023.兄、妹に背中を押される
フロルから徒歩では3日程、俺が夜の闇に隠れて駆けて数刻。
そんな森に1人、俺は来ていた。空には大きな月が1つ。
そして無数のきらめきが空に浮いている。
ふと、ここに来るまでの事を思い返す。
夜のフロルは意外と人間のそれとあまり変わりがなかった。
多くの人は家に戻っており、夜の道を行くのは限られた人だ。
そう、酒場で飲み歩く者、自分の仕事を終え、帰る者。そして、夜の見張りにつく者など。
魔族や獣人というと夜に強いというイメージが人間にはあるようだけど、意外とそうでもない。
中には得意な種族もいるとは聞いているが、大多数は同じ昼間を中心に生きているのだ。
家屋の窓からの光が道を照らす中、俺はミィとイアに断りを入れて夜の世界に飛び出している。
ちょっと稼いでくる、という俺の言葉にイアはしょうがないなあという顔をし、ミィは少し寂しそうだったけど我慢してくれた。
悪いお兄ちゃんでごめんな。
そんな俺が向かうのは夜の盛り場、ではなく街の外。
見張りの目をかいくぐりといっても外にしか意識は向いていないから物陰をたどってみていない方向へと駆けだしてからは自由だ。
「足元を見よ、全てに潜み、平等に驚きはそこに迫る。ハイドインシャドウ」
音もなく足元から黒い靄が俺を覆い、ぼんやりとした輪郭を取り始める。
自分ではわからないけど、たぶん他から見ようとしても見れないはずだ。
イアぐらいが本気を出せばもしかしたらわかるかな……?
闇の上位神、アンリの力を借りた隠ぺい魔法だ。確かこれを覚えたのは、とある洞窟の奥の奥、古びた神殿を見つけた時だったかな。
不思議と怖さは感じず、知らない神様ならひとまず挨拶を、と祈りをささげた時に飛び出してきた記憶がある。
自分、人間なのに祈りを捧げるなんて変わっとるなー、と独特の口調で笑われた。
何故狸の姿なのかは聞けなかったけども……。
確かに人間は闇の魔法をまず使わないし、穢れた魔法とさげすまれている。
逆に魔族では光の魔法は苦手な人が多い。ただ、使えないわけじゃないのだ。
魔法は神への祈りの産物であり、神を信じなければその魔法も弱い物になる。
それは下位も上位も同じで、同じ力量であれば後は正しく信じているかが差となるのだ。
その点、俺はどの神様でも信じている。俺に力を与えてくれ、ミィやイアを助ける力となるなら疑う理由はどこにもないのだ。
祈りと、魔法の発動が終わると周囲に騒がしさが戻る。自然に生きる虫や獣の活動の音。
周りが俺を認識できなくなった証拠である。
「さて、行くか」
俺はその音に微笑みながら草原を走り、森に向かうと木々の上を飛びながら北に向かう。
とある湖のほとり。そこに夜にだけ生えるという不思議な花を採取しに行くつもりなのだ。
湖を挟んでフロルの領主である魔族と向こう側の土地の領主は別の魔族らしく、昼間に湖に向かうと余計な騒動の元だそうでそこから流れる川に生えるのを狙う……のが普通らしい。
夜の森は危険が一杯であり、大人の魔族、獣人と言えどもそう簡単にはいかないそうだが……まあ、俺には大したことではない。
途中、多くの獣や魔物と出会ったがどれもこちらには気が付いていない。
人間側のそれと比べ、豊かすぎる森に内心驚きながらも目的地へ。月明かりを浴び、はかなく光る花をそっと採取する。
しっかり処理すると一時魔力を高める薬剤になるということだけど、どこかの戦いのためだろうか?
もしそうなら行く先を確かめたいところ……ん?
「何か……いたような」
小さな、囁くようなつぶやき。それは夜の闇に溶け、誰も聞いていないはずだ。
ただ俺にとってはそのつぶやきが合図になったかのように感じられた。
月明かりしかない夜の闇の中、何かが湖のほとりで動いた気がしたのだ。
それを肯定するかのように、周囲から音が消えた。
湖の対岸、隣の魔族の領地……そこに何かがいた。それは小さな影。
しかし、この距離からわかるということは相当な大きさだ。
森と湖の間のわずかな草原部分に出てきたそれは……恐らく黒の体躯。
月明かりに照らされ、反射しているので光沢を感じるが間違いない。
「ソーサバグ……か?」
違っていてほしい、という俺の願いは通じず、虫であるアリを人よりでかくしたものが1匹、また1匹と森のそばにある穴から出てくる。
自然と魔力が集まりやすい場所等を巣として繁殖する奴らだ。
その力、脅威具合は集団でこそ発揮される生物。
かつて対峙した際には、山を1つ、丸々消し飛ばすしかなかった。
山全体が巣になっており、少しずつ対処するには時間がなかったのだ。
俺が見守ってる間意にソーサバグは主に北、つまりフロルではないほうに歩き出す。
ただ、何匹かは他の方面へも動いているので新たな獲物を見つけたついでに他への探索ということになるのだろう。
(どうする?)
一人、自問する。何とかするだけなら俺がこのまま飛び出して巣に飛び込み、掃討すればいい。
あるいは被害を考えないなら地形が変わるが中から吹っ飛ばせば終わりだ。
ただ、そんなことをしたら領地同士の問題になるし、何より誰がという話になってしまう。
悩んだ俺は、ひとまずは戻り、イアと相談することにした。
『逃げましょっか』
起こされたイアは不機嫌な顔をすぐさま真面目な物に戻し、そう言い切った。
逃げる、とイアは言うがこのまま何も言わずに、ということではない。
なんとかしちゃってから、ばれる前に逃げましょうか、ということだ。見捨てては俺が気にすることをよくわかっての発言だ。
「出来れば静かに暮らしていたいんだよな……」
『それは、そうよね』
また新天地を目指す、というのは駄目ではないが問題も多い。
人間の土地にいたらミィやイアは元より、俺も既に追われる身だしな……。
別の魔族の土地に行くか、エルフやドワーフが主軸という別の大陸に飛ぶか。
どちらにしても寂しい物だ。
『あいつらは目立つから、意外と北もすぐに対応するとは思うけど……それまで何もしないのももったいないわよね』
そう、そこなのだ。多少備えるだけなら俺でもこっそりやれるが、この周辺に被害が出ないようにと考えるとなかなか難しい。
「友達も、出来たみたいだしさ……。俺はこの土地で何とかしたいと思う」
『じゃあ、そうしましょう』
悩んだ末の言葉を、イアはあっさりと肯定した。
ぽかーんとなって彼女を見ると、そこにはにやにやと微笑むイア。机に頬杖をつき、楽しそうにこちらを見る。
『私たちはきっと、どこにいても隠しきれない。だったら……誰かに褒められる生き方をしましょ。
大丈夫、ミィと、お兄様とだったら絶対、大丈夫よ』
「イアは、どうしていつもそんなに自信満々で俺と過ごせるんだ?」
イアもまた、いつかのように悩みは持っていたはずなのに、だ。
俺やミィと一緒の時、彼女がその意味で弱音を吐くことは全くない。
イアは立ち上がり、俺の肩にのしかかるようにして囁いた。
『簡単よ。みんな一緒なら何でもできるわ。第一、兄である勇者に妹である魔王が2人いるのよ?
まともにぶつかればどうにもならない相手なんて……竜の群れだってどんとこいよ』
「そうか……それもそうだな」
大分乱暴な意見ではあるが、その通りだと感じた。どこにいたって、何をやったって何かしらの問題は出る。
であれば後はどうしたいか、ということだ。
「ありがとう、イア」
『どういたしまして。可愛い妹に感謝してもいいのよ!』
すぐそばで微笑みイアに笑い返し、そっと顔を動かした。
『もう、不意打ちは卑怯だわ……』
「感謝してるのさ。さ、寝よう」
唇を抑え、顔を赤くしているイアを抱えてミィの眠るベッドに戻る。
明日から……また騒がしさがやってくるだろうから。
\アリだー!/
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