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181.今と未来のために



『そう、眠るのね。おやすみなさい』


 私は小さくつぶやいて、このまま眠ることを選んだ同胞……いえ、私の姉妹を見つめる。今回の彼女は私が解放するまで要の石の中でずっと意識を保っていた。ひどく孤独で、耐え切るのは困難な状況の中でだ。

 だからこそか、自分の自由に出来る、それを知った彼女はようやく眠れると決断したのだった。


「イア様、よろしいのですか?」


『いいのよ。本人がやりたいことが一番よ。何年このままだと思ってるの?』


 随行者である魔族の若者の言いたいこともわかるし、それも間違っているわけじゃないとは思うわ。

 けれど、ずっと寝ているというのもつらいけれど、ずっと起きていることになるというのも地獄。思考だけは止まらないのだから。

 それに、本来ならばとっくにこの世から旅立っている命だ。これ以上本人の意思を曲げるような形で生きているのもつらいだろうと思う。


「後何人ほどいるのでしょう?」


『もう片手で足りるぐらいだとは思うけどね。私の記憶だと20人はいなかったし……正直、何人かは要に封印されずにそのまま死んでると思うわ。貴方にいうのもなんだけど、男性体は特に』


 彼女が封じられていた要としての結界装置を片付けながら、私はその部屋を見渡す。いうまでもないことだけど、この封印を施したのはイシュレイラの本心ではないはず。かりそめの家族、偽りの命とわかっていても、彼女は自分の生み出した私達を憎み切れなかった。それをこうしてずっと苦しめるような扱いは行わない自信が私にはあった。記憶にある限りでは、元々の結界は大地を流れる魔力をこういった施設で集めて利用するだけで決して何かを犠牲にした形ではなかったはずだもの。


(いつだったか、いなくなった他の予備体について聞いたとき……処分したと言ってたけど)


 思えばあの時にはすでに天竜のイシュレイラへの攻撃は始まっていたんだと思う。苦渋の決断をしてまでも、天竜の影響を最低限に抑えようとした結果……だと思いたいわね。お互いの思惑がぶつかった結果、結界自体はどっちにもなれるような半端な物のようだったけれど……いずれにしても、彼女が死んだと知った時に私はかねてからの計画通り、転生を狙う儀式魔法を実行に移していた。結果としてはそれは失敗。だって、ミィの中に自分は転生した形だけれども、互いの意識は保ってるんだものね。


「天竜、今も半信半疑ですがこうして犠牲者を目にすると怒りが収まりませんね」


「まったくだ。イア様のような相手をこんな道具のように扱うとは」


『ありがと。みんな、それで浮かばれると思うわ』


 言いながら、私は浮いてその部屋から出て外を見渡す。今いるのは、ダンドランでも北西に位置する僻地の遺跡だ。これで北西にある要はもう終わりのはず。かつて、魔王イシュレイラの張ったと言われる結界の要にある魔力の集積、結界維持の装置。そこには本来は無いはずなのにあるものがあった。イシュレイラが試し、途中であきらめた自分の予備となる器や魂を作り出すこと。その産物である存在が誰かの手によって装置に封印されていたのだ。


 私はあの戦いの後、こうして各地を渡り歩いて要から彼ら、あるいは彼女らを解放して回っている。

 残念なことに、半数以上は既に抜け殻のような状態で形だけ。私のような精神体だった者は痕跡すら残っていなかった。

 数少ない生存者も、起きることが出来るにわずかな反応の後、私と同化することを選んだりもした。

 イラのように、自ら動ける存在というのは今のところ2人だけだ。彼女らは私が選んだ信頼できる相手に預けてある。


『でも、それももうすぐ終わり。そうしたら私は私になれる……』


 眼下で、同行者である魔族と獣人の兵士が遺跡を封印していくのを眺めながら、私は一人つぶやいた。

 魔王イシュレイラの予備にして、己という自我をはっきりと持った私は異常な存在だ。

 元の体という物が無い以上、イアという魔族であると言い切るのも……少し難しかった。

 今を生きるイアとなるためには、やり残したことがあることに気が付いてしまったのだ。


 それがこの要からの皆の解放。これが終わって、ようやく魔王の予備としての役目は終わったと私は思う。

 このまま歳をとるお兄様たちを見守り、あるいはその子孫も。精神体の良いところは、本人が望まない限り外見はそのままってところよね。ずっと若いままだもの。ま、お兄様が大人の方がいいってなったらそう変わるかもしれないけれどね。


「イア様! 終わりました」


『わかったわ。さて……南に下がりながら探しつつ、最後にはあの2人のところへ顔を出しましょうかね』


 移動用のグイナルに皆が乗るのを確かめて、私たちは南西へ向けて旅立った。既に東からずっと巡って要の解放を進めており、残すところはあと少しと言ったところ。

 このまま南下していけば、ドーザとイラの住む街にたどり着く。


『今度はおしゃべり出来るかしら……ね』


 言いながら、私はそっと影袋から彼女の遺髪を包んだ包みを取り出して、周囲の景色を見せるかのように手にした。

 貴女が守りたかった景色は、今ここにあるわよと……。


 心優しく、誰よりも我慢強くて、何よりも自分以外の悲しい顔が嫌いで……だから頑張りすぎて、冷徹な魔王を演じざるを得なかった魔王イシュレイラ。誰が彼女が人間で言うと20歳にも満たないぐらいの若者だと気が付いていただろうか。

 であるというのに、恐らくはずっと天竜の影響を振り切るように過ごし、せめて魔族達だけでも守ろうとした。そして最後には、自分という物を理解してくれそうな相手、初代勇者に討たれることとなる。

 彼がいうには、最後は笑顔だったという。その笑顔は解放されることへの笑顔だったのか、それとも……。


『恋する相手に愛してもらう勝負は私の勝ちよ。そこは譲らない』


 この恋は、私の物だ。決してイシュレイラ、貴女の感情が残っていたからじゃ……無いわ。

 そんな心のつぶやきが届いたかのように、手の中の包みがわずかに瞬いた気がした。

 まだ日も高く、明るい中なのできっと見間違いでしょうね……。


 数日後、私たちは新たな遺跡を見つけ、その中にあるはずの要の石からまた1人、解放を行う。

 それが終われば休憩の後、また出発だ。

 やればやるほど、ダンドランを再び結界で覆うことは難しくなるはず。けれど、それでいいと誰もが思っている。

 もちろん、事情を知っている人は、だけどね。天竜が戻ってくるのは難しいことは上位神への祈りの結果、何人もが知ることになった。

 神々の最初の矢であるあの魔法は思った以上に効いたらしく、星の海の向こうまで飛んでいったのだとか。


『あー……お兄様やミィ達に会いたいわあ』


 別に同行しているみんなが悪いということじゃなく、なんとなく……ね。

 空は見上げても見上げても青いまま。高いところまで飛び上がればなおさら、視界全てが青くなる。

 どこが上でどこが下かわからなくなりそうな場所で、一人思いをはせる。


 どこまでも続く空。きっとこの先の空の下に誰もがいる。そして、今を生きているのだ。


『ねえ、イシュレイラ。いつか……貴女も生まれ変わりなさいよね。今度は……明るい未来を生きましょ……そのぐらいは、許されるわよ』


 つぶやいて、ゆっくりと降りていく私。途中、どくんと実体化していない心臓が鼓動を刻んだ気がした。



 私が浮けず、壁を通り抜けることも出来ない体になったのは……その一月後のことだった。


ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。

増えると次への意欲が倍プッシュです。


リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは

R18じゃないようになっていれば……何とか考えます

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