002.いもう……と?
登る太陽が大地を照らしていく。
海辺の砂地は空と同じ闇色から、青空とは違う白さに染まる。
その光が行き着く先は、紫に染まる空、荒れ果てた砂地、不気味にゆがんだ枯れ枝のような木々。
闇の大陸と呼ばれるダンドラン。 アルフィア王国のある大陸、レイフィルドの西に位置する。
魔族と魔物が主に住む不毛の大陸、と人には思われている。
王国のあるレイフィルド中央より北西にある大山脈を超えてさらに向こう側にあるさらなる辺境。
ダンドランはそんな評価の大陸であり、そこに渡る人族はほとんどいないはずだった。
そう、人族は。
魔王が戦いを始める前に準備し、最後の力で張り巡らせた結界はダンドランのほぼ全土を覆い、外から見るとひどく不気味な大陸に見える、という副次的な効果も備えていることを俺は大陸に渡って初めて知った。
覚えている結界魔法の応用で恐る恐るくぐった俺が目にしたのは、内側には不毛の土地どころか、遠くまで広がる豊かな土地だった。
さすがに冬ということで景色には白と茶色が多いけど、空は紫じゃなくちゃんと青いし、砂地だと思った場所は草原だった。
春になれば緑あふれる草原となると確信できる状態だ。木々も葉っぱが落ちている物が多いが皆太く、力に溢れている。
そうなれば、そこに生きる動物だって変わりないわけだ。そこで得た獲物を持ち帰るべく、村へと戻る俺。
門には見張りとして1人の男が立っており、こちらを見ている。
「おう、朝から精が出るな!」
「夜の見張りの時に見えたからな、ちょうどよかった」
自らほどもある大きな鹿をひきずり、俺は村の門をくぐる。
そんな俺に声をかけてきたのは大男。ただし、体のあちこちには俺と違い毛皮に覆われている。
彼の種族は獣人。レイフィルドでは穢れた者として迫害され、魔族と同じ扱いを受ける種族だ。
俺は行ったことが無いけれど、他の大陸も含めて全ての大陸に彼らはどこにでもいて、どこでも迫害を受けるようになってしまうそうだ。
それでも他人をいきなり疑うことを良しとしないといった優しすぎる性格が人に付け込まれた状態だ。
あるいは人よりも強い体、高い魔力、何よりもその結束力を人は妬んだのかもしれない。
ただ、魔族はそうはしなかった。彼らを大陸に生きる一員として迎え、ともに魔物の闊歩する過酷な土地で生き残っているのだ。
今なおレイフィルドからの獣人を迎えるために作られた境界の村。それがこの村、ライネルだった。
最初はさすがに俺が何者か、で多少怪しまれたのだが、ミィの耳と尻尾を見るなり、いつの間にかミィを助け出してきた良い人族、という扱いになっていた。
さすがにちょっと違う、と説明はしたのだけど、いいからいいから、と獣人の皆はまともに取り合ってくれなかったのである。
俺としてはただ厄介になるのも問題だと思ったので多少腕には自信があるということでその方向で役立つことにした。
そんな生活の中で俺は見張りの仕事をこなし、昨晩の交代後に獲物を狩りに早朝の森へと向かったのだ。
「それはこっちで処理して持って行くぜ。ミィちゃんも待ってるんだろう?」
「助かる。じゃあ後でな!」
村は助け合いの場所であり、1人で全部やる必要が無かった。
この獣は得意な人の手によって全身くまなく利用される。
仕留めた本人はその半分を得る権利を持ち、残りは携わったものに分配されていく仕組みだ。
今のところ、その約束が破られたことは無いうえ、彼らを信用している俺はそのまま獲物を預け、家へと向かう。愛すべき妹の待つ家へ。
「あ、お兄ちゃん!」
扉を開けた俺のお腹に小さい影が飛び込んでくる。
「戻ったぞミィ……とイア」
思わず浮かぶ笑みのまま、小さなその体を抱きしめて頭を撫でる。
頭を撫でていると絡みつくように動くミィの耳がこそばゆい。大きくなってきたミィの耳は……随分と手触りの良い物だった。尻尾には少し白い部分があるのが面白い。
『ついでみたいに言われると悲しい物があるわね』
小さな、それでも俺達が暮らすには十分な家。俺に飛びついているのはミィ1人。
ところがその声は部屋の奥から聞こえてくる。ただ見ただけではそこには何もいない。
ただ、魔法使いか、獣人のような力ある物が見ればもう1人が見えたことだろう。
「ついでで十分だ。掃除もしてないんだろう?」
『しょうがないじゃない。実体化して触ると疲れるんだから』
俺の視線の先で、一人の少女が浮かんでいる。
金色の髪を左右で結び、光沢のある黒い生地で出来ていると思わしき服を着こんでいる。
ほとんど触ったことが無いから本当に服なのかはわからないけどな。
どちらにせよ、服と呼ぶには少々扇情的な物だ。
体にぴったりと貼りつくような服はまだ少女らしい肢体を際立たせ、フリルたっぷりのスカートが合わさって別種の魅力を放っている……と本人は言う。その背中にあるのは、黒い翼。その翼でか、彼女はふわりと浮いていた。
「イアちゃんはいろいろ教えてくれるよ?」
コテンと首を傾げ、不思議そうに言うミィに思わずほおが緩むが、すぐに気を取り直してしかめっつらになるのがわかる。
実際、俺が留守の間ミィの話し相手になってくれているのはイアであるし、いざという時に頼めるのは彼女だけでもあった。
「そりゃそうだが……おい、変なことを教えてないだろうな?」
心配になって聞いてみるが、イアは浮いたまま不敵に笑うばかりだった。
『変なことって何よ。妹として相応しいように教育してるのよ?』
「妹は兄の手じゃないと下着を身に着けちゃいけない、とか嘘ばかりじゃないか!」
イアが物知りで、なんだかんだとちゃんとミィに世界の事、魔法の事等を教えてくれているは確かなのだ。
それでも、なぜか思い出したようにこうしてミィに変なことを吹き込む。
ミィはミィであっさり信じてしまうから困った物である。
「え? そ、そうなの?」
きょとんと自分のスカートをたくし上げようとするミィの手をつかんで止め、俺は空いた手で頭を抱えるようにしてため息をつく。
ちらりと見えた太ももが妙にまぶしくて……って待つんだ俺。
『初代魔王直々に教育してあげてるんだから感謝してほしいわね、お兄様☆』
ふわりと俺の胸元に移動し、上目遣いに小悪魔的な笑顔を浮かべて呟くイア。
とてもミィと同じ、11歳とは思えない。
「誰がお兄様だ、まったく。いつも適当なことを……」
高鳴りそうになる胸をごまかしながら、俺はそう悪態をついて部屋の椅子に座る。
本人は魅了の魔法なんて使ってないっていうが、とても信じられない。
そうじゃなきゃこんなにミィやイアの仕草1つ1つが気になるなんてことは……。
2人から外した視線の先、隣の部屋には大きなベッドが1つ。
大人2人が寝ても十分で、俺とミィ、そしてイアの3人でも余裕であった。
もっとも、イアは浮いてることが多いのであまり意味は無いわけだが……。
抱き付いてくるミィがスンスンと鼻を鳴らす。ミィはこの村に来てから、正確には大陸を出てから抱き付いていることが多くなった。
きっと寂しさや、昔を思い出してしまうからだと思うのだが、抱き付き方や仕草1つ1つが変わった。
勇者として助けた後の街のお姉さん方の様な、男を誘うような……そんなわけないか、ミィだもんな。
「お兄ちゃん、何か狩りしてきたの? ちょっと匂うよ」
「綺麗にしたつもりだったんだけどな、悪い。洗ってくるか」
どこかに毛や返り血が残っていたのかもしれない。
俺はそう考えて立ち上がろうとしたが、ミィがそれを止めるように腕に力を籠める。
浮きかけた腰を下ろし、ミィを見ると顔を俺の服に埋め、隙間から相手を伺う猫のように俺を見上げる。
「いいよ。お兄ちゃんが私やみんなのために頑張った匂いでしょ? 私、好きだよ。大好き」
「お、おう……」
思わぬ言葉に、俺は顔を赤くしてそのままそう答えるのが精一杯だった。
『妹も妹なら兄も兄ね』
「うっさい。駄妹は逆さまに浮いてろ」
ジト目でこちらを見るイアに悪態をついてからしまったと思った。
イアは俺をなぜかお兄様と呼び、日々妙な言動を繰り返している。そんな彼女に向けてこんなことを言ったらコイツは……。
『いいわよ。血がつながってないとはいえ妹のスカートの中が見たいなんてお兄様のヘンタイ☆』
「ち、違うっ。これは違うぞ!?」
にやりと笑ってそのままひっくり返ろうとするイアを止めるべくミィを抱えたまま立ち上がるも一足遅い。ぺろんとスカートがめくれ、その中身が俺の視界に現れる。
「馬鹿っ! はきなさい!」
『ちょ、何必死にっ!』
イアは普段透明で触れないが、俺の方が体に魔力をまとわせれば話は別だ。
慌てるイアが逃げる先は寝室。俺はミィを抱えたままそちらへと走り、彼女の足をつかんでベッドに倒れ込む。
『もうっ、怪我したらどうするのよ?』
「お互いにこんなんじゃ怪我しないだろ?」
それこそ、彼女を害そうと思えば聖剣でも持ち出してくるしかない。
イアは……初代魔王の残滓であり、本人曰くミィの中の魔王としての力そのものなのだから。
「ぷっ」
そんな俺達に、小さな声が届く。犯人は俺の腕の中にいるミィだ。
「ミィ?」
何故だかミィは俺に抱き付いたまま、抑えきれないというように笑い出した。
「あははっ! 楽しいね、お兄ちゃん、イアちゃん!」
「そうだな……うん」
『ま、いいけどね』
そのまま3人でベッドの上で笑いあう。
それが終わったら今日のまた、何かをして過ごそう。
兄1人と妹1人、そして妹っぽい1人。騒がしいけど、平和。
ちゃんと(?)理由があってはいてないです。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
こんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。