001.旅立ち
1話はあらすじそのものなので紳士要素はありません。
続けて2話更新予定です。
17/03/12:改稿中
かつて世界には魔王がいた。
6つの大陸と多くの国を巻き込み、人と魔族、そして竜ら高位種族との戦いが始まった。
言い伝えによれば魔王は全ての魔族と魔物を率いて人に滅びを与えようとした。
人の住む大陸へ押し寄せる波のように迫った軍勢は多くの国を飲み込み、多くの命を大地に捧げることとなったという。
人にとって絶望を体現したようなそんな軍勢を押しとどめたのは小さな光。
多くの神の祝福を受け、光の剣技を振るう勇者、その人だった。
その力は布を引く裂くように魔王の軍勢を切り裂き、放つ魔法は小石を蹴り飛ばすかのように
魔族や魔物の多くを吹き飛ばし、ついには魔王を力尽きさせたという。
勇者の力と協力した人の力によって多くの魔物と魔族は1つの大陸に押しやられ、人の世が新しく始まった。
創世記と呼ばれる出来事だ。
でも、俺は知っている。それは人にとって都合がいいだけの話だと。
─創成暦347年11月
「吹き飛べ!」
俺の声に従い、手のひらからあふれ出る赤い光。
廊下の先にいる兵士達の顔がゆがんだ気がしたが気にしない。
手加減はしたから死ぬことは無いだろうけど、あちこち軽いやけどを負うぐらいはするかもしれない。
(このぐらい、妹を苦しめた罰としても甘い)
爆音と舞い上がる煙が俺達を覆い隠すのを感じながら駆け出す。
既に建物を精査済みの俺にとって脱出自体は目を閉じていたって問題ない。
兵士達がいるであろう玄関ではなく、屋上へと抜ける階段を駆け上がり、外に出る。
良く晴れた空が視界に飛び込み、屋上へたどり着いたことがわかる。
深呼吸をするとさわやかで冷えた空気が胸いっぱいに広がる。
視線を横に向ければ、所々が気の早い雪により冬の気配漂う山々。
今年は雪が降るのが遅いと誰かが言っていたけど、その分寒くないのは嬉しかった。
もしいつも通りなら、妹はもっと衰弱していたことだろう。
拷問や幼いながらも女の子故の被害を受けていなかったのは、それがきっかけで妹の中にいるとされる魔王の力が暴発するのを怖がってか、あるいは来る途中で蹴り飛ばしておいた馬車の中にいた奴らを待っていたからかもしれない。そこそこ偉そうなやつだったからな。
俺の放った魔法の音に驚いたのか、木々で休んでいた鳥たち空へと舞い上がる。
近くにいた獣たちはこれから起こる出来事を予感するかのように走り去っていった。
「ミィ、大丈夫か?」
「うん……うんっ」
腕の中で俺に抱き付いたままの妹、ミィへと話しかけると彼女はぎゅっと俺に抱き付いてくる。
革鎧越しでも、体が冷え切っていることがわかる。
体も、耳も細かく震えているのは寒さだけじゃないだろう。
(あいつらめ……)
本当はこのまま立ち去りたいところだけど、それでは村のみんなに迷惑がかかる。
俺を追うにはどうしようもない状態だと思わせなければ。
「もうちょっと待っててな」
「だいじょうぶ。お兄ちゃんがいれば、だいじょうぶ」
普段より幼い口調になっている妹を左手で強く抱き寄せ、俺は下に目を向ける。
手加減した攻撃は建物を崩しきる前には至らず、先ほどの兵士達も命は無事なはずだ。
そりゃあ無事に済むかと言われると怪我はするだろうけどな。
それでも鍛えられた兵士であれば……ほら。
建物から出てくる人影。共通した意匠の金属鎧を着こんだ男達。
今日まで俺がお世話になっていたつもりの……アルフィア王国の兵士達だ。
何かを探すようにきょろきょろとした後、そのうちの一人が建物の上を向いて叫ぶ。
ちょっと豪華な防具だから、兵士達の隊長格なのだろう。
「勇者! 裏切るのか!」
その声に続くように全身を煤で汚し、恐怖を顔に張り付けながら何人もの兵士が槍を俺の方向へ向ける。
「情けないな。穂先が震えているぜ?」
屈強な男達に向け、俺は敢えて挑発的に言葉をかける。
まあ、俺自身は大男ってわけじゃない。この国、アルフィア王国の成人男性の平均より少し上の背丈。
どちらかと言えば細見だな。
中身は鍛えてるから一見すると旅慣れた旅行者、といったように見えるかもしれない。
だけど、この体に勇者として人外の力が宿っていることを囲む兵士達は何よりも知っている。
だからこそ、震えてしまうのだろうが容赦はしない。妹を魔王呼ばわりして殺そうとしていたのだから。
「先に裏切ったのはどっちだよ。この国に仕える時、留守の間の村と家族は守る、心配するなっていっておいて」
呆れたように言う俺の声が、妙に響いた気がした。
腕の中で震えるミィは記憶より随分と汚れてしまっている。
突然村から連れ出され、こんな建物の牢屋に何日も閉じ込められていたのだ。
桃色の髪はくすみ、誕生日にとみんなから贈られた服もほこりまみれだ。
「依頼のために魔物退治に行けば、そんな魔物がどこにもいない。おかしいと思っても、村のみんなは必死に勇者様、もう少しと俺を引き留めようとする。嫌な予感がして戻ってきたらこれだ……!」
そこで俺は息を整えるかのように深呼吸をした。実際には疲れてなんかいやしない。
ではなぜか?
怒りのまま力を振るっては腕の中のミィも全く被害を受けないという訳にはいかないからだった。
俺の勇者としての力はそれだけの強さがある。しかし、抑えていたつもりでも俺の怒りが制御を甘くしているのか、周囲の兵士は口も開けないようだ。
「ミィが……魔王? 冗談じゃない!」
相手が黙っているのを良い事に、俺は言葉をたたきつける。俺にとって、ミィは最愛の……たった1人の家族だ。
早くして両親を亡くし、孤児院で偶然開花した才能。
記憶はあいまいだけど、剣を取れば5歳にしてゴブリンの集団を切り飛ばし、魔法を教われば放つ魔法はトレントを一瞬に消し炭と化したらしい。
人に請われ、称賛される度に俺は勇者として幼い頃から孤独な戦いを繰り広げてきた。
まあ、その時は寂しいって感情もほとんどなかったわけだけども。
我流ながら断てぬもの無しとされた剣技、王国の宮廷魔術師が束になっても敵わない魔力と多種多様の魔法。
多くの命を救い、逆に敵対する多くの命を奪ってきた……と思う。
だが、とある事件をきっかけに俺は勇者という物に疑問を持った。滅ぼせと言われた魔族の村は、人となんら変わりが無かったのだ。
畑を耕し、人々が語らい、そして家族が笑う。俺が持っていない普通がそこにはあった。
そこで俺は火球を郊外の畑に打ち込むことにし、魔族達を追い出した。殺すことが、出来なかったのだ。
それ以降、魔族相手には消極的な戦いをするようになった。
わざと勇者が来たということを宣伝し、先に退却させるといった感じだ。
そんな時、小国同士の戦争に魔物が乱入してきたという話が伝わり、争いの調停と魔物退治へと向かうことになった。
しかし、俺が街についたころには争いはほぼ終わっていた。
魔物に襲われても人は互いに争うことを辞めず、弱ったところを結局どちらも魔物に蹂躙されたらしい。
誰が勝者か敗者かもわからず、誰が壊したのかもわからないひどく壊れた街。
そんな瓦礫の中で見つけたのは幼く、一人で歩くのもままならないような赤ん坊だった。
それが、ミィだった。
年齢にして恐らくは1歳ほど。恐らくは、というのは彼女の両親は見つからなかったからだ。
なんとなく村で暮らしていた時の様子からそのぐらいだろうと考えたのだ。
ミィという名前も出会った時に猫のように泣いて自分にすがってきたからなのと、小さいが特徴的な耳と尻尾があったのが理由だった。
当時10歳になったばかりの俺には彼女を見捨てるという選択は無かった。
勇者といってもまだ俺は子供だったのだ。ミィの姿が獣人と言うこのアルフィア王国や人間の国では差別を受ける存在ということも良くわかっていなかった。
それでも子供、幼女と言うよりまさに赤ん坊のミィ。
だから、その後どうしたらいいか何も知らなかったんだよな。
困った顔をして住んでいる村に戻った俺とミィを村の皆は温かく迎え、村全体の助けを借りて妹として育てることになった。
村長によれば、ミィはきっと先祖に獣人がおり、先祖返りとなってしまったのではないかということだった。
そして俺は正直、勇者というものがわからなくなった。ミィは、妹という存在はそれだけ俺にとって衝撃だったのだ。
常識という物を身につけた頃には馬鹿な名前を付けたと後悔のような感情を持った俺だったが、
何よりも彼女自身が他の名前は拒否した。
いやいやと泣きながら首を振るミィに、俺はおろおろするばかりで、じゃあミィのままで、と話は終わった。
その時ミィは4歳、俺は13歳だ。
ミィの存在は今まで以上に俺に戦いという物を考えさせることとなった。
世間では勇者である俺にとってミィは癒しであり、戒めでもあった。
自分のこれまでの戦いで、彼女のような存在をきっといくつも生み出していただろうという考えが心の奥底に根を張る。
今となればわかるそれは戦う者にとってはある種不要な感情。
相手にも家族がいる、と考えて戦える兵士はなかなかいない物だ。
そうして俺が過去を思う長いような短いような時間の後、一人の兵士が震える穂先を向けながら口を開いた。
「そいつは魔王だ! そう教主様が神託を受けたのだ!」
「ミィは魔王なんかじゃない!」
抑えたつもりでも違いすぎる力は言葉にすら力を乗せる。
俺の視線の先で、まるで風に押されたかのように男達はのけぞる。
「神に逆らうのか、勇者の癖に! 狂ったかラディ!」
「神だって?」
剣を抜こうとした俺だったが、その兵士の言葉に思わずその手を止めて問い返していた。
神? どこの神だ、そんなことを言ったのは。
「そ、そうだ! 神が教主様に告げたのだ、そいつが魔王の転生体だと!」
その言葉にかっとなって俺は風の神に祈り力を行使した。
暴風のような力が瓦礫となった建物ごと男達を吹き飛ばす。悲鳴を上げ、転げまわる男たち。
なんとか姿勢を整えた男達は皆一様に驚いた顔をしている。信じられないのだろう。
自らを吹き飛ばした風、そして今この手に集まる力、その正体に。
「今のは……ま、まさか!」
叫ぶのも無理はない。それは幾度となく人を救ってきた力。
魔物や愚かな戦争相手に向けられた力。彼らにとっては決して敵対しないはずの力。
勇者である俺の口から呪文が紡がれる。それは世に存在するという神の1柱、火の上位神、アグニスへの祈りの言葉。だがそれは祈りだけを産まない。
神の火が敵を焼くのだ。俺も幾度となくこの力で窮地を脱して来た。
「神様がミィを魔王だと、許せないというなら……それに味方する俺が神の力を借りれるわけがないよな? こいつは、どういうことなんだろうな? ま、お前たちじゃない。そのうち教主様とやらに直接聞くよ!」
──イグニファイア
俺にとっては慣れ親しんだ力が暴力となって吹き荒れる。
山間に響く再びの轟音。そしてそこには無残に瓦礫と化した建物と、うめき声をあげて倒れ伏す男達だけが残る。
「じゃあな。俺は国を出る。遠く、遠くにな!」
こちらを恐怖に染まった目で見る兵士にそう言い、俺はミィを抱えて天井を蹴り空を舞う。
「おばちゃん、ごめんな」
「行くのかい……」
力なくつぶやく俺と、腕の中のミィを複雑な表情で見つめる女性。
俺が故郷だと思って過ごしていた村の村長だ。平和な日々を過ごした村はあちこちが破壊され、無残な姿をさらしている。
これから冬ということを考えるとなかなか難儀な状態だ。ミィをさらいに来た兵士達がやったことに間違いはなかった。
「ああ。俺とミィのためにこんなことになっちまって。怪我人だけで済んで何より……いや、自分が言えるこっちゃないな」
いつの間にか気絶するように腕の中で眠っている妹を撫でるように抱きしめる。
村は50人にも満たない小さな村だ。普段は騒がしいほどの戦場にいる俺がこのぐらい静かなほうが良い、と移り住んだ村。
村長という立場としては珍しく、目の前の女性が仕切っている。
皆、素朴な性格をしており、勇者と知っても俺とミィにただの村の若者として接してくれていた。
王都等では顕著な獣人への差別もこの村では皆無だ。
今もまた、口々に国はおかしい、こんな小さな子をと怒り、何もできなくてすまないと謝ってくれたりもする。
でも俺は知っている。彼らのように思ってくれる人は非常に少ないだろうと。
獣人と言うだけでなく、多くの人は見知らぬ恐怖、魔王『かもしれない』というだけで怯えてしまうのだ。
得体のしれない物に対するその怯えは行動を産む。
そう、今回の兵士のように。
そう言った感情は無くすことは難しい。俺自身、魔族からすれば勇者と言う恐怖の象徴に間違いない。でもこのままこの国、この大陸にいるのは難しい。せめてミィが差別を受けにくい場所に行かなければ。
「俺達は行くよ。みんなは勇者がミィをさらってどっかに行ったと言ってくれ」
多分国の兵士がまたやってくるだろうから、と付け加える。
何かを言おうとするおばちゃんへ腰の袋の1つを押し付ける。
彼女が覗き込むとそこには砂金と呼ぶには大きな金粒が重いほどに入っているはずだ。
魔法の修行がてら、あちこちで集めているからまだまだ持っているほんの1部だ。
これだけあれば村は何もしなくても何年も暮らせるだけの財産だろうと思う。
「一度に使うとたぶんまずいからさ。ちょっとずつ使って復興してよ。あるいは、みんなで引っ越して。きっと、難癖付けにくるからさ」
村人たちはそんな俺の言葉に涙し、頷く。やっぱり良い人達ばかりだ。
出来れば……ここでもっと暮らしたかった。
「元気でね」
「ああ、勇者はしぶとい。だったら妹だってしぶといさ!」
にかっと笑い、それでも我慢できずに涙のまま村を出る。村を出てすぐに呪文を唱え、駆け出した。
風の神への祈りは空を舞う鳥のような速さを与え、そして俺の泣き声もかき消してくれる。
「お兄ちゃん、いたいいたい?」
いつの間にか目を覚ましたミィは見上げるようにして俺のほっぺたを撫でた。
可愛らしい耳がぴこぴこと揺れ動き、細い尻尾が俺の腕を撫でる。
突然降りかかった恐怖にか、幼年のような口調になっている妹を不憫に思いながらも俺は首を振る。
「大丈夫。ミィ、ちょっと村の人と違う人たちのところになるけど引っ越そうか」
「お兄ちゃんが一緒ならどこでもいいよ」
ぎゅっと抱き付いてくる妹を抱きしめながら走る。
向かう先は闇の大陸と呼ばれるダンドラン。
一番大きな大陸ながら、人が向かう事はほとんどない魔族の大陸だ。
かつて、魔王は世界を滅ぼそうとし、勇者がそれを防いだという。
明確な悪と善。しかし、だ。世の中の出来事は見方を変えればがらりと変わるということがある。
俺は経験からそう学び、事実、西に近い村の長老といった人から聞いた話では、魔王と勇者の戦いは今言われているような話ではなかった。
争いは当事者の数だけ正義があるという。かつての魔王と勇者の戦いもまた、そうだった。
勇者の参戦は戦いのかなり後であったとも言われている。現実はもっと混沌としていたのだ。
それまで人と魔族は今伝わるほど争ってはいなかった。
すぐそばに魔物という驚異の存在する魔族と、そうではない人にとって互いは未知であった。
魔族は外に攻め入る余裕は本来なかったが、人はそうではなかった。
魔物と渡り合う様な魔族が、いつかこちらに出てくるのではないか、という恐怖。
そんな思い込みとも言える感情を魔王という存在が揺らしただけであった。
余裕のない生活を送る魔族を憂い、生き残るために魔族をまとめ上げていく魔王。
それが人の目にはこう写った。
──人の領土を奪うために違いない
と。
小さな戦いはやがて大きくなり、生きるための戦いがいつしか戦いのための戦いとなる。
魔王に率いられた魔族、元より単独主義の竜等の高位種族。その他大勢となった他の種族。
彼らが種族ごとに1つの方向を向く中、人だけは互いにも争った。
勇者が現れるまでは人は人同士で憎み、牽制しあい、そして滅ぼされた国が多くあった。
勇者という強い光によってその暗い影は隅に追いやられ、生き残った人類はその荒廃の原因を魔王におしつけたのだ。
そうして人々は真実を知らないまま、今日も生きる。
光があれば影が消えることは無いということを自覚なきまま。
異世界だからきっとセーフ。