026.2人目、回想と決意す
イチャイチャまであと少し……のはず。
「お兄ちゃん、大丈夫かな……」
『心配するだけ損よ。お兄様なら……ね』
隣を走るミィの肩を軽く叩きながらも私は同じ速度で飛び続ける。
夜の森はとても整備されているとは言い難く、この月明かりがなければとても走れないほど。
時折、背後に私は知らないけれども、私じゃない前の私が知っている気配が感じられる。
つまりは、初代魔王が見知っている相手ということ。
どちらにせよ、味方ではない。
(どうせソーサバグに追い出されかけてる森の魔物だろうけど……めんどくさい話ね)
集団の先頭を走っているはずの獣人のロラン、そして必死に彼についていく冒険団の子達。
特に反対意見も出ずに私とミィが最後尾なのは信頼されてるってことなのかしらね?
『ミィ、ちょっとつながるわね』
「うん。大丈夫だよ、イアちゃん」
大事な大事な半身に断りを入れてそっとその肩をつかむ。
もう10年以上慣れ親しんだ感覚と共に、私の手が少しミィの体に沈んでいく。
こうしてしまえば私は浮いているだけでミィが重さも感じずに一緒に走ってくれる。
頭の中でいくつかの魔法を選びながら、現状に最適な魔法は何かを思案していく私。
下手に詠唱は出来ず、かといって詠唱破棄で答えてくれる神はあまり多くない。
神様達は意外と寂しがり屋というか、見たい相手が多すぎるようなのね。
きちんと祈りを声に出してようやくこちらを見てくれる。
祈りの句無き祈りはなかなか届かないのだ。たまに暇な神様が、いつも祈ってくれてるからと見に来てるときはあるみたいだけど……。
(ま、このぐらいよね……ライフエコー)
どこにでもいて、どこにもいない。そんな姿なき小さな神様は数少ない例外だ。
声も無く、私の祈りはその神様に届き、色もない魔力の波動が後ろへと大きく広がっていく。
もし、遠くまで透かして見る力があったならずっと遠くまでそれが広がっていくのがわかると思える効果範囲。
その分、わかる情報は多くないのだけど、ね。
(ソーサバグはほとんどこっちに来ていないか、途中で魔物の類と争ってる……)
私達にとってはちょうどいい具合に森の中で既にいた魔物と争っているらしいことがわかる。
ただ、その代わりに力の弱い魔物や獣が逃げ出しているようだけど……。
「街で追い払っちゃえばいいのかな?」
『ええ、そうね』
ミィと私がくっついているとき、不思議と心の声はお互いに聞こえる。
私の心の言葉をミィはきちんと聞くことができたらしい。
考えをまとめる間、私が前を向くと遅れることなく走り続ける面々が見える。
皆子供のはずなのに、立派な物だと思う。と言っても私も……体は子供そのものだけどね。
(思えば不思議な物ね……)
頭に浮かぶのはかつての記憶らしい情景。
玉座に座る魔王である自分自身。周囲に佇む数名の人影。
私はそれを見つめ、無為に時を過ごしていた。
いざという時の備えとして生み出した擬似生命を家族として一人、寂しい時間を過ごしていたのよね。
魔王は孤独だ。
それは力以外が活躍する、普段の生活という点において顕著だった。
下手に特定の相手と過ごせばそれは即ち、贔屓ととらえられる。
誰かを甘やかすことも、甘えることも出来ない。ましてや……誰かを愛するなんて……。
己の、豊満と表現する他ない体を見る他の有力な魔族達の視線はおぞましさしかなかった。
舐めるような、であればまだましな物。皆、自分を魔王とも、女とも見ていなかった。
ただ単に、自分の血を継がせ、権力を得るための手段としてしか見ていなかった。
ただ……隠しているつもりでも、魔の頂点たる魔王の前に隠しきれるものではない。
だからこそ私は自分がいなくても魔族の世界が回るような仕組みを作り、言い換えれば自分を狙わなくても権力が手に入る道を作り出したのだ。
そんな中でも光はあった。並び立つ者が無く、孤独であった自分を……射抜く視線。
並び立ち、争い、私だけを見てくれる相手。
ああ、勇者様。
魔法を撃ちあい、武器をぶつけ合い、そして互いの血潮を浴びた日々。
それは私だけを見てくれる貴重な時間だった。だけど、それも魔王の死という形で終わりを告げた。
そして、私がいる。いつかの私よ、どこかで悔しがるがいい。
あるいは、よくやったと褒めてくれるかしら。
こんな体に設定したのは幼子ならば優しくされるのではないかという打算かしら?
どちらにせよ、私は……私は!
「イアちゃん、イアちゃんはミィと姉妹でお兄ちゃんの妹、だよ」
『……ありがと、ミィ』
過去に引きずられ、深みにはまりそうになる心を救い上げてくれるのはいつもミィだった。
彼女がお兄様と出会ったあの日から、私たちはいつも一緒。
今のミィの魔王としての力は言うなれば豊富な地下水脈の上にある砂地のような物。
隠しきれず染み出てくるけど噴き出すほどではないわ。
でも、制御さえ覚えればその噴水の様な力を存分に扱えるはず。
そのためにはしっかりと修練しないといけないのよね。きっとミィは成し遂げる。
他でもない、お兄様のために頑張ると決めているんだもの。
だったら姉妹としては、ちゃんと協力しないとね。
視界に入る光景が見覚えのあるものに変わってくる。フロルがすぐ近くになったのだ。
こうなれば疲労した体にも活力が戻ろうという物。
皆の足が少しだけ早くなり、あっという間に街の門を駆け抜ける。
「ソーサバグが出た! 領主様にお知らせしないと!」
魔族の少年から預かった書簡を掲げ、ロランは街でも大きなお屋敷に走っていく。
行ったことがないけど、きっとそこが領主の館。
魔力の波動になじみがないから私はたぶん、会ったことがない。
息を荒げながらも、ミィの瞳には力があふれていた。
疲れているだろうに、表にそれを出さない。
戦いが、すぐに待っているということを感じているのかしら。
さらに驚くべきことに、冒険団の皆も大なり小なり、同じように調子を整えて街の門の向こう側を睨みつけるようにしている。
魔法での感知具合からして、確かに数刻もしないうちに追われた魔物や獣たちが見える範囲に出てくるだろうことは確実。
「イアちゃん、お願い」
『しょうがないわね。お兄様に撫で撫でしてもらう件は私が貰うわ!』
えー、ずるいーというミィの言葉を聞き流しながら、私はミィから離れて少しだけ上に浮く。
自然と冒険団の皆の視線が自分に集まるのがわかる。
ちょっと、魔王時代を思い出すわね。
する必要もないのに、生身のころを思い出して息を大きく吸う。
『獣魔少年少女冒険団のみんな、戦いは終わりじゃないわ。
大人たちが準備を終えるまで、私たちが先鋒よ!』
「「「おー!」」」
ロランがもたらした凶報に街がざわめく中、私達は、私達に出来ることをする。
それは薪運びであったり、洗うための水を出すだけかもしれない。
あるいは大人たちの交代時間の合間を縫うようなちょっとした戦いかもしれない。
それでも、私達は……戦うのだ。家族や仲間、街のため。そして……。
「ミィ達はお兄ちゃんのため!」
『ええ!』
森のざわめきを感じながら、私たちはそれから戦い抜いた。
お兄様はヴァズと一緒に、何でもないように帰ってくる。
そう信じて……やっぱりそれは叶うのだ。朝の大地を照らす陽光の元、まだまともに見えないだろうにこちらに手を振る人影。
顔は見えないけど誰だかすぐにわかる。
へろへろになっているミィと笑いあい、一緒に駆け出した。
最愛の人の胸に飛び込むために。
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こんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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