどうだろう。
そう……。
「密航者、か」
「じゃねえかな。親がいないのか捨てられたのか……そりゃわからんがね。兄ちゃんよ、アンタ、結構やるんだろ?」
問いかけではあるが、彼はきっと俺の戦いを見ていたのだろう。
疑いの気持ちはその視線には全くない。つまりは、適当に拾ったんじゃないんだろう?とそう言いたいのだ。
「まあ、な。少なくとも、拾ってぽいってするような真似はしないつもりだ」
「へへっ。それはよかった。実は俺もその口でよ。アンタが駄目なら俺が……ってな。おっと、責任者のお帰りだぜ」
顔を上げると、こちらに近づく人だかり。
その中にいた人物は獣人の耳に魔族の肌を持つ、一人の壮年の男だった。
こちらを見るなり、にやりと笑う姿には隙が無い。特に声をかけてくるようなことはない。
後からこちらが行くのでそれで構わないということだろう。水夫の獣人に礼を言い、市場で適当に食料を買い込んで宿へと向かう。
(さて、どうするかな)
これから商売のための話し合いが待っている。
かといって3人に加えてエルフの少女も、というのも少々おかしい。ここは2人に任せるか。
「お兄ちゃん行ってきて。ミィ、この子のお世話するよ?」
『そうね。その方がいいんじゃないかしら、私もここにいるわ』
俺が言うより早く、2人の口から出た案に俺は頷き、再び荷物を持って宿から出た。
向かう先は倉庫がいくつも隣接した大きな建物。
(住居というより交易のための倉庫、という感じだな)
そんな感想を持ちながら、受付であろう場所にフロルから来たことを伝える。
ヴィレルの紋章が入った札が俺の身分証明だ。幸い、特に問題になることはなくすぐに会いたいと言っている、と逆に驚かされた。
案内を受け、向かった先は戦場であった。運び込まれる様々な物に、飛び交う怒号直前の大声。
その隅に、小屋を倉庫の中に入れました、と言わんばかりのこじんまりしたものがあった。
どうやらそこが面会の場所らしい。開けられた扉をくぐり、それが閉められると急に音が遠くなった。壁面にわずかにだが魔力を感じる。
「どうだ、このためにわざわざ魔法がかかっている。いいもんだろう?」
まだ相手は来ていないようなので気になった壁を眺めていると、声。
振り返れば、部屋の奥にある椅子に慣れた様子で座る先ほどの男。
「フロルからの先触れで来ました、ラディです」
どう挨拶するのが一番か迷った俺は、田舎者っぽく単純に答えることにした。
詩のごとく相手をたたえる言い方を言えるような学が無いともいうけどな。
「ああ、適当でいい。どうせ交易相手にはいろんな奴がいる。いちいち言葉は気にしとれん。まあ、座ってくれ」
勧められるままに革張りの椅子に座り、出されたお茶に口をつける。
(む、これは……黒い……な)
お茶と言いながらも底も見えないほどに真っ黒な飲み物だった。
しかも、かなり苦い。鼻に抜ける香りはよく、癖になりそうだ。
「どうだ、珍しいだろう。その顔なら、気に入ったみたいだな。
苦手な奴が多くてな……一緒に楽しめる相手がおらんのだ」
「確かにこれは好みが別れそうですね。ああ、まずは交易予定の品をお受け取りください」
横に置いたままの包みを開け、そばにいる部下であろう獣人に手伝ってもらいながら並べていく。
「そのぬめるような輝きはソーサバグの物か。ん? おお、女王の顎牙まであるのか。
他にもなかなか珍しい物が多いな。フロルは交易拡大の意志ありということか」
「ええ、本命は後から来る予定です。それまで話をしておけと言われました」
どうやら愉快な人の様だとわかった俺は、少しおどけるように肩をすくめてそう言った。
すると、受けはよかったらしく相手は見事に笑い出した。
(そういえば名前は……バイヤーだったかな?)
「なるほどなるほど。このバイヤーが新しい物好き、と知っているヴィレルらしい人選だ。
さて、商売の方は特に問題なく行えるだろう。それよりも、だ。あの邪魔者どもを退治してくれた善人の話がしたい」
敢えて、バイヤーは善人、と言ってきた。
見返りもなく、命の危険があったのにどうして、と目が問いかけてくる。
「とんでもない、打算しかありませんよ。初対面の相手との話の種になればと思いまして」
ならば、これは戦いだ。わざと自信ありげに、俺は表情を変えた。
早くミィ達の元に帰りたいな、と思いながら……。
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R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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