031.兄曰く「沈む前にもう片方を踏み出せばいい」
海辺の街、テイシア。
魔族が中心であるが、獣人は元よりなんと、エルフまでやってくるという。
ダンドランを挟んでレイフィルドの反対側にある大陸がエルフの大陸だと話には聞いているけど、行ったことはない。
3人の旅も進み、もうすぐテイシアが見えてくるであろう頃、俺の鼻に独特のにおいが届く。
それはミィにとっても同じで、鼻をひくひくとさせ、きょろきょろしている。
「お兄ちゃん、海の匂い!」
「そうだな、ミィはこっちに来る時に嗅いだんだったな」
ミィが海を見たのはレイフィルドを脱出するときの1度きりだ。
それまでは山の中だったからな……その上、じっくり観光してる時間もなかったから楽しみで仕方がないのだろう。
『そういえばお兄様。力はしっかりとは隠さなくてもいいかもしれないわ』
ミィの頭やあごを撫でていると、イアが横にやってきてそんなことを囁く。
今のところ、勇者時代の全力を100としたら5も出してるか怪しいところだけども……。
かなり大雑把に戦っていた時期を考えると、最近は手加減具合が良い訓練になってちょうどいい。
「どういうことだ? そんなに強い奴がごろごろしてるとか?」
『近からず遠からずってとこね。どうも、魔族同士で戦争まではいかなくても、勢力争いはあちこちで起きてるらしいのよ。在野にいた未所属の魔族や獣人、他の種族も売り込みが多いようよ。逆に……』
イアは真剣な顔で、こう続けた。─自分たちはヴィレルという領主の下にフロルに住んでいる、ということが見せ札になる……と。
俺が自重しなければその分、その力に注目が集まりそうなものだが……。
「ああ、そういうことか。下手に隠して勧誘されるより、ヴィレルの庇護下にもういるから手を出すなよと主張しろと」
『ええ。結果、ヴィレル侮りがたし、なーんてなって援護にもなるんじゃないかしら』
ふふんとささやかな胸を張るイア。
確かに彼女の言うように、半端に隠してウチに来ないかとなるぐらいなら、多少目立ってももうお手付きなんで、としておけばいい。
それでも勧誘してくるようならヴィレルに言え、というわけだ。
「難しい話はわかんないけど、お兄ちゃんが強いのはミィ、知ってるよ?」
「ありがとうな、ミィ」
首を傾げるミィを再び撫でながら見えてきたテイシアへと進む。
見えてきたテイシアの街は、フロルとは違った意味でごたごたしていた。
沖に見える船、そしてにぎわう港。街はその賑わいが伝達しているかのように色々な動きがある。
荷物を担いでいる者、道を行く者に売るべく声をはる者、街からはフロルではない方向へと時折人影やグイナルに引かれた荷台の列が続いていく。
どうやら交易の拠点というのは間違いないようだ。そして、フロルがまだまだ弱小だということも。
結局、これまでに出会った商人等は両手で間に合う程度だった。
なるほど、名前を売るというのも一つの手だな。街に入り、事前に聞かされていた特徴の建物へと向かう。
迎えに出てきた魔族の青年に用件を伝えると、今は不在で港に受け取りに出ているという。
グイナルは預かってくれるらしいので、良ければそちらに向かうかと聞かれ、その通りにする。
さすがに街中で乗り回すには大きすぎるからな。その代わりに3人はそれぞれに大荷物だ。
「たくさん魚売ってるなあ。後で買おうか」
「ほんと? わーい、お兄ちゃん大好き!」
『ミィは現金ねえ、もう。あら?』
大通りを抜け、目的の場所へと向かうべく港に向かった時、前の方が騒がしくなる。
「なあ、どうしたんだ?」
足を止め、傍らの獣人に話を聞くことにした。
先ほどまで何事か他の人と話していた獣人はこちらを見るなり叫ぶ。
「海竜だ! こっちにやってくる船が襲われてる!」
そういって、走り出す獣人の男。彼が向かう先には人だかりができており、様子はここからではわからない。
(海竜? だとしたらこの辺一帯まずいじゃないか)
本当に海竜ならばこのレイフィルドでイアと一緒にやりあった、雪と氷の高位竜、フェルアノークと同種だ。
しかも海の上となれば俺だっててこずる。
「ミィ、イア。いざとなったら逃げるぞ。ひとまずは様子を見よう」
頷く2人の手を握り、回り込むようにして向こうを伺う。
そしてそこには……大き目の船3艘を襲う、多くのソーサバグほどの大きさの生き物、そしてその向こう側にいる大き目の生き物がいた。
ただ、俺の知る海竜ではない。
『あれ、海竜じゃなくって、海魔の眷属じゃないの?』
「だな。厄介なのは変わりないが」
「食べられ……なさそう」
ミィの脱力する解説がいい感じに俺の緊張感をほぐしてくれた。
海の魔物ではあるが、数の多い普通の奴らだ。鮫を器用にしたような、といった方が近いかもしれない。
めったに人里というか、目立つところには出てこないと思ったんだが、今回は例外的に船に目を付けたようだ……と、こうしている場合ではない。
今のままでは船底に穴が開くだろうし、小舟で脱出しようにもあいつらはそこそこでかい。
「誰も助けに行かないのか?」
ひとまず、近くにいた鎧を見につけた兵士っぽい魔族に話を振ってみると、こちらを見て苦々しい表情になってしまう。
「そうしたい気持ちはあるが、我々が船で出ても何も出来ん。あいつらは海の覇者だからな……」
彼の言うように、港から固定弓と思わしきもので攻撃しているようだが、ほとんどが当たっていないし効果は薄そうだ。
「お兄ちゃん、お願い!」
「ミィがそういうなら、ちょっと行ってくるか。あんた、妹と荷物を頼む」
どうせ何もしないならこのぐらいはやれるだろう?と強めにいうと、兵士は快く引き受けてくれた。人間でもそうだ。何か役割を与えられると不安が無くなるってものだ。
『じゃ、私はいつも通りぶら下がってっと。いつでもいいわ』
「よっし、行くか!」
何事かとこちらを見る人々の視線を感じながら、俺はミィに見送られつつ海に向かって、飛び出した。そして、海面を駆け抜ける。
仕組みは簡単だ。
海面に向けて足の裏から魔力を打ち出し、わずかな間だが足場を生み出すのでそれを蹴り、そうして海に沈む前に蹴りだして前に進めばいい。そうでなくても一時的には飛べるけどな。
『軽くやってるけど、魔王時代にも数えるぐらいよ。こんな魔力運用ができる人は!』
「いなかったわけじゃないんだろう? だったらいいさ!」
突風のように体に結果として風が吹き付ける。だから、俺とイアの会話も風に溶けてしまう。
港に入って来た、というにはまだ距離のあった船へと近づくと、過ぎ去りざまに直接船にぶつかってきている海魔の眷属であるクシャーを鉄剣で切り裂く。
イアも俺に捕まったまま、近いクシャーをいくつも風の刃で切り裂いていく。
流れる血に周囲のクシャーが反応するであろうと見越してそのまま止まらず、向かう先は奥の親玉。
大体において、こういう時は頭を潰せばあとは何とかなる。
こちらに気が付いたらしい姿は、確かに一見竜に見える。長い胴体、突き出た首、鱗のはえたような体。
確かに、見た目は海竜そっくりだ。でも……海面に出ている姿は上半身ではない。
あれは全部、足なのだ。本体は海面の下にいる。
足裏に大きな足場を作り出し、力強く空へと飛びあがる。
眼下にはこちらに足を伸ばす異形の姿。
「天のいななき、神々の先触れ。嵐を貫く雷よ! トールブレイク!」
イア以外には誰も聞いていないので、祈る先は上位神。
ただ、効果自体は指でつついたぐらいの強さに抑えたけども。
振り降ろす俺の腕に従い、空から太い稲妻が親玉を貫く。
『完全に中身が焼けてるわね、これ』
「においだけは良いんだよな……」
イアの作ってくれた海面の氷の上に降り立った俺たち。
その視線の先で、海竜もどきである大きなイカがぷかりとその躯を浮かせる。
そう、奴は海竜に擬態するただの巨大なイカなのだ。後は皆とのみんなに任せようと戻っていった時の事。
『お兄様、あれ』
「ん? 子供……? しかも、エルフか!」
クシャーのいなくなった海に木片や荷物が浮く中、イアが見つけたのは樽に捕まるようにしている一人のエルフの少女だった。拾い上げてみるが、気絶したまま。
危ない、もう少し威力を上げていたらこの子も巻き込んでいた。
「どうするかな……とりあえず、代表者に挨拶しないとな」
『襲撃を何とかした上に救出したんだから話はしやすいと思うけど……ねえ』
港に戻った俺達は、思ったよりも大きな歓声に包まれ、ミィが飛び込んでくるのを慌てて受け止めるのだった。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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