021.兄、現状を考える
冒険団を立ち上げてから大きな騒動も無く時間は過ぎていく。
季節としての冬はもう遠くに去り、春としての陽気が土地を満たしている。
もう雪は遠くにある山の上にしか見られないほどだ。
子供達は雪で遊べないことを時折残念がるが、大人たちにとっては余計な仕事が減ることや、畑仕事が出来ることに一様に安堵の声を漏らしている。
本当に、こういうところはレイフィルドで見た人間のそれと変わらない。
ミィも友達が増えたようで、時折同じぐらいの歳の子と元気よく外に駆け出していく。
独り立ちしていくかのような感覚はどこか寂しくはあるけども、ミィの今後のためにはとても大切なことだと思う。
俺自身はいつもあちこちの戦いの中にいて、出会う人と言えば指示を出してくる王国の人か、俺を勇者として崇めるかのように接してくる人ばかりだった。
ほんの一部の例外だけが、俺を少年として扱ってくれた。
そんな時を考えれば、大切な、大切な……書き物の手を止め、思わず空を見上げてしまう。
「うう、ミィとごろごろしたい」
『ほら、お兄様。妹ならここにもいるじゃない。私でっていうのもなんだけど……』
俺の横でふわりと浮いたままのイアがそんな声で俺の頭にもたれかかってくる。
勢いで俺の方に舞ってくる金髪はいつの間にか伸びて既に腰ぐらいまでになっているようだ。
ミィと同じく、ほんのり盛られた胸の感触が後頭部に当たることで少し冷静になった。
「ありがとな。イアももちろん大事さ」
力だけあり、本人は歳の割に育った環境が普通じゃないのはイアも同じだ。
きっとイアも俺達と離れることは……無いだろうと思う。
『別に……。それより、今後はどうするの? このまま自警団のように動くの?』
イアが言うのは力をつけ始めている冒険団のこと、そして自分たちの動きの事だろう。
素質の差は確かにあっても、魔族と獣人の子達は思ったより優秀だった。
2人ないし6人ぐらいまでの組で、近くで狩りをするぐらいなら大丈夫と言った状態になってきた。
わずかな期間の訓練でこれなのだから、人間が魔族達を恐れ、獣人を迫害しようというのもなんとなくわかる。
自分達を彼らが支配しようとしているのではないか、と怖いのだろう。
そんな魔族や獣人達も人間と変わらないのにな……同じように笑い、泣き、怒り。
そして、同じように欲望も誇りもある。
「そりゃ、蛮族だって決めつけて殴れば怒ってくるよな」
『何の……ああ、また難しい事考えてるでしょー。駄目よ、若ハゲになるわ』
髪の毛に癒しを、と言いながらイアがぐりぐりと胸を押し付けてきたり、その小さな手で撫でてくる。
触られる度に少しずつ魔力がたぶん抜かれてるのだけど、それを感じないほど心地よい……いや、妹の胸で癒されるとかどうなんだろう、俺。
「まあ、ゴブリンやらを同じ数なら余裕で撃退できる、ってぐらいがひとまずの目標だな」
誤魔化すように、イアの話題に乗って腕を組む。街で買った椅子がわずかに音を立てて俺の体重を受け止める。
ただの木材の切り出しではなく、何か塗られているし、全体的に技術を感じるちゃんとした売り物の椅子、だ。
『そうよね……魔族も魔王と言う絶対者がいないからか、一枚岩では無いみたいものね』
イアに頷き、書き物に目を落とす。
俺が書いていたのは、ヴァズの話や調べものをした結果のダンドランにおけるいわゆる政治情勢ってやつだ。
簡単な物だけど、魔王の城があったという大陸中央、そして西側には魔族というか領主が比較的集まっている。
東、つまりレイフィルドに近い方はあまり魔族がいないようだ。
このフロルは最東端の1つと言えるわけだ。
魔物の襲撃があるかもという点ではここは騒がしいけど、下手に中央に行くよりマシだと思う。
大体がこういう場合、中央に行くほど厄介な立場の相手が多い物だ。そんな奴らがミィやイアを放っておくだろうか?
そう、魔族にだって欲望はある。自分が一番になりたいという欲望が。
さすがに表立っては魔王の遺言と言うか、統治時代の決まりが残っているので大きな争いにはなっていない。
でも、あいまいだった領地の争いだったり、経済的な闘争はあちこちで起きているらしい。
そんな場所にいたら、いつ巻き込まれるかわからない。ここぐらいがちょうどいいのだと思う。
「ミィもイアもいるし、気の良い奴もいる。獣人の子や魔族の子も笑うのが見えるし……」
冒険団の皆に頼られるのは悪い気分ではない。
決してきらきらした目で見上げてくる子供たちにきゅんきゅんしたり、獣人の子たちのもふもふに心奪われたりでは無い……無い!
『そうよねー、お兄様は小さい子を撫でまわしたり、もふもふするのが大好きよね』
「!? 読まれた!?」
ぽそっとつぶやかれるイアの言葉に驚いて体が硬直してしまうが、顎をついっと撫でられて脱力する。
イアはイアでなんだか俺の体の事をそこまで調べてどうするのかと言いたいぐらいにすぐに俺の体に触ってくるのだが……まあ、いいか。
『いいんじゃない? 兄妹は何人いたっていいもの。いっそのこと周囲を妹で固めればお兄様がどこかにふらふら行く余裕が無くなるかしら』
「なんだか妹限定にしていないか?」
顎は飽きたのか、続けて俺の耳後ろやほっぺたなどをすりすりしだすイアに苦笑しながら言葉に感じたことを突っ込んでみる。
正直、イアみたいなのが後何人もいたら……後ろ指だけじゃすまない自信がある。
『それはそうよ。こういう場合、男の子は1人でいいのよ。それが世界の真理と決まってるわ』
「どこのだよ!? はぁ……まあ、もしもそうい時になったらお手柔らかにな」
書き物を続ける気力も無くなり、イアがあちこち触るのを成すがままになって空を見る。
(ううーむ、今日も何かしにでかけるべきだっただろうか?)
『ほら、また真面目な顔してる』
覗き込んでくるイアの顔が逆さまに視界に入る。
金髪がさらさらと流れ、頬をくすぐるのもどこか心地がいい。
『こういう時間も……大事よ。嘘じゃない家族の時間。私は……ううん、魔王が欲しかった時間』
イアの小さな赤い瞳が不安げに揺れる。
俺はそんなイアの顔に手を伸ばしてそっと撫でてやる。
イアが11歳だとか、魔王の知識も継いでいるからもっと年上かもしれないとか。
そんなことは……あまり関係が無い。今ここにいて、家族となっている女の子、ただそれでいい。
イアもそれを感じるのか、くすぐったそうに目を細めるだけだ。
互いに無言になってしまったところで外から足音が迫ってくる。
くすっと漏れたのはどちらの声か。ゆっくりと離れ、足音の主を迎えるべく扉に目を向ける。
すぐにばたんと音を立て、開かれる扉。
「ただいまー!」
「『お帰り、ミィ』」
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R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
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