029.兄妹、お偉いさんに呼ばれる
そのうちこうなるだろうなあとは思っていたのだ。
力を示すほど、それに対して反応が返ってくるであろうと。
騒動が何もなしで過ごせるほどには世の中は甘くないし、どこにいたって、何かすることにはなるだろうと。
それに今回のソーサバグは普段の魔物と違い、明らかに大規模な事件と分類できそうなものだ。
だからこそ、俺も失敗しないように力をある程度発揮したわけであるが……。
「おお、よくぞ来た、若者よ」
「いえ、田舎者ゆえに無作法かと思いますが……」
後ろの2人の気配を気にしながら、俺はかけられた声に片膝をつく程度にして答える。
ここは領主の館。と言っても豪華絢爛というよりは実務を重視しているような印象が強い。
石造りの壁は火事や襲撃への対策であろうし、謁見にこうして使われている場所以外にもいざという時の退避場所として解放できるようにしていると聞いている。
つまりは、大きいわりに使われている場所は少ない大きな建物、ということだ。
その謁見の間で、俺は領主と面会することになってしまった。
しかも、ミィとイアも一緒にだ。俺が呼ばれるのはわかる。
さすがに女王を仕留めたのは目立っていたし、あれは誰だ、となったことだろう。
ヴァズが家に迎えに来た時にはその覚悟を決めていた。
ただ……困惑の表情を張り付けたまま、ヴァズは俺以外に2人も同行を求めてきたのだ。
前の日にはソーサバグのために援軍に出た面々や、街を防衛するために戦っていた者、全員が館の前に集まって言葉をかけられる、ということはあったので、2日続けて呼び出されたわけである。
「よいよい。所詮自分も東の領主の1人とはいえ、弱小よ。楽にしてよいぞ。そちらの獣人の娘もな」
「は、はいっ」
緊張のまま、上ずった声を上げてしまうミィ。
それでも俺がその場で手を握ってやるとほっとしたようにして震えが収まる。
イアは……ものすごく落ち着いて領主を見つめ返している。
領主は、予想外なことに女性の魔族だった。年齢はよくわからないが、そう若いということも無いだろう。
男の魔族であるヴァズと比べ、イアのように肌の色は薄い。人間としては不健康とも取れる色は、はかなさを感じさせつつも、人によっては乱暴を誘うものなのかもしれない。
だからこそ、かつての戦いの際、魔族の女性は殺されずに人間にとらわれてしまうという悲劇も産まれたそうだ。
人間であれば夜会に着てきそうな黒を基調とした大胆なドレスに、人によっては悪趣味ととらえられそうな装飾品が飾られている。
何かといえば、周囲の魔物から手に入るであろう素材による武骨な戦士の装飾品なのだ。
それらが合わさり、魔族の女性にありがちな受け身の気配は全くない。
「娘2人も、子供たちと共に街のために良く戦ってくれたと聞いている。
あいにく、自分の指揮する場所からは見えなかったが……無事であったのが何よりの証」
褒められたのがうれしいのか、ミィは尻尾と耳が揺れるのが感じられるし、イアもまた、少しだが気配が動いたように思えた。
俺はといえば、1つの事が気になって仕方がなかった。
「失礼ながら、彼……ヴァズは近辺警護か何かで?」
そう、俺の視線の先、大き目の椅子に座った領主のすぐ後ろにヴァズが緊張の面持ちで立っていたのだ。
「うん? プッ、アハハハハ!」
俺の問いかけに、領主は最初はなんのことかわからない、という顔だったがすぐに何故だか笑い出した。
余りの大声に、ミィはびくっと震える始末だ。
ひとしきり笑った後、領主は浮かんだ涙をこするようにしながら自分の背後に振り返った。
「なんだ、言ってなかったのかい? 我が息子よ」
「……特に理由を感じなかったもので。……いえ、そうですね。
下手に身分を明かして壁を作られたくなかった。そう思えるだけの間柄と思っております」
領主からは砕けた口調でヴァズへと向けて衝撃の言葉が飛び出した。
ヴァズもまた、困惑した表情でこちらを見ながら、そんなことを口にした。
(そうか……そう言われてみれば)
確かにこれまでの言動を振り返れば、一般の魔族ではたどり着けないような考えにヴァズはいた。
ちらりと、領主が俺に視線を送ってくる。ヴァズの言葉の真偽を問われているのだとすぐに分かった。
「ありがたいことですね。友人もいなかったこの土地で、彼の協力は何よりの物でした。
肩を並べて戦ったことはいい酒の肴になると思います」
「なるほどなるほど……。領主たるヴィレルが許す! 今後とも良き友であってくれると嬉しい」
これは領主としては面と向かってお礼を言えないけど、親としてはどうしても何か言いたかった、ってとこだろうか。
俺には親がいなかったので違うかもしれないけどな……。
ずっと黙ったままのイアがすっと半歩進むと、頭を下げた。
『こんな姿で失礼致します。ところで、武を示した兄はともかく、まだ若輩の私や妹を一緒に、とはどういうことでしょうか?』
「ふむ……」
瞬間、場に緊張が走った。壁に設けられたランタンも、風が入るわけがないのに揺らいだ気さえした。
確かに、俺も気になっていたところだ。だから、ここはイアの出番ではない。
ミィの手を放し、イアとミィ、2人が半分ほど隠れるように前に出た。
「妹の言うように、お言葉を頂けるのはありがたいですが……何故でしょう」
言いながら、少しずつ頭に冷たい物が入ってくるような気がした。
一地方とはいえ、為政者である相手から飛び出す言葉が世間話であろうはずがない。
「そうさな……聞けば、3人はレイフィルドから逃れて安定した生活のためにやってきたとか。それに相違はないか?」
「ええ、そうですね。人間から逃げるために、というのは間違いありません」
一瞬ドキリとしたが、嘘ではないので動揺する必要もない。
理由の詳細では色々と問題はあるわけだが……。
「ならば、ラディ、お主の様な力を遊ばせておくのはもったいないと思ってな。
仕えよ、と言えるほど偉くはないが……勤めてみぬか?」
(やはり……か)
今さらながら、ヴァズはこの街でも有数の実力者だ。
これはこれまでの戦いでもよくわかっている。そんなヴァズと表向きは共闘できるだけの実力がある男。そりゃ放っておかれるわけがない。
「無論、娘2人の面倒はこちらでみよう。どうだ」
「せっかくですがお断りさせていただきます」
ヴィレルが言葉を切ってすぐに俺はきっぱりと拒絶の言葉を発した。
視線の先でヴァズも驚いているのがわかる。確かに、普通は断らないと思う。
出世ってことだからな。
「理由を問うても?」
「私は人間に追われて逃れてきた身です。正確には、組織の上層部による高圧的な指令による追跡を受けている身ですのでそういうのは……嫌なのです」
遠回しに、上下のある関係にはなりたくない、と告げる俺。
果たして……伝わるだろうか。ヴィレルはわかっているのかいないのか判断が付かない顔でこちらに少し体を傾けてきた。
身を乗り出すような、というように。
「地方領主ごときには仕えたくない、ではなくそもそも仕官の類が嫌か。
それは娘2人の将来のためか? なんならいい相手をこちらが見つけてやっても─ッ!」
「お兄ちゃん!」
『何やってんのよ、もう』
咄嗟にミィとイアが腕を取ってくれなかったらどうなっていたか。
俺はヴィレルの言葉に、自制を忘れてソーサバグの女王に切りかかった時の様な戦場の意識に切り替わっていたのだった。
「母上、言ったでしょう。彼はこの2人のために今は生きているのだと」
「馬鹿者、こうならこうと言わんか。ラディといったな。済まぬことを言った。
なるほど、どこの馬の骨ともわからぬものに大切な相手はやれぬということか」
落ち着いてきた俺の耳に、ヴァズとヴィレルのやり取り、そして笑いを帯びた声色が届く。
「……そういうことです。それに、隊長と呼ぶ子供たちが待っておりますので」
馬鹿やったな、と思いながら今さら頭を下げる。
「そうかそうか! ならばよい! 街に住む同胞として、いざとなれば力を借りたい。
これでなら……良いかのう?」
「ええ、ぜひとも」
場の緊張が溶けてきたのを感じたのであろう。
ミィとイアも俺から手を放し、元の姿勢に戻っている。
「それにしても、ラディは幸せものじゃのう。こんな娘2人にここまで慕われるとは」
「は? それは……」
妹としてでしょう、という言葉は出ることが無かった。何故なら……。
「はいっ! ミィはお兄ちゃんとずっと一緒ですから!」
『引き留めておかないとどこに行くかわからないだらしない兄な物で……ふふっ』
少し前からは想像もできないような和やかな笑い声が謁見の間に響き渡る。
それは東の領主が1人、ヴィレルがダンドラン随一の有力者、と評されるようになる戦いの始まりの日だったとは誰も気が付いていなかった。
この時は、まだ。
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リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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